第392話 新発明のための試行錯誤

 夏休みの宿題も早めに終わらせ、アイザックは別の宿題に取り掛かる事にした。

 それは、ドワーフ達を楽しませるための新しいもの作りだった。

 特に今年は火薬兵器を売ってもらう必要がある。

 ご機嫌取りのためにも作っておいた方がいいはずだからだ。


 この時のために、あらかじめブラーク商会に準備を依頼していた。

 ペーパープレーン用の厚紙に、ライトプレーン用の竹ひごなどである。

 夏休みの工作程度ではなく、一つの技術として確立していくのに必要な精度が求められる。

 胴体や翼を左右対称に作らねばならないので、職人に頼む事にしたのだ。


(まぁ、最後の最後で台無しにする可能性は高いけどさ)


 パーツは職人に頼んだが、仕上げはアイザックである。

 最後の組み立てで失敗する可能性はあるので、多めに作らせておいた。

 友達を呼ぶほどの事もないので、組み立ては一人で行う。

 もっとも、彼らは最後の夏休みを婚約者と満喫しているので、呼ぼうとは思えなかったというのもある。


 特にポールは呼ぼうとは思わなかった。

 去年の春にモニカと恋人関係になっていたが、婚約したのは半年前のホワイトデーの時である。

 これはポールの父親であるデービス子爵のせいだった。

 彼は「アイザックの友人」という美味しいポジションを活かし、もっと条件のいいところから嫁を探そうとしていた。

 宮廷貴族の男爵家の娘など、わざわざ選ぶなどあり得ない事だったのだ。


 ――だが、ポールはやり遂げた。


 頭がいいので、自分に足りないものを補ってくれるという点。

 モニカはティファニーの友人なので、アイザックとも関係強化に繋がる点。

 そもそも同じクラスだったので、アイザックとも面識があるという点。


 彼女との婚約はウェルロッド侯爵家との関係も強化されると主張し、婚約をもぎ取ったのだ。

 だから、三年生の夏休みをモニカとデートして楽しんでいる。

 これは卒業間近のバレンタインデーで告白した者達にはできない事だった。

 アイザックもリサとデートしたりして二人の時間を過ごしていたので、友人達に「遊びにこい」とは言えなかった。

 そのため、今日は久々に一人で作業しようと決めていた。


(まぁ、最初は仕方ない。『どうして完成形がわかったように作っているの?』って聞かれても困るしな)


 一人で試行錯誤しながら完成形を模索したと言えば、みんな納得してくれるだろう。

 汗を拭いながら、作業を進める。


(クロードかブリジットのどっちかを呼んでおけばよかったかなぁ……。でも、エアコン扱いするのも悪いし、呼ばないのが正解だと思うから仕方ないか)


 夏場に庭園のあずまやで景色を見ながらお喋りする、という内容だったなら彼らを誘っていただろう。

 だが、今回は誘わなかった。

 飛行機を組み立てるというのは興味を持たれるかもしれないが、ジークハルト達と一緒に見せて驚かせたいという思いがある。

 そして何よりも、エアコン扱いされていると思われて嫌われてしまうような可能性をなくしておきたかったのだ。

 広い庭園の中、一人で作業するのは寂しいが「たまにはいいか」と前向きに考える。


 最初にアイザックが手をつけたのは、厚紙で作られた紙飛行機だった。

 これは折って作るタイプではなく、前世で牛乳パックを使って作った覚えのある紙飛行機である。

 胴体に切れ込みを入れて翼を差し込む方法で固定する。

 

(これを作った職人はどう思ったんだろうな)


 このペーパープレーンは機首から垂直尾翼までの胴体に、主翼と水平尾翼の三つのパーツで構成されている。

 厚紙から切り抜く職人は、何に使うのかわからなかったはずだ。

 それでも、ちゃんと中心線を引いてわかりやすくしてくれているのがありがたい。

 翼の中心線を胴体に合わせて差し込んでいく。

 前世で作った子供向けの組み立てセットを思い出して、アイザックは懐かしさを覚える。


 ペーパープレーンはあっさりと完成した。

 早速、飛ばしてみる事にする。

 椅子に座りながら、庭園の歩道に向けて飛ばすと、適当に組み立てただけなのに真っ直ぐに飛んでくれた。

 歪な形であれば真っ直ぐは飛ばないので、職人の腕は確かなようだ。

 あとはどうしてこういう形にしたのかを、ジークハルト達に説明する理由を考えるだけである。


「さて、どう説明しようか」と考えながら見ていると、庭を区切る垣根の向こうから秘書官見習いがやってくるのが見えた。

 今日はノーマンが休みなので、彼がアイザック付きの当番なのだ。

 歩道を歩く彼の前にペーパープレーンが落ちたので、彼はギョッとした目で足元を見る。


「ちょうどよかった。拾って持ってきてよ」

「はっ」


 紙飛行機は彼も知っていたので、未確認飛行物体というわけではない。

 だが、彼が知っている紙飛行機とは形が違う。

 ただの厚紙細工ではあるが、恩賜の品であるかのように丁重に掴み持ち、そろりそろりとアイザックのもとへ歩み寄った。


「ハハハ、大丈夫だよ。貴重な品じゃない。いくらでも予備はあるんだ」


 アイザックは笑いかけるが、秘書官見習いの表情は優れない。

 ペーパープレーンを受け取ると、アイザックは理由を尋ねる事にした。


「……どうしたんだい? 何か問題でも?」

「実は……、ネトルホールズ女男爵が訪ねてきております。閣下にお会いしたいと」

「ネトルホールズ女男爵が! 予定にはなかったよね?」

「はい……、申し訳ございません。見落としておりました」


 深く頭を下げる彼を見て、表情が優れなかった理由に気付いた。

 ニコルはアイザックの恩師の孫娘というだけではない。

 アイデアを売り込んだりするなど、ウェルロッド侯爵家とも関係がある。

 そんなニコルの面会予約をアイザックに伝え忘れてしまい、責任を痛感しているところなのだろうと思われる。

 アイザックは、部下の緊張をほぐすようにクスリと笑う。


「君が気に病む事はないよ。どうせ面会の予約なしで訪ねてきたんだろうさ。そういう人なんだ、彼女は」

「やはりそうでしたか……。どこにも記録がありませんでしたので、もしや引き継ぎに不備があったのではないかと心配しておりました。それでは、いかがいたしましょう? お帰り願いますか?」

「うーん……」


(次は俺を狙いにきたのか? だったら嫌だけど、このまま帰したら気になって後悔しそうだしなぁ……。それに『じゃあ、ウェルロッド侯爵夫人に会いたい』とか言って、婆さん経由で呼び出されたり……まではさすがにしないか。いや、しそうだな。ニコルだし)


 ニコルには本気で悩まされる。

 彼女は主役だからか、この世界の常識では動いていない。

 どんな行動をするかわからないだけに、その動きは予測不能だった。


「いや、会おう。ここに連れてきてくれないか。それと、途中で誰かに彼女の分の飲み物も用意するように伝えておいてほしい」

「かしこまりました」


 アイザックは、ニコルに会う事にした。

 会わない方が、あとでどうなるかわからない分恐ろしい。


(会っても後悔しそうなのが、ニコルの怖いところだけどな)


 秘書官見習いを見送ると、アイザックは続きを始める。

 今度は主翼の取り付け角度を変えて取り付ける。

 最適な角度を模索するため、何パターンも試さなくてはならない。

 そういった事をメモして記録に残していく。

 地道な作業だが、やっていかねばならないものだ。

 成功したものを拡大すれば、自力で飛ぶ飛行機は無理でも、グライダーくらいなら丘の上から押して飛ばせるようになるかもしれない。


(あっ、そうか。高いところから押して飛ばすだけじゃない。ペダルを漕いで飛ばす事だってできるんだ)


 アイザックは、テレビで見た事のある鳥人間コンテストを思い出した。

 人力でも遠くまで飛ばす事ができる。

 ドワーフなら人間よりも長く、強い力でペダルを漕ぎ続けてくれるだろう。

 意外と人が空を飛ぶ日が来るのは近いのかもしれない。


(いいぞ、いいぞ。じゃあ、まずはチェーンからだな。普通の鎖じゃダメだろうし。あとはホイール部分だけど、これは歯の数とかは実際に試して噛み合う組み合わせを考えてもらわないといけないな。あとは縦の力を横に変えてプロペラを回す歯車だけど、それは風車とか水車を参考にしてもらえばいいな)


 一度思いつくと、作らせるものがどんどん頭に思い浮かんでいく。

 あとはある程度形にして、設計図と呼べるか怪しいレベルの指示書を書いて出すだけ。

 それだけで作ってくれる職人がいる。

 こういった時は、プロの存在が頼もしい。

 ペーパープレーンだって上手に作ってくれたのだから、きっと上手く作ってくれるはずだ。


 こうしてアイデアが浮かんでいくと、ニコルと会う事にしたのを後悔し始める。

 順調に進んでいる時に、思考の邪魔をされたくはない。


(それにしても、何をしにきたんだろう? 最近は会う機会なんて減ってたのに)


 マイケルの一件以来、なぜかニコルが接触してくるのが減っていた。

 それが夏休みになってから、突然会いに来るなんて不思議でしかなかった。


(俺が助けるって言ったから遠慮していたのかな? あのニコルが? まさか)


 アポなしで公爵に面会を求めるような女が遠慮などするはずがない。

 だとすると、ダミアンの攻略に集中していたから暇がなかっただけかもしれない。

 だが、そうなると今度は自分を狙い始めたのかもしれないという考えが浮かび上がる。

 それはそれで迷惑な事なので、当たってほしくはない考えだった。


 アイザックの頭を「逃げたい」という考えがよぎる。

 だが、それはできない。

 今ここで逃げれば、あとで後悔をするような予感がしていたからだ。

 不思議と、ニコルに会うのが正しい事のように思えてしまう。


(まぁ、話すだけなら問題ないはずだ。前世の恋愛ゲームのようにはならないだろう)


 アイザックはプレイした事はないが、数多くあるゲームの中には、攻略キャラの自宅を訪問して話すたびに好感度が上がるゲームもあったらしい。

 十分置きにチャイムを鳴らすストーカー戦術で、あっという間にMAXまで好感度を上げられたそうだ。

 だが、この世界なら、ニコルの訪問が好感度に影響を及ぼして心を奪われるという事はないはずだ。

 ゲームと現実では大きな違いがある。

 ストーカー戦術が有効だとしても、そんな事をすれば誰かが止める。

 ゲームと違い、現実ではただの迷惑行為でしかないからだ。

 詳しいシステムを知らないが、訪問自体を恐れる必要はない。


 アイザックが今最も恐れなければいけないのは、パメラの事を持ち出して脅迫してこないかどうかである。

 パメラの事はアイザックの弱点なので、それを利用されたら逆らいようがない。

 ニコルを利用しなければならない立場という弱みがあるせいだ。


 秘書官見習いに案内されるニコルの姿が見えた。

 彼女は「やっほー、遊びにきたよ」と言って、能天気に手を振っている。

 ニコルが明るければ明るいほど、アイザックの気分は落ち込んでいった。

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