第388話 エリアスからの用件、それは――

 リサとのデートは無事に終わった。

 ショッピングをし、カフェでお茶を楽しむだけだったが、デートをしているという事実がアイザックの心をドキドキさせていた。

 問題があるとすれば、二人っきりのデートではなかったというところだ。

 公爵であるアイザックがリサと二人で街中を歩けるはずがない。

 護衛に微笑ましく見守られながらのデートとなっていた。


 日程を調整した結果、エリアスと会うのは水曜日になった。

 学校のある平日にしたのは、週末まで待てなかったか、すでに予定が埋まっていたかだろう。

 慌てて呼び出されるような事をした覚えがないので、アイザックは不安に感じていた。


 しかし、その不安はすぐにかき消された。

 応接室に着くと、先にエリアスが待っていた。

 彼はアイザックが到着すると、席から立ち上がって自ら出迎える。

 上機嫌なので、悪い話ではなさそうだ。


(いや、気を抜くのはまだ早い。笑顔から一転『ぬけぬけとよくその面を出せたものだな』とか言われるかもしれないんだ。油断はするな)


 さすがに騙し討ちのような真似をエリアス自身がやってくるとは思えないが、警戒しておくに越した事はない。

 アイザックは機嫌のいいエリアスに席まで案内される。

 笑顔で対応しながらも、内心では不気味さを感じていた。

 席に着くと、エリアスから話を切り出してきた。


「エンフィールド公、よく来てくれた。今回も助けられたな」

「助けた? なんの事でしょう?」

「フフフッ、やはりとぼけるか。そなたらしいな」


 用件を聞かされていないのでアイザックはとぼけてなどいない。

 だが、エリアスの目には、とぼけているように見えたらしい。

 メイドがアイザックのお茶を用意すると退室させる。

 護衛すら付けない二人っきりの状態になった。


「今回もそなたに助けられた。命令の拒否権を望まれるほど嫌われてしまったと気に病んでいたのだが……。やはり、そなたの忠誠心は疑う余地がない。今、この時代に生まれてきてくれた事を感謝している。ありがとう」


 エリアスがアイザックの右手を取り、深く頭を下げる。

 今までにないほど深く謝意が感じられるものだった。


(そうか、この姿を誰にも見せたくなかったから人払いしたのか)


 アイザックは、そのように考えた。

 未成年の若者相手に、大人が頭を下げる姿を見せたくないと思うのは当然の事である。

 国王という国家の象徴ならば尚更だ。

 モーガン達に謝った時も、人前では軽く謝っただけだった。

 それほどまでに価値のある頭を、近衛騎士の前と言えども下げられないので、人払いをしたのだろうと。

 だが、アイザックが考えたのは、それだけではなかった。


(いや、それだけじゃないな。誰もいない状態にする事で、それだけ俺を信頼しているって証明したいんだ)


 これはアイザックの自惚れから出た考えではなかった。

 ロレッタ達から真剣に結婚を考えてほしいと思われる程度には、自分の実績に関して自信がある。

 そんな自分が大勢の前で「命令を拒否したい」と公言した。

 功績のある部下にそんな事を言われるのは、国王どころか一般企業でも上司の面子に大きな傷跡が残る出来事だった。


 そして、使える部下にそっぽを向かれるのは、上司として避けたいところでもあった。

 威張り散らして一時的に気分が良くなるよりは、ご機嫌を取ってこれからも働いてもらうべきだろう。

 エリアスは近衛騎士を遠ざけてまで、アイザックに信頼していると見せた。

 その気持ちを、アイザックならわかってもらえると信じて。


 とても国王がやるような事ではない。

 だが、国王自らが危険を覚悟で行動しているという事実は、少なからずアイザックを感動させる。


(マジかよ! 公爵にしてくれるくらいだから信頼してくれているとは思っていたけど、そこまで信頼してくれているのか!)


 アイザックの自己評価は、まだまだ低い。

 前世では考えられなかったほど出世しているので、自己評価と世間の評価がかけ離れたものとなっていた。

 自己評価が低いからこそ、エリアスがここまでやってくれた事に、アイザックは感銘を受けていた。

 しかし、いつまでも見てはいられない。


「陛下、もったいのうございます。頭をお上げください」


(なんで感謝されてるのかもわかんないしさ)


 いつまでもエリアスに頭を下げさせておくべきではない。

 今は頭を上げるように言うべき時だ。

 さっそくアイザックは行動する。


 アイザックの言葉を受けて、エリアスは頭を上げた。

 だが、表情は神妙にしたままだった。


「私も人の親だ。ジェイソンが可愛い。息子がしでかした失敗をフォローしてくれたそなたには本当に感謝している。もったいないという事などない」


(ジェイソン? ……あぁ、あの事か)


 ジェイソンがダミアンを庇うような事を言ったせいで、社交界では混乱が起きていた。

 ウェリントン子爵というよりも、その背後にいるウォリック侯爵をターゲットにした悪口が広まってしまった。

 これは主に「将来、ウォリック侯爵にポストを奪われそうな者達」が広めたものだった。


 今は領地運営のため中央の役職に就けないが、いつかは就くはずだ。

 当然、侯爵にふさわしいポストを用意する必要がある。

 そうなると、良い役職の席が一つ減ってしまう。

 ウォリック侯爵の評判を下げる事で、少しでも長く役職に就くまでの期間を延ばそうとしたのだろう。

 ある事ない事問わず、様々な噂が流れた。

 この流れに焦ったのは、他の誰でもない。


 ――エリアスである。


 元々、ウォリック侯爵は王家エリアスに不満を持っている。

 先代ウォリック侯爵が死んだのも、ウォリック侯爵領が混乱に陥ったのも、エリアスに無茶な減税を命じられたせいだからだ。

 一時は「決起もやむなし」という状況にまでなっていた。

 今はドワーフとの交易によって経済が立ち直りつつあるので、ウォリック侯爵は行動を思いとどまっている。

 しかし、それは何もなければの話だった。


 ジェイソンがダミアンにかけた言葉は、またウォリック侯爵が不満を持ち始めるのに十分なきっかけだった。

 それだけに、エリアスも警戒していたのだろう。


 ジャネットがマットと婚約しそうなので、ウェリントン子爵やウォリック侯爵は我慢できるはずだ。

 何しろ相手はエンフィールド公爵家騎士団の団長であり、フォード元帥を討ち取った英雄。

 年齢以外では、ダミアンより遥かに格上の相手である。

 溜飲が下がるものだと思われていた。

 それはアイザックもわかっている。

 エリアスが、その事に関して感謝しているのだと察した。

 

「カービー男爵の婚約者が決まらなかったのは、こういう時のために確保していたからなのだろう? 先代ウェルロッド侯が、かつてサンダース子爵の婚約者を決めていなかったように」

「すべてはリード王国のためです。貴族として当然の事をしたまでです」


 本当はキャサリンに借りを返すための行動だったが、その事を馬鹿正直に話す必要はない。

 とりあえず、エリアスの話に乗る事にした。


「カービー男爵のような貴重な駒を使うのは躊躇してもおかしくなかっただろう。よく決断してくれた」

「使うべき時に使わず、機を逸する方が恥ずべき事ですから。それに、いつまでもカービー男爵を独り身のままでいさせるわけにはいけません。ジャネットさんが、ちょうどいい相手だったというだけですよ」


 アイザックはマットの相手を見つけただけだと答えるが、エリアスは首を左右に振る。


「ウォリック侯が王都にいる間に解決すれば『良い相手を見つけたのだから満足だろう?』と、やってやったぞという風に受け取られる。遅すぎれば『問題解決のために渋々カービー男爵を差し出した』と受け取られる。これ以上ないほど見事なタイミングだった」

「あれは偶然です」

「いやいや、謙遜する必要などない。さすがはエンフィールド公だと感心させられたぞ」


 エリアスは顔を上げる。

 彼は満面の笑みを浮かべていた。


「座ってくれ。話がまだあるのだ」


 さぁさぁ、とエリアスがアイザックに席を勧める。

 アイザックも最初は喜んでいたが、ここまで上機嫌に対応されると、彼のためにやった事ではないので居心地の悪さを感じていた。

 しかし、今更逃げる事はできないので、言われるがままに座る。

 エリアスもアイザックの正面に座った。


「今日呼んだのは他でもない。ジェイソンの事だ。以前は問題ないという事を話していたが、今はそうではない気がする。学院での様子はどうなのだ? おかしなところはないか?」


 アイザックとしては、聞いてほしくない話題を振られてしまった。

 だが、エリアスにとって、何よりも気になっている事だろう。

 絶対に避けられない話題だった。


(この質問には答えられないよなぁ……。ニコル対策をされると困るし)


 エリアスはリード王国の国王だ。

 侯爵家相手にも減税という無茶な命令を押し付ける事すらできる権力を持っている。

 男爵家程度なら、簡単に取り潰す事もできる。

 すでにニコルは、アダムス伯爵家やブランダー伯爵家という高位貴族とも問題を起こした。

 社交界でも鼻つまみ者になっている。

 潰す事に反対するのは、アイザックとゴメンズの面々くらいだろう。


 本当の事を言うのは簡単だ。

 だが、ジェイソンに正気を取り戻されてはアイザックが困る。

 返答に困るところだった。

 そんなアイザックの様子を見て、エリアスは口を開く。


「ジェイソンとの友情を大切にして、余計な事を言わないようにしてくれる気持ちはありがたい。だが、それは父親としてのものだ。国王としては、王太子の状況を把握しておかねばならん。教えてくれ」


 エリアスは「アイザックがジェイソンとの友情から口をつぐんでいる」と思ったらしい。

 実際は大違いなのだが、アイザックはその誤解を利用する事にする。


「ダミアンはフレッドの親友です。彼は様々な場所に同行していたので、殿下と接する機会も多かったはずです。殿下がダミアンにかけた言葉。あれも友情によるものでしょう。つい庇う言葉が出てしまったのではないかと思われます」

「だとしても、迂闊な行動だったな」


 エリアスが難しい顔をする。

 友情のために動くには、余波が大きすぎる。

 叱らねばならない事だった。

 彼の考えを読み取ったアイザックは、ジェイソンを庇うために行動する。


「では、卒業式の時の行動はどう思ったのだ?」

「そちらも、情の厚さによるものでしょう。今まで殿下の周りであのような問題が起きる事はなかったはずです。驚きとか弱い女性を守りたいという思いから、つい行動してしまったのだと思います。情に厚いというのは、王太子として欠点なのかもしれません。ですが、けっして欠点だけだというわけではございません。情の厚さを美点と見る者だっているのです。そして、そういう者は殿下を支えようとするでしょう」

「そなたのようにか?」

「ええ、その通りです」


 アイザックにジェイソンを支える気などないが、ここは忠臣面をしておくべきところである。

 しれっとした態度で答えた。

 だが、それだけではない。


「それに、ウォリック侯爵家との関係にヒビを入れたのは陛下です。殿下を叱りつけるなど、一方的な処罰を与えるような事はされない方がよろしいでしょう。しかしながら、殿下も気を付けるべきでした。夕食の時にでも、軽くお互い気を付けようと話題に出す程度で抑えられた方がよろしいかもしれません」

「厳しい事を言うな。……だが、その通りだ。私がウォリック侯爵家に減税を命じていなければ、今のような関係になっていない。ジェイソンがダミアンを庇うような事を言っても、少し不快に感じるだけで済んでいただろう。そなたの言う通り、ジェイソンだけを厳しく責め立てるような真似はしないでおこう」


 ジェイソンを庇うための言葉だったが、エリアスは自分に対する忠言だと受け取っていた。

 原因を作ったのは、先代ウォリック侯爵に減税を命じた事である。

 まだ彼が生きていれば難局を乗り越えられただろうが、残念な事に命じられたその場で憤死した。

 世代交代と共に経済的な混乱が起きたため、ウォリック侯爵家の恨みは深いものとなっている。

 あの一件がなければ、ジェイソンの失言は大きな問題にはなっていなかったはずだ。

 自分の責任を再確認し、ジェイソンを責める気が削がれた。


 彼は目の前にいる男が、あの騒動の黒幕だとは考えもしなかった。

 交流の少なかったアイザックに、ウォリック侯爵家を混乱させる理由があるとは思えないからだ。


「本当にいつもよくやってくれている。礼をしたいのだが、褒美に欲しいものはあるか?」


 ないだろうな、と思いながらもエリアスはアイザックに尋ねる。

 だが、今回はアイザックにも欲しいものがあった。


「二つございます」

「あるのか!」


 いつも「ない」と答えるので「ある」と答えたアイザックに、エリアスが驚く。

 アイザックが「ある」と答えた場合、自分にはあまりよろしくない要求のような気がしていたからだ。

 どうやら、謁見の間で晒しものになったのがトラウマになっているらしい。


「一つは、私がカービー男爵とジャネットの婚約をさせたと言わないでいただきたいのです。あれはフォスベリー子爵がカービー男爵を選び、見合い話を持ち掛けたものですので」

「あぁ、そうだ。表向きはそうだったな。わかった気を付けよう」


 一つ目の要求がフォスベリー子爵の立場を考えたものだったので「こういうところは相変わらずだな」と安心する。

 しかし、油断させておいて、背後から刺してくる可能性だってあるのだ。

 二つ目の要求を聞くまでは、まだ油断できない。


「二つ目は、陛下が愛用されている剣を一振り所望致します」

「剣を?」


 物を褒美として欲しいというのは理解できる。

 理解できないのは、アイザックが剣を望むという事だ。

 エリアスには、イマイチピンとこなかった。


「あぁ、あのドワーフから献上されたオリハルコン製の剣か?」


 それ故に、価値のある物を思い浮かべる。

 あの剣ならば、誰もが欲しがる物である。

 アイザックが望むのなら、非常に惜しいものの与えてやってもいいとエリアスは考える。

 だが、アイザックが欲しがっているのは違うものだった。


「いえ、あの剣はリード王国への友好の証として贈られたもの。国宝にすべきであって、臣下に与えるべきではありません。私が欲しいのは陛下が普段使っているような剣です。誰もが陛下が使っていたとわかるようなものがいいですね」

「……そうか、わかったぞ。剣ではなく、私から剣を授かったという事実が重要なのだな?」

「はい、仰る通りです。できましたら、一緒に『リード王国に仇なす者を討て』と一筆いただければ助かります」

「まったく、そなたという者は……」


 エリアスは呆れながらも、嬉しそうな笑顔を見せる。


 アイザックの要求が――


「リード王国に仇なす者を討ち取りたい。そのためにエリアスから信任された証として、剣を預かっておきたい」


 ――というものだったからだ。


 剣が欲しいのではなく、エリアスから信任されたという証が欲しいという要求である。

 剣を受け取れば、状況に応じてエリアスの名の下に裏切り者を処理していくという意思表示だ。

 本来なら、そこまでの権限を無条件で与えるのはためらわれるところだった。

 だが、相手はアイザックである。

 欲がなく、王家への揺るぎのない忠誠心を持つ青年には、与えてやってもいいのではないかと思えた。

 しかし、話を持ち出してくるタイミングが問題だった。


「先に言っておくが、ウォリック侯爵家はリード王国に必要な存在だ。不穏な動きを見せるとはいえ、簡単に処罰されるような事があっては困る。そなたが申したように、私にも責任はあるのだからな」


 先ほどの話のあとである。

 エリアスには「ウォリック侯爵家が調子に乗ってるので、焼きを入れてきます」と、アイザックが言っているようにしか聞こえなかった。

 だから、念の為に釘を刺しておく。


「ウォリック侯爵家に何かをしようというわけではございません。賢王と呼ばれる陛下の治世により、平和な時代が続いております。ですが、平和な時代が続いているからこそ、平和ボケした者がいるという事も事実。チャールズ、マイケル、ダミアンといった者達がそうです。家同士の繋がりがどれほど重要なものかを軽視する者が現れています。そういった者達に、必要に応じて素早く行動できるようにしておきたいのです。陛下にどう対応するかを伺う暇すらない時も想定しておかねばなりません」


 本当にウォリック侯爵家に何かをするつもりはないので、そこはしっかりと否定する。

 そして、本当に警戒するべき者の名を挙げる事で、どのような者を警戒しているのかを伝える。


「なるほどな……。わかった、剣を授けよう」


 エリアスも迷うところだったが、アイザックへの信頼が勝った。

 彼の決断には、信頼以外の理由もあった。


「先代ウェルロッド侯も王国の敵を排除してくれた。しかし、それは自主的な行動だった。多くの者が王国のために働いているという敬意ではなく、恐怖しか感じなかったものだ。そなたに剣を授ける事で、私の命令による行動だと思われるだろう。それだけで、周囲の恐怖が和らぐのなら安いものだ。むしろ、私の方から提案するべきだった。すまぬな」


 ――それは、アイザックのためにもなるというもの。


 口頭で命じるだけでは、周囲の者がアイザックに恐怖を感じてしまう。

 剣という、王の代理だとわかりやすい物を持たせておけば、周囲に自分勝手な行動をしているとは思われないだろう。

 アイザックの王家の剣になりたい・・・・・・・・・という申し出を断る理由もない。

 ならば、動きやすいように協力してやるべきだとエリアスは考えたのだった。


「だが、やはりそれでは褒美にならんのではないか?」

「私にとっては、それが褒美なのです。お気に入りの剣を所望するのは心苦しいのですが……」

「かまわん、気にするな。私は最高の剣をすでに手に入れているのだからな」


 エリアスは微笑みながらアイザックを見る。

 アイザックは最高の剣であり、盾でもある。

 たかが鉄の塊よりも、ずっと価値のあるものだった。


 アイザックは「オリハルコン製の剣は凄かったもんな」と思っていた。

 剣に興味がないアイザックでも「ちょっと試し切りしてもいい?」と聞いてみたくなる代物。

 あの剣があれば、他の剣は必要ないと思うのも無理はないと考えていた。


「では、迷惑ついでというのもなんですが、大臣や将軍といった者達にも褒美として身の回りの品を与えていただけませんか? 私だけ褒美を受け取れば、ジャネットの件だと勘繰られる事になってしまいます。フォスベリー子爵の面子を保つためにも、それは避けたいのです」

「わかった。そちらも考えておく。彼らにはマントやベルトといった物でよかろう」


 この要求は、アイザックが褒美を貰える機会があった時に要求しようと考えていたものだ。

 エリアスが本当に大臣級の者達にしか褒美を与えなければ、無役のウォリック侯爵やウィルメンテ侯爵が不満を持つ。

 ちょっとした不満も積もり積もれば大きなものとなる。

 そして、この場で要求するのは最適なタイミングだと思っていた。


 アイザックがノイアイゼンから帰ってきた時なら――


「エンフィールド公に注意されたので、慌てて文官連中のご機嫌取りを始めた」


 ――と思われていただろう。


 胸中で苦笑を浮かべながらも、ありがたく受け取っていたはずだ。

 だが、今は違う。

 大きな問題を解決したわけではないので、褒美を与えるタイミングとしては不自然である。

「アイザックが剣を賜った」という事実を知れば「あぁ、エンフィールド公だけに褒美を与えると不自然だから、おまけでくれたのか」と不満を持つはずだ。


 ――褒美が褒美ではなくなり、不満の塊となる。


 貴族達がエリアスに不満を持っている事は知っている。

 アイザックは、褒美を口実に不和の種を蒔こうとしていた。


「私やジェイソンには至らぬところがある。これからも気付いた事は指摘してほしい」

「かしこまりました……と言いたいところですが、私のような若造が口出しするのは……」

「かまわん、かまわん。そなたの金言には耳を傾ける価値がある。遠慮なく言ってくれ」


 エリアスは上機嫌に笑った。

 彼に合わせて笑う。

 同じ笑みでも、二人の間には途轍もなく大きな隔たりがあった。

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