第374話 ニコル襲撃
卒業式が近付いた頃。
アイザックは、今年度最後の勉強会を開いた。
卒業する三年生をみんなで送るためだ。
これには一年生も参加する。
当然、ロレッタ達もだ。
とはいえ、出しゃばったりはしなかった。
一生徒としての参加である。
進行はレイモンドが行っていた。
アイザックがいない間、彼が進行役を任されている。
その経験を活かし、今回の送別会の段取りもアイザックは任せていた。
けっして、他人に仕事を任せて楽をしようとしていたわけではない。
部下に仕事を割り振り、経験を積ませるのも上司の役目である。
自分に関する事で精一杯になり、送別会の計画を立てるどころではなかった――というわけではないのだ。
その証拠に、アイザックも三年生に贈る言葉を、ちゃんと考えていた。
「この勉強会では、意見が異なる相手であっても、話し合う事で相互理解ができるという事を学べたはずです。ですが、卒業すれば議論をするという事ができなくなるでしょう。なにか考えが思い浮かんでも、高位貴族や上司の意向には逆らえないという事になるはずだからです。発言する事すら、できないという状況にもなるかもしれません」
アイザックの言葉を聞き、露骨に顔をしかめる者がいた。
三年生に限らず、卒業後の事をある程度考えている者なら、この勉強会で話した内容が役に立たないだろうという事はわかっていたからだ。
役立てる事ができるのは、アイザックのように力を持つ者だけ。
下級貴族の若者が意見を述べたところで、誰も耳を傾けてはくれないだろう。
いるとすれば、アイザックのような奇特な者くらいだ。
そのような現実を突きつけるアイザックの意図を、誰一人として理解できなかった。
だが、アイザックの話はまだ続く。
「この勉強会は、当初考えていたよりも多くの生徒が参加する集まりになりました。他の部活ほど長い時間ではありませんが、それでもいくらかは絆が生まれたはずです。ここにおられる皆さんは、何らかの理由で部活に所属できなかった方々。当然、部活に所属している生徒に比べれば、縦や横の繋がりが弱いものとなります」
この時点で、アイザックが何を言おうとしているのか察する者が現れ始める。
聞いていた者達の表情が和らぐ。
「集まりは週に二度。それも参加は自由で、顔を滅多に合わせない相手もいたでしょう。ですが、僕達は国の未来を語り合った。その密度は、他の部活に参加していた生徒にも負けないものです。お互いにどういう考えを持っているかわかっている者との関係は、いつか職場で役に立つ日が来るでしょう。僕達は勉強会という繋がりを大切にしましょう」
話が終わると拍手が起きる。
――アイザックが、なぜ勉強会というものを作ったのか?
その理由を知る事ができたからだ。
――アイザックは、家庭の事情などで部活動に所属できない生徒のために勉強会を作ったのだと。
卒業すれば、同じ学年、同じクラス、同じ部活。
そういったものの繋がりで、職場が過ごしやすくなるかどうかが影響する。
特に貴族という限られたコミュニティの中では、学生時代の関係の影響は大きい。
自由参加で関係が希薄とはいえ「勉強会に参加していた」という事が、卒業生の間にも親近感を生み、それが連帯感を生むだろう。
「同じ部活に所属していた」というのと同じ強みを活かせるのだ。
これは部活に入る事ができなかった生徒にとって、ありがたい配慮だった。
だが、連帯感などおまけに過ぎない。
本命は自分の派閥作りであり、どこまで組織作りをできるかの実験である。
その副産物として、横の繋がりができただけだ。
アイザックは彼らのためを思って勉強会を始めたわけではない。
とはいえ、利用できるものは利用しておく。
あと一年しかないので、ちょっとでも好評を得ておきたいところだ。
モーガンのように不満の積み重ねで王家への忠誠を失う事もあれば、恩義の積み重ねで新たな忠誠を得る事もできるのだから。
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「さすがはアイザック先輩。卒業後の事まで考えていらっしゃるなんて。それも、普段は関係ない生徒の事を」
「学生になったら、交流の輪を広げようと思っていたんです。半ば、そのために勉強会を始めたようなものなので、立派な理由ではありません。結果的に、それがみんなのためにもなったというだけですよ」
勉強会を解散したあと、アイザックはロレッタや友人達と共に校庭へ向かっていた。
三年生を送る会が終わったのが、部活動をしている生徒達と同じくらいの時刻になっていたからだ。
最短距離を通るため、空き教室から近い出口から校舎裏を通って、戦技部の更衣室へ向かう。
――アイザックは、久し振りにポールやカイと共に下校するために。
――ロレッタは、戦技部に所属している他の留学生を迎えにいくため。
ロレッタが仲間を迎えにいくというのは、ついでである。
本当の目的は「少しでもアイザックと一緒に居たい」というものだ。
特に勉強会は、アイザックを独占できる貴重な時間。
ライバルに少しでも差を付けようと必死だった。
「始めた理由はどうあれ、あのような集まりは面白いと思います。我が国でも導入してみるのもいいかもしれません」
ニコラスが二人の話に口を挟む。
学生のうちから政治に興味を持つ者は多い。
親に政治の教育を受けている者もいる。
だが、同世代の者達と語り合う機会は少ない。
どうしても、学業や私生活の話題になってしまうからだ。
学院内でなら、爵位の違いを越えて語り合える。
「んー、それはどうかな」
しかし、アイザックは否定的な考えを持っていた。
「今のところ、勉強会には僕がいる。だから、議論は自然と制限される。では、男爵家や子爵家の者達ばかりが集まって、好き勝手に議論したらどうだろう? 極端な話になるけど『高位貴族だけに政治を任せるべきではない。自分達が大臣になった方が政治が良くなる』と言い出したりするかもしれない。そうなれば、いずれ平民にも政治に参加する権利を与え、共和国という形になっていくだろう。それは僕達貴族にとって損だと思わないか? あくまでもコントロールできる範囲で、自由に語り合わせるからいいんだよ」
「な、なるほど……。さすがはアイザック兄さん……」
ニコラスだけではなく、他の者達もアイザックの言葉に引いていた。
アイザックの言葉には――
「下級貴族の言葉を、必ずしも聞き入れる必要などない。自分達、高位貴族がどうするのか選択するべきだ」
――という意味が含まれているように聞こえていたからだ。
周囲の反応に気付き、アイザックは苦笑する。
「誤解されたようだね。下級貴族の意見を軽んじているという意味ではないよ。今のリード王国は王政で政情が安定している。無用な混乱を避けた方がいいという意味で言ったんだ。良い意見があれば取り上げる。ただ上位者が――」
「キャァァァーーー」
女の悲鳴がアイザックの言葉を遮る。
皆が声の聞こえた方に振り向いた。
今、アイザック達がいるのは、校舎裏に立ち並ぶ用具室の近くだった。
授業や部活で使うための用具を収めるための倉庫とはいえ、体育や戦技部で使う武具だけでも結構な量になる。
すぐには、どこから聞こえてくるのか判別ができなかった。
「……の野郎!」
「……をするな!」
すると、争うような声が聞こえてきた。
奥にある用具室の裏からのようだ。
「ニコラス達はロレッタ殿下を守れ。レイモンド、ルーカス。いくぞ!」
アイザックは、ニコラス達にロレッタを任せると、友人を連れて声のする方へ向かう。
この時、ロレッタがアイザックを追いかけた。
アイザックの雄姿を見たかったのかもしれない。
ニコラス達も、慌ててロレッタとアイザックを追いかける。
アイザックが用具室の角を曲がると――シャツのボタンが弾け飛び、胸の谷間とブラジャーが露わになったニコルがいた。
(おおっ! 意外とデケェ!)
ニコルが尻もちをついているので、真っ先に胸元がアイザックの視界に飛び込む。
「フレッドくん!?」
レイモンドが叫ぶ。
その声でアイザックは正気に戻ると、殴り合っている二人の男子生徒の姿が目に入った。
一人はフレッド。
ニコルを守るように、背を向けて戦っている。
もう一人は見知らぬ生徒だった。
襟章の色が赤なので、三年生なのだという事だけがわかった。
「その声、アイザックの友達だな? こいつは手強い。少し動きを止めるだけでいい、手を貸せ」
フレッドが背を向けながら、レイモンドに協力を要請する。
振り向く余裕などないようだ。
この世界の人間は、体を鍛えても筋骨隆々のマッチョにはならない。
そういった特徴のせいで見た目ではわからないが、おそらくこの三年生は強いのだろう。
フレッドも上の下くらいの実力はあるので、手加減抜きでは勝てない。
それほどの相手だ。
(この状況は……。卒業前にニコルと既成事実を作ろうとしたって感じかな? ……この野郎)
状況を一目で判断したアイザックは、沸々と怒りが湧いてきた。
それは殺意とも呼べるほど強いものだった。
今まで自分が築いてきた道のりを、その他大勢のモブに邪魔されると思っただけだったのかもしれない。
なぜそこまで強い思いを持ったのかは、アイザックもよくわからない。
だが、レイモンド任せではなく、自分で行動したいという気持ちになった。
「おい、お前! 今、お前が殴っている相手はウィルメンテ侯爵家の跡継ぎ息子。そして、僕はエンフィールド公爵だ! このまま僕達の前で暴れ続けるつもりか? これ以上暴れるようであれば、お前の家がどうなるかわからないぞ!」
「家は関係ないだろう、家は!」
暴漢はギョッとして、体を強張らせる。
これで動きを止めるという目的は達成できたのだが、なぜかフレッドは殴りかからなかった。
「まだ不十分なのか?」と思ったアイザックは、ニコルに視線を一度移して、更なる追撃を行う。
「あるね。この状況は一目でわかる。お前は力尽くで女性を我が物にしようとした。そんな男が、のうのうとパーティー会場でうろつく事など認められない。いつ、愛する人をお前の毒牙にかけられるかわからないからな。学院内の揉め事は外には出さないというルールがあろうが関係ない。僕が陛下に一言『存在する事すら許せない家がある』と言えば、お取り潰しになるだろうさ。家ごと叩き潰されたくなければ、暴れるな! 大人しくしろ!」
「くっ……」
フレッドがニコルを助けにきた時点で、暴漢は逃げ道がなかった。
それでもニコルの事を諦めきれず、フレッドを倒そうとしていた。
だが、それも終わりを告げる。
そもそも、ニコルが一人のところを衝動的に狙ってしまった。
こうして大勢駆けつけてくる事など考えていなかったのだ。
家を持ち出されて、少し冷静になった頭の中は「人生終わりだ」という事で一杯になり、暴漢は崩れるように地面に膝をつく。
「よし、今だ! やれ!」
「やれるかぁぁぁ!」
アイザックが、せっかくチャンスを作ってやったのに、フレッドにはやる気がないようだ。
暴漢に背を向け、彼はアイザックに怒鳴り返す。
「なぜだ?」
アイザックは本当に不思議そうに聞き返した。
ニコルを襲った男など、ボコボコにされてしまえばいい。
フレッドも、それを望み、レイモンドに協力を求めたはずだったのに。
「戦意を喪失した相手を殴るのは、騎士道精神から外れる事だろう!」
「人の手を借りるのは外れないのか?」
「女性を守るためだ。それくらいは仕方ない」
「そうかもしれないけど……」
フレッドは、自分なりの線引きがあるようだ。
アイザックも、命が懸った戦場で騎士道精神がどうのこうのと言う敵騎士がいれば笑っただろう。
誰かを守るためには、多数で仕掛けるのは仕方ないという言葉には一定の理解を示す。
こうして話している間にも、フレッドは自分の制服をニコルの肩にかける。
その光景を見て、アイザックは思うところがあった。
(あっ、そうか! これはフレッドとのイベントだ! 本当は二人だったのに、俺が乱入するような形になったのかも……)
フレッドの攻略が、ある程度進んだというフラグかどうかまでは覚えていない。
必須イベントであれば、自分がそれを邪魔しているような形になる。
しかし、今更「じゃあ、あとは任せた」と立ち去る事などできない。
このまま流れに任せるしかなかった。
「状況は……、見ての通りでいいのかな?」
「あぁ、先輩が……。こいつがニコルさんを襲おうとしていたんだ。俺がたまたま道具を片付け忘れていなければ、どうなっていたか……」
「ありがとう、フレッドくん。アイザックくんも。先輩に告白されて、断ったら襲い掛かってきたの。フレッドくんが来てくれなかったら……」
ニコルの顔は蒼白だった。
フレッドの制服で胸元を隠しながら、震える声で助けてくれた二人に礼を言う。
いつもの余裕は、さすがに失っているようだ。
(さすがに怖かったんだろうな。可哀想に。でも、こうなってもおかしくなかった)
ニコルは、美女を見慣れているはずのジェイソンですら魅了する女だ。
一般生徒にも人気はあった。
「普通に告白してもダメならば、力尽くにでも」と考える者が現れても不思議ではない。
(卒業間近で、もうすぐニコルと会えなくなるから、焦って暴走したってところか。今回はフレッドとのイベントだから、フレッドを立てた方がいいな)
「僕は礼を言われるような事はしていないよ。体を張ってニコルさんを守ったのはフレッドだ。礼を言うならフレッドだけでいい」
アイザックは、フレッドに微笑みかけ、拳を彼に突き出した。
「フレディ、さっきの君の姿は、立派な騎士だったよ」
「ふんっ。か弱い女性を守るのは、騎士であるかどうか以前の問題だ」
フレッドは、そっぽを向きながらアイザックの拳に軽く拳をぶつける。
今回はアイザックに褒められていたので「フレディと呼ぶな」とは言わなかった。
そんな小さな事を気にする状態ではないだけかもしれない。
だが、今だけはアイザックに対する敵意を持っているようには見えなかった。
(か弱い? ニコルって、実はフレッドといい勝負するくらいには強かったような……)
部活での練習を見ている限り、ニコルはなかなか腕がよかった。
文化祭ではダミアンになんとか勝っていたが、本来なら余裕で勝てるくらいの実力差があったと思われる。
少なくとも、アイザックよりは強いはずだ。
か弱いはずがない。
(そうか。フレッドの自尊心を満たすために演技をしているんだな。まったく、自分の身を張ってまで攻略しようとするなんて、やっぱりとんでもない女だよ)
ニコルの事を、アイザックは改めて頼もしく思う。
恐怖に怯えている姿も、フレッドの心を奪うための迫真の演技だと思えば、どこか白々しいものにも見えた。
アイザックがこれからどうしようか悩んでいると、大勢が走ってくる音が聞こえた。
用具室の角から顔を出すと、留学生の一人が教師や生徒を連れて走ってきていた。
ポールの姿が見えたので、戦技部の顧問の体育教師や部員を呼びに行っていたのかもしれない。
「なにがあった!」
体育教師がアイザックに声をかける。
「僕達はあとから来ました。詳しくはフレッドから聞いてください」
アイザックは、フレッドに聞いてくれと答える。
今回はイベントかもしれないという事を抜きにしても、功労者はフレッドだ。
下手に口出ししたりせず、フレッドに説明役を譲る。
そうする事で、誰がこの場の主役なのかをわかりやすくするためである。
「いったいなにが、あっ……」
教師や生徒の立場は関係なく、現場を見れば一目で状況がわかった。
――ニコルが襲われそうになった。
うなだれている生徒が犯人なのだという事も一目瞭然。
フレッドが暴漢なのであれば、ニコルが彼から逃げようとするはずだ。
そういった気配がないので、フレッドやアイザックは助けた側と考えるのが自然だった。
「見ての通りです。先輩がニコルさんを襲おうとしていたので、僕が助けに入りました。アイザック達は、ニコルさんの悲鳴を聞いて駆けつけたのでしょう」
「そっ、そうか。……卒業間近で、とんでもない事をしでかしたな。これはお前の将来に大きく影響するぞ」
教師は暴漢を睨む。
後輩の女子生徒に襲いかかるなど、到底許しがたい行為だ。
受け持ちの生徒がやらかした事件の悲しみも含まれているようにも思える。
「ニコルが欲しかった。でも、襲うつもりはなかったんだ。つい弾みで……」
「話は職員室で聞く。フレッドくんとアイザックくん達も来てくれるかな? 君達からも事情が聴きたい」
「もちろん構いません」
たいした事は話せないが、関係者から話を聞きたいという教師の気持ちもよくわかる。
ロレッタ達にも同行するよう一言頼み、職員室へ向かう。
暴漢はポール達、戦技部の生徒が周囲を囲んで連行していった。
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「まったく、とんでもない場面に遭遇したな」
「ニコルさんは可愛いし、いつかはこうなるかもしれないと思ってたよ。モテるのに脇が甘いところがあったしね」
アイザックが愚痴ると、ポールが「予想していた」と返す。
「自分が如何にモテるかを自覚していないから災難を招くんだ」
「それをお前が言うのか?」
ニコルを非難したアイザックに、カイが鋭くツッコミを入れる。
彼の言葉に同意するかのように、友人達が小さく笑った。
アイザックは、むっとした顔を見せ「そんな事ないよ」と言い返そうとする。
そこに、ロレッタ達が近づいてきた。
友人に言い返す前に、アイザックはロレッタに話しかける。
「ロレッタ殿下、申し訳ございません。あのようなルートを通ろうと申し上げたせいで、不快な思いをさせてしまいました」
まずは謝罪である。
ニコルの事を嫌っていようが、あんな場面を見れば、一人の女として不安になったりするはずだ。
隣国の王女に不快な思いをさせてしまった事を、責任者として謝らねばならなかった。
「許します――というよりも、賛同した私にも責任はあります。気になさらないでください」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
アイザックが頭を下げた。
「それよりも、アイザック先輩があのような事を言われるとは思いませんでした。権力をひけらかすようなお方には見えませんでしたもの」
ロレッタは場の空気を換えるために、謝罪から話題を変えようとする。
アイザックの意外な一面を見れたという驚きから、アイザックに尋ねたかっただけかもしれない。
これはアイザック自身も不思議な事だったので、説明しにくいものだった。
ここでニコラスが話に割って入ってきた。
「いえ、あれは僕達のためです。誰か一人が手伝おうとすれば、当然他の者達も手助けしようとするでしょう。一人を相手に複数人で袋叩きにすれば、いくら暴漢相手でも、名誉とは程遠い行為になったでしょう。結果的に誰も名誉や身体的に傷つかない方法を取られたのだと思います」
アイザックを尊敬しているニコラスは、アイザックの行動を最大限、良いように受け取った。
ニコラスの考えは、先ほど話していた勉強会の事も影響している。
いつでも冷静沈着な判断を下せるアイザックだからこそ、結果的に被害が少ない答えを選んだのだと思っていたのだ。
彼の説明に、聞いていた者達は一定の理解を示した。
「そうでした。アイザック先輩は他人の事も考えられるお方。訳あっての行動だと気付くべきでした。申し訳ありません」
ロレッタは、謝りながらアイザックの腕に手を絡める。
これにはアイザックが驚いた。
「殿下! つい先日ジュディスさんに、はしたないと指摘されておられたではありませんか。おやめください」
慌てて、バレンタインデーに言っていたロレッタの言葉を持ち出す。
ニコルの胸を見たばかりだ。
腕を絡めて、ロレッタの胸の感触を感じてしまえば、不自然な前屈みの姿勢で帰らなくてはならなくなりそうだった。
理性を総動員して、ロレッタの手を優しく引き剥がす。
すると、ロレッタは今にも泣きそうなほど悲しそうな表情になった。
「ジュディス先輩には謝らなければなりませんね……。女性が襲われそうになった現場を見て、私はとても恐ろしくなりました。今も怖い思いで胸が一杯です。心細い時、頼りになる人のそばにいたい。そう思うのは自然な事でした。せめて、今日だけでも、少しの間だけでも許していただけませんか?」
ロレッタの懇願に、アイザックは返答に詰まる。
周囲に「どうにかしてくれ」という視線を向けるが、みんなアイザックの様子を見ているだけだ。
助けを求める雰囲気ではない。
(どうしろっていうんだ……)
こんな時の対処方など、アイザックは知らない。
自分で解決しなくてはならなかった。
(女性の温もりとか耐えられそうにない……。あっ、そうか)
アイザックは、引き剥がすために握っていたロレッタの手を取る。
前世で恋人繋ぎと言われる手の繋ぎ方だった。
「さすがに腕に絡めて歩くというのは認められません。下校中、誰に見られるかわかりませんしね。ですが、不安だと思われる気持ちもわかるつもりです。ですので、この手の繋ぎ方でよろしければ、大使館までお送りします。今日だけですよ」
「まぁ、ありがとうございます」
ロレッタは華やかな笑みをアイザックに見せた。
イチかバチかで言ってみただけなのに、アイザックがOKしてくれたからだ。
今日だけなのは残念だが、ライバルのいない今だからこそできる事だとわかっている。
手を繋いで一緒に下校できるのは、アマンダやジュディスに一歩リードできるという事。
その一歩が、これからリードを広げていくのに役立つはずだ。
「それじゃあ、帰りましょうか。あとはフレッドがやってくれるようなので」
アイザックは照れている事を隠すように、帰ろうと促す。
こうしてあっさり帰る事ができるのも、フレッドがすべてを請け負ったからだ。
ただの目撃者に過ぎないアイザックは「イベントの邪魔をしたくない」という思いもあり、彼に任せる事を選んでいた。
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