第369話 従兄弟の十歳式

 ジュディスと会ってから、アイザックは迷い続けていた。

 すべて占いのせいである。


(まさか、ジュディスの占いを避けるための嘘が本当になるなんて……)


 ――未来を知ってしまえば、それを意識して迷ってしまうからだ。


 わかっているのは結果だけ。

 例えば「これをしよう」と決めても、それが正しいものなのかまではわからない。

 思いついた方法が正しいものか悩み、新たに考え付いたものが正しいものの可能性だってある。

「上手くいくはずだから」と、最初に思い浮かんだ方法で行動していいか悩んでしまうのだ。


 ――自分は王になれる。


 その結果を知るという事は、アイザックにとって大きな足枷となっていた。

 もしかすると、ジュディスに未来を知られた以上に厄介な事かもしれない。


(他人を占う事で俺の未来を見ようとするなんて……。そんな方法を使ってくるとは思わなかった。ジュディスは厄介だぞ……)


 なによりも王家への忠誠心を持っている事が面倒だった。


 ――命の恩人だから誰にも言わないものの、アイザックから贈られた髪留めを外し、袂を分かつ覚悟を決めていた。


 そのくらいには忠誠心を持っているのだ。


「反乱するつもりだから見逃して」

「うん、オッケー」


 とはいかないだろう。


(しかも、理由がパメラを手に入れるためだしなぁ……)


 少し前なら、アイザックも理由は気にしなかったはずだ。

 しかし、今は違う。

 ロレッタやアマンダが好意を持っている事を知り、ジュディス自身も好意を持ってくれている。


 ――ここで「パメラが好きだった」とバレてしまえばどうなるか?


 深く考えるまでもない

 アイザックにだって、よくわかる状況になるはずだった。


(ラブコメって……。主人公のメンタル強いよな……)


『なんであの女なのよ!』


 そう言われてしまうだろうと、アイザックはわかっている。

 前世で読んだ漫画を参考にすれば、きっとそういう展開になるはずだからだ。

 問題は、アイザックがそういう状況を望んでいない事だった。


 漫画で読む分にはいいが、自分が奪い合われる状況を――


「モテて困るなぁ」


 ――という風に楽しめる気がしない。


 きっとオロオロするだけだろう。

 本命がいなければ楽しめたかもしれないが、今は困るだけだ。

 反乱に関して占われるのも困るが、アイザックの本命が誰か占われるのも困る。

 そのため、アイザックはジュディスに釘を刺していた。


『ジュディスさん、もう占いの力に頼るのはやめにしましょう。未来が気になるという気持ちはわかりますが、その才能のせいで困った事になったではありませんか。今回は助かりましたので感謝しています。ですが、ジュディスさんが、また悲しむような事になるのは僕としても避けたいと思っています。今後は占いに頼るのを減らし、自分で行動する努力をされた方がいいでしょう。その方が、結果的にジュディスさんも、他のみんなも幸せになれると思います』


 そう言って、できるだけ占いをするなと頼んでおいた。

 はっきり「やめろ」と言ってしまうと、その理由を勘繰られるかもしれないので、やんわりと指摘しただけだ。

 それだけに「ちょっとだけ占ってみようと思われるかもしれない」という心配が絶えない。


 ジュディスはランカスター伯爵の孫娘であるし、自分が命を助けた相手でもある。

「やっぱり見殺しにしておけばよかった」などとは考えたくもない。

 メリンダやネイサンとは違い、明確な敵ではないからだ。

 ジュディスが自分に敵意を持っていてくれるのなら、マットあたりに命じて暗殺でもさせていたところである。

 明確な敵ではないし、日和見で中立を保っているわけでもないので、決断を下すのが難しい。


(あと一年……。あと一年だけ我慢してくれればなんとか……)


 良い対処方法が思い浮かぶまでの間、そう願う事しかできなかった。



 ----------



 年が明け、三学期が始まった。

 休みの間、アイザックはお祝いにやってくる貴族の相手ばかりしていた。

 外国の大使なども含まれるので、今後の事を考えれば無視できない相手だ。

 帰国当初はハンカチ騒動などで忙しかったので、余裕のある範囲で会っていればよかったが今は違う。

 そろそろ余裕ができた頃だと思われているので、会うしかなかった。

 パメラと会いたかったが、冬休みはそれで潰れてしまう。


 しかし、新学期になってもパメラと話す機会が作れなかった。

 他の女の子達とは順調に話が進んだだけに、アイザックも焦り始める。

 屋敷を訪ねてくる貴族と会っても、公式行事は欠席してしまうくらいに思い悩んでいた。

 十二月二十五日の休戦記念日すら休んだくらいだ。

 だが、休めないものもある。


 ――十歳式である。


 他家からも「できれば顔だけでも出してほしい」と要請はあったが、今のところ返事は保留していた。

 しかし、今年は従兄弟のマイクが十歳になるという事もあり、ウェルロッド侯爵家で開かれる十歳式には親族として出席する必要があった。

「それどころじゃないのに」と思いながらも、アイザックは出席する。


 十歳式は、いつも通りウェルロッド侯爵家の庭で開かれた。

 ネイサンの時やアイザックの時とは違い、かなり賑やかである。

 もう、あの事件は過去のものとなったのだろう。

 アイザックを恐れる子供はおらず、顔を出すのを歓迎する者ばかりだ。

 マイクも、その一人だった。

 アイザックは、彼に声をかける。


「マイク、おめでとう。これからは貴族の一員になるね」

「はい、エンフィールド公のようになれるよう頑張ります!」


 マイクは、アイザックを敬意が含まれる目で見てくる。

 純真な目だったので、ついアイザックは目を逸らしてしまう。

 そして、目を逸らした事を誤魔化すようにフフフッと笑う。


「僕のようになる事はないさ。それと堅っ苦しい呼び方もしなくていいって、前にも言ったじゃないか。今までのようにお兄ちゃんでいいよ」

「いえ、十歳になったので、人前ではエンフィールド公と呼ばせていただきます」


 マイクは十歳式という節目を迎えた事もあり、意気込みが激しくなっている。

 正式に貴族の一員になったので、大人のような態度を取ってみたいと思っているのかもしれない。

 背伸びしようとしているマイクを、アイザックは微笑ましく思う。


「わかった。では、マイク・ハリファックス。リード王国やウェルロッド侯爵家のために、勉学や武芸の鍛錬を頑張るように」

「はい!」


 アイザックが威厳のある声で公爵っぽく命じてやると、マイクは嬉しそうに返事をする。

 この二人のやり取りを、ハリファックス子爵家の面々も微笑ましく見守っていた。

 成長したマイクが、アイザックを支えている姿を想像しているのかもしれない。

 アイザックは彼らにも声をかけたあと、主催者の席に戻る。

 すると、ルシアが話しかけてきた。


「やっぱり、アイザックに話しかけられると嬉しそうね。今年十歳式に出席した子供達に贈る言葉はどんなものにしたの?」

「贈る言葉……。あっ……」


 ルシアに言われて、アイザックは思い出した。

 モーガンから「一言、十歳式を迎えた子供達に言葉を贈ってくれ」と言われていた事を。


(やべぇ、考えてなかった!)


 ――パメラと会って話したい。

 ――これからどうしよう。


 そういった事ばかり考えていたせいで、贈る言葉を考えずになおざりにしていた。

 それくらいあとで考えればいいと、後回しにしていたせいだ。

 アイザックはミスに気付く。

 そして、ルシアもアイザックの態度に気付いた。


「……大丈夫?」

「大丈夫です。なんとかします」


 アイザックは、その場しのぎの返事をする。

 そしてすぐに、何かいいネタはないかと周囲を必死に見回し始める。


 最初に視界に入ったのは、各テーブルに配膳されたチョコレートドームだった。

 ボウルの内側にチョコを塗り、クロードやブリジットに冷やしてもらって固めた半球状のものである。

 上から暖かいチョコをかける事によってチョコレートドームが解け、中の果物に降りかかるというものだ。

 子供達は視覚でも楽しめるお菓子を喜んでくれている。

 アイザックも嬉しくなる。


(とりあえず、お菓子を絡めた話でもいいか)


 ひとまずはスピーチのネタとしてキープしておく。

 クロードは、自分が考えたお菓子も出そうとしていたが、それを止めた事も含めて何かに使えるかもしれない。


(チョコレートパフェを載せたスパゲティとか時代を先取りし過ぎている。ほどほどが大事とかの話に絡めよう)


 冷静に考えれば、話のネタはいくらでもある。

 いつもモーガンが話しているのを聞く限り、特別難しい話は必要なさそうだ。

 教訓っぽいものを軽く話せばいいだけなので、アイザックにも希望が見えてくる。


「この場にいる子供達が十歳式を迎え、これから正式に貴族の一員となる。ウェルロッド侯爵として、リード王国の外務大臣として、新たな貴族を歓迎しよう。おめでとう、これからの諸君の活躍を期待している。いつもはウェルロッド侯爵家の当主である私から諸君に言葉を贈るところだが、エンフィールド公の従兄弟であるマイク・ハリファックスが出席しているという事もあり、今回はエンフィールド公に出番を譲る。諸君もドラゴンを交渉だけで大人しくさせた男の話を聞きたいだろうからな」


(おぃぃぃ、爺ちゃん。ハードル上げるなよ!)


 ただでさえどうしようか悩んでいたのに、考える時間すら与えてくれなかった。

 祖父のスピーチを参考にしようと思っていただけに、考える余裕がないのは辛い。

 ルシアが心配そうな目で見てくる。

 アイザックは力のない笑みを返す。


(どうしよう、辛い……)


 子供達だけでなく、その家族も期待に満ちた目でアイザックを見ている。

「おめでとう、乾杯!」で済ませるわけにはいかない。

 気の利いた言葉を贈らねばならなかった。

 途方に暮れるアイザックの視界に、マイクが入った。


(そうだ!)


「マイク、こっちにきてくれ」


 子爵家で縁戚という事もあり、ハリファックス子爵家の席は一番近いところにある。

 だから、アイザックは気楽にマイクを呼び寄せた。

 呼ばれたマイクは「何事か」と、緊張した素振りを見せながらアイザックのもとへ向かう。

 アイザックは、マイクに笑顔を向け、彼の肩に手を置いて皆の方を向かせる。


「先ほど、マイクは僕のようになりたいと言ってくれました。きっと皆さんも、誰かのようになりたいと思っているでしょう。ウェルロッド侯のように、他国の人と接する仕事ができるようになりたい。サンダース子爵のように、槍働きができるようになりたい。僕も幼い頃は、見た事もない先代ウェルロッド侯のようになりたいと思っていました。噂だけでも凄い人でしたから」


 ほとんどの者が「まぁ、そうだろうな」と考えていた。

 昔のアイザックは、モーガンでもランドルフでもない。

 ジュードそっくりな人間だと思われていたからだ。


「ですが、ある程度大きくなると『誰かになりたい』という思いは薄れていきました。先代ウェルロッド侯のようにはなれない。そう思った時、自分は将来どうなるのかと疑問に思いました。ウェルロッド侯を目指す事もできます。サンダース子爵を目指す事もできます。でも、そのどちらにもなれないと気付きました」


 ――目指す事はできるが、彼らのようにはなれない。


 そう語るアイザックに、ほとんどの者が首をかしげる。

 アイザックなら、何者にでもなれそうだと思っているからだ。

 だが、アイザックの言葉の続きを聞けば、なぜそう語ったのかを理解する事になる。


「僕と彼らは違う人間だからです。違う人間である以上、まったく同じにはなれません。だから僕は先代ウェルロッド侯でも、ウェルロッド侯でも、サンダース子爵でもない。アイザック・ウェルロッドになるしかない。そう考えました」


 アイザックはマイクに顔を向ける。


「僕のようになりたいと言ってくれるのは嬉しい。でも、僕のようになりたいからと勉強ばかり頑張るのでなく、武芸に関しても頑張ってください。みんなはまだ若い。将来の可能性を狭めるべきではありません。サンダース子爵のように、戦場で大活躍するという事もあり得ます。人間の可能性は、各テーブルに配られたチョコレートドームのようなものです。中を見てみるまではわからない。大きくなった時、中身を見てガッカリという事のないように自分磨きを頑張ってください。でも、勉強や武芸の鍛錬自体を頑張る事が目的になっては意味がないので、ほどほどに息抜きもするようにね」


 とりあえず、思い浮かんだ事は言った。

 この辺りで打ち切ってもよかったのだが、調子が乗ってきたのでもう一言だけ話そうとする。


「誰かのようになりたいと思う事は悪い事ではありません。目標を持つ事は良い事です。ですが、目標にするべき人は一人にしないといけないという事はありません。すぐ近くに目標にすべき人がいるという事を思い出してください。皆さんのお父さんやお爺さんは、兵士の半数が死傷した激戦を戦い抜いてきた勇敢な方々です。身近にいるのでわかりにくいかもしれませんが、いざ父親を追い越そうとしても、その壁は高いものだと思うはずです。誰かを目標としながらも、身近にいる家族を目標にしてみるのもいいでしょう。今まで気付かなかった家族の姿に気付けるようになるでしょう」


 アイザックは家族を目標に加えた方がいいと話した。

 これは前世の経験からだ。


 前世の父は、出世に興味のない公務員だった。

 時々残業をするだけで、基本的に定時上がり。

 特に取り立てて特徴があるタイプではなかった。

 いつかは父よりもいい家庭を築こうと思ったものだ。

 だが、父の壁は非常に高かった。

 アイザックは「恋人を作る」という家庭作りのスタートラインにすら立てなかった。

 可も不可もない・・・・・・・という事の凄さを思い知らされた経験がある。

 だから、この場にいる子供達にも自分の親の凄さを知っておいてほしいと思い、今の話をする事にした。


 アイザックの話を聞いた子供達がざわついている。

 自分の親とアイザックを交互に見て「エンフィールド公の方が凄いのに?」と困惑している。

 しかし、過酷な戦場から無事に帰ってきたというのも事実。

「実は凄いのでは?」と思う者も、そこそこ現れた。

 そして、アイザックの話を聞いて感動した大人もいる。


 ――ランドルフだ。


「アイザック、そんな風に思っていてくれたのか……」


 アイザックの父親といえば、ランドルフしかいない。

 自分を「高い壁だ」と思ってくれていた事に、感動していたのだ。

 今までは、そんなそぶりをみせなかったので、感動もひとしおである。

 前世の事など知らないので、当然の反応だった。


 ルシアも同じく、意外に思っていた。

 だが、その反応は好意的だった。

 先ほどアイザックは「スピーチを考えていなかった」と答えたので、今まで思っていた事が口から出たのだと思っている。

 意外な本心ではあったものの、ランドルフに敬意を持っていた事を安心する。


 アイザックのスピーチは、本人が思っていたよりも好評に終わる。

 そして、本人にとっても大きな収穫となっていた。

 ランドルフ達だけではなく、貴族達の心証も良くしていた。

 だが、それだけではない。

 一連のやり取りを通して、重要な事に気付く事ができたのだ。


(ウィンザー侯爵家からも顔を出してほしいっていう要請があった。なら少しだけでもパーティーに顔を出して、軽くスピーチをする。そうすれば、あとでパメラと話す事だってできるんじゃないか?)


 なぜか避けられ続けているが、ウィンザー侯爵家が呼んだ客人を無下にはできない。

 パメラと話す機会も作れるはずだ。

 十歳式に出席するという、ウィンザー侯爵家を堂々と訪ねられる口実も作れる。

 乗り気ではなかったが、十歳式に顔を出したおかげで素晴らしい案が浮かんだ。


(ちゃんと好きな相手はパメラだって伝えておかないとな。今回みたいにその場しのぎじゃなく、ちゃんとなにを話すか考えておかないと)


 女なら誰でもいいというわけではない。

 誤解を解いておかないと、ジェイソンを追い落としても、パメラが手に入らないという状況になりかねない。

 そろそろ腹を割って話しておかねばならない頃合いでもある。

 ウィンザー侯爵から、わざわざ屋敷に呼んでくれているのだ。

 この機会を最大限利用してやろうと、アイザックは考えていた。

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