第302話 なんで俺だけ

 学校から提供された部屋には、アイザックとジェイソン、ダリルといった当事者が呼ばれていた。

 この時、モニカは呼ばれなかった。

 彼女は巻き込まれただけで、ジェイソンとダリルから事情を聴けば十分だと思われていたからだ。

 それと、彼女を呼べばダリルに死体蹴りをするようなもの。

 必要ならばあとで呼べばいいだけだと、エリアスに判断されていた。


 彼らの他にはエリアスとモーガンの二人が集まっていた。

 ランドルフ達も入学式に来賓として呼ばれていたが、ウェルロッド侯爵家の者が勢揃いしては話が進まない。

 ここは我慢してもらい、モーガンだけが呼ばれていた。


 親が来るのを待っている間、ダリルは一人きりだった。

 しかも、ウェルロッド侯爵家の面々が揃っているという圧倒的な不利な状況。

 だが、彼は気にした素振りは見せていなかった。

 ずっと放心状態で、ジッと天井を見つめていたからだ。


 まずエリアスはジェイソンに決闘まで至った経緯を聞き、次にアイザックから間違いないかを確認する。


「決闘を行うほどの問題ではなかっただろう。勢いに任せて行動し過ぎだ。どうしたんだ、ジェイソン?」


 決闘の経緯を聞くと、エリアスは頭を抱えた。

 普段は思慮深い息子が、なぜか今回に限ってその場のテンションで行動してしまっている。

 いや、今回も思慮深いと言えば思慮深い行動かもしれない。


 ――以前からダリルに相談されており、彼が行動した時にサポートしていたのだから。


 悪い方向に計画的だ。

 アイザックだけではなく、ウェルロッド侯爵家からの信頼を失うかもしれない悪手である。

 いつもの息子らしくない行動に、エリアスはめまいを感じていた。


「勢いですか。確かに勢いでの行動かもしれません。ですが、これはアイザックのためにもやらねばならない事でした」


 ジェイソンはアイザックを見る。


「このままでは、いつか本物の決闘になる恐れがありました。アイザックには、自分が婚約者を決めない事がどれほどの影響を与えているのかを知ってもらわないといけないと思ったのです」


 彼は彼なりに理由を考えていたようだ。

 さすがに「ニコルを盗られないか心配で決闘をやらせようと思った」などとは言えないらしい。

 卑怯な方法に、アイザックはイラッとする。


「刃引きをした模擬剣とはいえ、当たり所が悪ければ死ぬ事だってある。決闘をする前に話し合いの場を設けてくれればよかったのでは?」


 アイザックが今言ったように、穏便に済ませる方法もあった。

 なのに、わざわざ決闘をさせようとしたのだ。

 これは「あわよくば亡き者に」という計算があったようにしか思えない。

 その事を指摘し、エリアス達にもジェイソンが何をしようとしたかをわかってもらうつもりだった。


「だから入学式のあとにしたんだよ。今年はエルフやドワーフの大使も来賓として呼ばれている事を知っていたからね。いざとなれば魔法で治療ができる。安全面への配慮はしているさ」


 だが、ジェイソンもこの質問がされる事はわかっていたのだろう。

 余裕の笑みを浮かべて答える。 


「待て。考えがまとまらん。まずは一つずつ問題を潰していこう。それでどうだ?」

「……私もそれがよろしいかと思います」


 まだ困惑しているエリアスが、同じく戸惑っているモーガンに提案する。

 アイザックは公爵家当主ではあるが、ここは保護者に了承を取る方が優先だと思ったからだ。

 モーガンも話についていけていないので、ここはエリアスの提案を呑んだ。


「では、最初に原因となったアイザックの事から話そう。私個人としてはジェイソンの意見に納得できるところもある。アイザックの存在は、あまりにも大きい。大人でもそうだ。ならば、子供達にはもっと大きな存在に見えているはずだ。女子生徒本人や家族がアイザックの事しか目に入らないのも無理はない」


 これはエリアス自身も感じている事だ。

 モーガンやウィンザー侯爵も長年リード王国を支えてくれている功臣である事はわかっている。

 それでも、アイザックに比べてみれば色褪せて見えてしまう。

 家臣の働きを身近で見て、理解しているつもりのエリアスですらこうなのだ。

 他の者達がどう思うかは一目瞭然である。


 ――これを解決するのは一つしかない。


「そこでだ。ウェルロッド侯との約束を取り下げてもらおう。アイザックは早急に婚約者を決めるべきだ。それで今回の問題は解決する」

「そんな!」

「これはリード王国国王としての命令だ」


 エリアスが言い出した事にアイザックが反応するが、エリアスはこれを一蹴した。


「約束をした時とは状況が大きく変わっている。ブリジット殿と出会ったのも、約束をしたあとの事だ。あの時は成人前に、ここまでの大活躍をするとは思っていなかった。すでにお前は公爵にまでなっている。過去の約束にこだわらず、一歩を踏み出す時がきたのだと私も思う」


 モーガンもエリアスの意見に同調した。

 アイザックと約束をした時は、継承権をネイサンに奪われるかもしれないほど弱い立場だった。

 しかし、パメラと出会ってからのアイザックは大きく変わった。

 ティリーヒルに行って商人をやり込め、エルフとの交流を再開するなど、アイザックは積極的に動き始めた。

 約束する前と後では大違いだ。

 ここまで条件が変わってしまったのなら、約束を反故にする事も考えねばならない。

 問題を先送りにしていたのは、アイザックだけではない。

 モーガンも同じだったのだ。

 この機会に責任を取ろうと、アイザックに憎まれるのを覚悟で同意していた。


「そうですか……」


 さすがに今回の件で、アイザックも婚約者を決めない事に無理がきているのをわかっていた。

 そのため、強く拒否する事ができない。

 だが、大人しく要求を受け入れるだけで終わるつもりはなかった。


「他の人に迷惑をかけているというのならば致し方ないのかもしれません。ですが、条件を付けさせていただきたいのです」

「なんだ?」


 エリアスは、内容次第で無条件に受け入れるつもりだった。

 無欲な忠臣にどう報いようか困っていたからだ。


「ジェイソンの命令が受け入れがたいものであった場合は、その命令を拒否する権限をください。そして、間違いを指摘し、是正する許可をいただけませんか? 時と場合によっては、ジェイソンの名に傷がつく時もあるでしょう」


 ――名声に傷がつく。


 その言葉にジェイソンが顔をしかめるが、アイザックは気にせず話を続ける。


「ですが、致命的でなければ取り戻せるはずです。今回の件は、みんなのために動いたとはいえ非常に危ういところでした。もし、僕に決闘を拒否する権限があれば、いきなり決闘だなんて事にはならず、モニカさんにダリルに対する気持ちを確認するところから始めていたはずです。僕に権限があれば、違った方向に話は進んでいたでしょう。よりよい未来を迎えるためにも、お考えいただけないでしょうか?」


 この要求は、アイザックにとって必要なものだった。

 ニコルの件で嫉妬したジェイソンに、また無茶振りをされるかもしれない。

 その時になってから必死に逃げる方法を考えるより、拒否する権限をもらっておけば堂々と回避できる。

 しかも「ジェイソンのため」という口実もある。

 今回の彼の行動はエリアスも暴走したというように受け止めている。

 ならば、この要求は受け入れやすいもののはずだった。


「むぅ……」


 エリアスは、ジェイソンに負けないほどのしかめっ面をする。


 ――だが、これは演技だった。


 本当は笑い出しそうになるのを我慢するために、わざと顔をしかめていたのだ。


(やはりアイザックは信頼できる男だ)


 エリアスが心配していたのは「ジェイソンを遠ざけてほしい」という類の要求だった。

 そんな事を要求されるという事は、実質的にジェイソンとの決別を宣言されているのと同義。

 しかし、アイザックは「ジェイソンを止めるために権限が欲しい」と要求をしてきた。

 つまり、ジェイソンを見限ったりするのではなく、まだまだ付き合っていってくれるという意味が含まれている。


(ジェイソンも出来る息子だと思っていたが、まだまだ未熟。アイザックのような者がサポートしていってくれれば、ジェイソンの世代も王国は安泰だな)


 要求してきた内容は、よく考えれば危ういものだ。

 だが、ウェルロッド侯爵家の軍備拡張も一部から危うさを指摘されていたが、リード王国のための行動だった。

 ファーティル王国を救うという結果があったので、エリアスはアイザックの事を信頼しきっている。

「ジェイソンにも正面から間違いを指摘してくれる者がいれば、きっと統治の助けになるだろう」という思いから、アイザックの申し出を受け入れようという考えにエリアスは傾いていた。


 ――だが、それはそれ。


 このまま受け入れるのはもったいないという気持ちもある。

 エリアスからも、一つ条件をつける事にした。


「確かにアイザックの意見は一理ある。だが、それをそのまま受け入れるわけにはいかない。こちらからも条件を付けさせてもらおう」

「……どのようなものでしょうか?」


 今の要求は王族の権限を弱めるものとして、悪用しようと思えばいくらでも悪用できる。

 その穴を塞ぐ条件を付けられるのだろうと思って、アイザックは「やっぱりか」と思って諦め始めていた。


「婚約者を選ぶ時は、誰もが認めるような相手を選ぶ事だ」

「えっ……」


 思わぬ要求に、アイザックは驚いた。

 条件を付ける方向性が「えっ、そっち?」と思うものだったからだ。


「例えば、ティファニー・ハリファックス。彼女はダメだぞ。親族という事もあり、形だけの婚約で誤魔化そうとしていると思われたら、婚約をする意味がない。ちゃんとその相手と結婚する。その上で『その人と結婚するのなら仕方がない』と周囲を諦めさせられる相手を選ぶ事。それが条件だ」


 これはエリアスによる攻撃でもあった。

 婚約者に制限を加える事により、実質的にロレッタ・・・・アマンダ・・・・の二人に候補を絞る事ができる。

 そして、アイザックの婚約者がアマンダでもいいのなら、すでに婚約をしていたはず。

 彼女に不満があるからこそ、婚約者に選んでいないのだと思われる。

 ならば、ロレッタの方が選ばれる確率が非常に高くなるはずだ。

 エリアスとしては、ロレッタと婚約してくれる方が助かる。

 この機会に、さりげなく彼女を推しておいてやろうとエリアスは画策していた。

 彼もジェイソンの父親である。

 無茶振りは得意とするところだった。


「その人と結婚するのなら仕方がないと思わせられる相手ですか……」


 これは難しい問題だった。

 とりあえずで誰かを仮の婚約者にするのではダメ。

 多少は「そういうのもありかな」と考えていた事を先回りして潰された。

 いやらしいやり方だが、かなり効果的だ。

 時間稼ぎをせず、ちゃんとこの問題に取り組まないといけなくなった。


「わかりました。その条件を受け入れましょう。ですが、僕の要求も公文書として約束を形に残してください」


 とはいえ、アイザックにも心当たりがある。

 いつかは向き合わないといけない問題なら、この機会に解決しておけばいい。

 なにがなんでも拒否しないといけない内容ではなかった。


「いいだろう。これで問題は一つ解決だな」


 エリアスはニヤリと笑う。

 最大の問題が解決したからというだけではない。

 自分の思惑が上手く進んだからだ。


「ジェイソン、そなたはどうだ?」


 アイザックが婚約者を作るのなら、ジェイソンが心配していた「婚約の成立率が悪くなっている」という問題は解決する。

 婚約者の座を狙っていた者達も、その多くが諦めるはずだった。


「確かにアイザックが婚約者を作るのなら……。僕からはこれ以上言う事はありません」


 ジェイソンもアイザックを追及する事を諦めた。

 アイザックがニコルを狙うライバルでないのなら、これ以上事を荒立てる必要はない。

 ここは大人しく引き下がる事にした。

 つまり、ダリルは騒動の火種として利用され、目的を達成したと思われた時に切り捨てられたという事だ。


「では、ダリル。そなたはどうだ? 何か言いたい事があるか?」


 そのダリルは、利用された事に気付いていない。

 モニカを手に入れられなかった悲しみに暮れて放心状態だった。

 しかし、さすがにエリアスに声をかけられては無視もできないという理性は残っているようだ。

 声をかけられて、エリアスの方を見る。


「それでいいのではないでしょうか」


 彼にとって、もうアイザックの件はどうでもいい事だった。

 モニカを手に入れられなかっただけではない。

 横からポールに彼女を奪われてしまうという醜態を晒してしまった。

 アイザックを敵に回してまで手に入れようとしたものが手に入らず、失うものしかない最悪の結果である。

 ダリルは捨て鉢になっていた。


「ならば、アイザックの婚約者の件は早急に片づける事。それで今回の騒動の原因はなくなる。ジェイソンは私が叱っておこう。となると、あとはダリルの処遇だな」


 エリアスはダリルに良い印象を持っていない。

 決闘を決意するところまでの経緯に同情はできるが、それ以上にアイザックと決闘しようとしていた事には不満を持っていた。

 その不満をジェイソンにぶつける事ができればいいのだが、自分の息子にぶつけたくはないという気持ちもある。

 不満をぶつけるのにちょうどいい相手がダリルだった。


「ダリルに関しては親が来てからでしょう。でも、モニカさんとポールのやり取りで十分痛手を負いましたので、僕は厳しい処分を求める気はありません。グレイディ子爵に説明して、どうするかは子爵に任せようかと思っています」


 だが、アイザックは優しさを見せた。

 これは打算ではない。

 前世でモテなかった男の同情だった。

 これは先ほど、ポールのモニカへの告白が上手くいった時にも見せていたものだ。


 しかし、アイザックは自分とダリルが同じだとは思っていない。

 彼には行動する勇気があった。

 結果的に彼も敗者になってしまったが、その違いだけでアイザックはダリルに負けた気分だ。

 だからこそ、少しくらいは配慮してやろうという気持ちにもなっていた。


「その意見には私も同意する。グレイディ子爵のいないところで勝手に処罰を決めてしまっては不満を持つだろう。ちゃんと状況を説明して、納得した上で決断を下す。それならば文句はないだろう」


 モーガンがアイザックの意見に同調した。

 彼は甘い決断だとは思っていない。

 グレイディ子爵の立場からすれば、アイザックやウェルロッド侯爵家の顔色を窺って厳しい処分を下すだろう。

「アイザックは自分の手を汚さず、ダリルに厳しい処分を下すつもりなのだ」と、モーガンは思っていた。


「そのグレイディ子爵は、まだ到着しそうにないな。一度話を中断するか」


 エリアスは仕方がないといった表情で中断を宣言した。

 学院に来ていた者ならともかく、仕事中だった者を呼び出すのだ。

 本人が到着するまで時間がかかるのはわかりきった事。

 ダリルの事はグレイディ子爵が到着してからでもかまわない。

 今はこの状況を整理する時間も必要だと感じていた。


「では、少し席を外させていただきます。家族もどうなっているのか心配しているでしょうし」

「ああ、かまわん」


 アイザックは部屋の外で待っている家族に話をするために席を立った。

 決闘騒ぎになっていたのだ。

 どうなっているのかを聞きたいはず。

 特にルシアは強いタイプではない。

 子供の頃から数々の事をしでかして心配させていた。

 目の前で決闘騒ぎが起こされたのだ。

 きっと、逆にアイザックが母を心配してしまうくらいに動揺しているだろう。


 アイザックが部屋の外に出ると、そこには家族だけではなく、モニカ達の姿があった。


「あの、どうなっているんでしょうか? 私のせいで迷惑を……」


 どうやら、当事者の一人として心配で来てしまったらしい。

 アイザックの友人達も来てくれているので、自分を心配してくれている人がいる事にアイザックは安心する。


「今後、同じような事が起きないように早く婚約者を決めろと言われただけだよ。強いて言うなら、陛下に『ティファニーは従姉妹だから、形だけの婚約で誤魔化そうと思われるからダメだ』って言われちゃったくらいだね」


 アイザックは笑いながら言った。

 これを両親やマーガレット、モニカは言葉通りに受け取った。

 確かにティファニーは親族。


 ――将来的に婚約を解消する事を前提とした婚約。

 ――実際は、裏でお互いの本命を探し合う時間稼ぎでしかない。


 そう思われる可能性は高い。

 一番の目的は、女子生徒の目を他の男子生徒に向けさせるのが目的なのだ。

 アイザックの婚約が偽装と思われてしまっては、婚約をする意味がない。

 エリアスの言う事はもっともだった。


 だが、ティファニーとアマンダ、アイザックの友人達は違う。

 彼らは「アイザックがティファニーの事を好きだ」と思っている。

 アイザックが「ティファニーと婚約したい」と申し出て「それではダメだ」と却下されたのだと受け取ってしまった。


「じゃあ、どうするの? 心当たりはいる?」


 ルシアがアイザックに尋ねる。

 これは重要な問題だった。

 相手がいないのに婚約者を決めるなんていう事は不可能だ。

 こればっかりは相手がいない事には始まらない。


「心当たりはいます。大丈夫ですよ」


 この問いかけに、アイザックは笑顔を浮かべて答えた。


 ――その人と結婚するのなら仕方がない。


 そう思わせられる心当たりがあったからだ。


「へ、へー、そうなんだ。心当たりがあるんだ」


 アマンダがキョロキョロとして挙動不審になる。

 そんな彼女を見て、アイザックに一つの考えが思い浮かんだ。


「アマンダさん」

「な、なに?」

「もしかすると嫌な思いをするかもしれないけど、僕と一緒に陛下と会ってくれないかな?」

「ひょえっ……」


 アマンダから奇妙な声が漏れる。


 ――このタイミングでエリアスに会わせる。


 そんな理由など一つしかない。

 アマンダの体が震え始める。


「ごめん、やっぱり嫌だよね」

「違うよ! 嫌じゃないよ! でも、いきなりだったからビックリしちゃって……」

「ならよかった。早速陛下に会おう」


 アイザックがドアをノックすると、入室の許可がすぐに下りた。


「アイザック、そんな急に……」

「大丈夫ですから。行かせてください!」


 ランドルフがアイザックを制止しようとするが、これはアマンダが拒否した。

 このチャンスを逃すまいと、彼女も必死だったのだ。

 その気持ちがランドルフにも伝わり、彼はそれ以上何も言わなかった。

 彼もアマンダの事を婚約者候補として考えていた。

 アイザックがアマンダを選び、彼女も嫌がっていないのなら止める理由などない。


「アマンダさん、ありがとうございます」


 アイザックがお礼を言うが「選んでくれてありがとう」とお礼を言いたいのはアマンダの方だった。

 部屋に入る際、アマンダがティファニーの方を振り返ると「頑張ってね」と小さく手を振っているのが見えた。

 アマンダは強く頷いて返す。


「陛下、お話があります」

「ふむ、なんだ……」


 エリアスは顔を真っ赤にしてうつむくアマンダの姿を見て「アイザックはアマンダを選んだか」と思った。

 だが、同時にそれはそれで悪くはないとも考える。

 ウォリック侯爵家は、減税の一件以来王家に不信感を抱いている。

 忠臣であるアイザックがアマンダと結婚すれば、その不信感を抑えてくれるはずだ。

 王家の縁戚にするという目的は果たせなかったが、それはそれでよしとするしかないところだった。


「アマンダさんも、フレッドとの婚約が解消されて以来婚約者が決まっておりません」

「そうだな」


 ――ですから、彼女と婚約します。


 そう続くものだと皆が思っていた。


「僕だけが責められるのはおかしいのではありませんか?」

「はぁ!?」


 しかし、アイザックは皆が予想していた事とは違う内容を口にする。


「だって、そうではありませんか。アマンダさんやフレッドも侯爵家の子供。なのに、今も婚約者が決まっていない。となれば、当然彼女達と子供を婚約させようと考える親もいるでしょう。父上の時もそうだったのです。ならば、僕だけではなく、アマンダさん達も影響を与えているのではないでしょうか?」


 アイザックはアマンダを見て「そういえば、侯爵家の子供は俺だけじゃないよな」と思った。

 そこで、エリアスに「自分だけが悪いんじゃないですよ」とアピールしようと考えたのだ。

 自分一人だけの責任だと背負いきれないかもしれないが、道連れが居れば気分が楽になる。

 このような時だからこそ、小物っぷりが出てきてしまった。


「そ、そうかもしれぬな……。考えが抜けていたかもしれん」


 エリアスは自分のミスを素直に認める。

 アマンダやフレッドの事を忘れてしまうほど、彼の中でアイザックがとてつもなく大きな存在になっていたという事だ。

 それは確かに失敗だった。

 しかし、両目を見開いてアイザックを見るアマンダを見て、彼女の事を責める気が削がれてしまう。


「だが、そなたの存在がアマンダやフレッドを凌駕するものだというのは事実。まずはそなたが婚約者を決めなければならんというのは変わりないぞ」

「はい、わかっております。ただ、アマンダさんのように美貌と家柄を兼ね備えた女子を狙う男子もいるという事を伝えたかっただけです。僕だけが婚約の成立率に影響を与えているわけではないとわかっていただければ、それで結構です」


 アイザックはホッと胸をなでおろす。

 だが、アマンダの驚きの表情を見て「やっぱり、エリアスに責任があると伝えられるのは嫌だったよな」と反省する。


(今度、花束でも贈って謝っておいた方がいいな)


「アマンダと嘘の婚約をして利用した方がよかった」と考えた時もあったが、恨みもないアマンダを利用する罪悪感は拭えない。

 やはり、アマンダを利用しないでよかったと思い直していた。

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