第289話 大使着任パレード

 王国暦498年12月25日。

 かつての種族間戦争の休戦協定が結ばれた記念日である。

 そして、今年はエルフとドワーフの大使着任を祝う日でもあった。

 エリアスはこの日にパレードの日程をわざわざ合わせていた。

 エルフと交流を再開した時も、協定記念日にパレードを行っていたくらいだ。


(未来の学生は、王国暦を覚えるだけでいいから楽なんだろうけどな)


 アイザックは学生目線で、ついそんなことを考えてしまう。

 正式な日付は違うだろうが「パレードが行われた日は?」という問題に答えやすくなる。

 学生の事を考えての決定ではないのはわかっているが、アイザックがこのような事を考えてしまうのにはわけがあった。


 ――現実逃避だ。


「そっと、そーっと登ってください。木箱が壊れてしまいます」


 今、アイザックは騎乗するため、階段状に積み上げられた木箱を一段、また一段と登っている。

 これは鎧のせいだった。

 ジュードの鎧は修復するためにウェルロッドの実家においたまま。

 王都にはアイザックが着られる鎧がない。

 そこで、見た目が立派だという事で仕方なくジークハルトからもらった鎧を着る事になった。


 問題はこの鎧にあった。

 重過ぎるせいで、鐙に足をかけて馬にまたがる事ができない。

 そこで小さな木箱を積み重ね、階段状にしたものを登って騎乗しようとしていた。

 足を乗せた時にミシミシと音がなるのが怖い。

 木箱を突き破りそうだというのもあるが、自分の膝が悲鳴をあげているようにも聞こえるからだ。


 バランスを崩さないように気を付けながら最上段まで登ると、馬の背に手をかけて一気に乗る。

 いつもより重い荷物を背負わされて驚いた馬が自分の背を振り向く。


「よしよし、今日は重いけど我慢してくれよ」


 アイザックは愛馬の背を撫でる。

 鎧は重いものの、馬ならなんとか耐えられる範囲。

 頑張ってもらうしかない。


 周囲を見回すと、他の者達の準備はすでにできているようだ。

 みんなアイザック待ちだったようである。


「待たせたね。もういいよ」


 アイザックが典礼官に声をかける。


「では、始めましょう。話した通りに動いてくだされば結構です。王都の外では別の者が待っているので、戻る時は彼らの指示に従ってください」

「わかった」


 アイザックはパレードの先導を務める事になっていた。

 エルフとドワーフ。

 双方と交流を再開するきっかけを作った立役者として、エリアスからパレードを先導する栄誉を与えられた。

 恥ずかしいという思いはあったが、将来の事を考えると王都の住民に顔を売っておくのは悪い事ではない。

 TVがない世界なので、直接顔を見せておくのがいいと思って、この話を引き受けていた。


 まずはリード王家とエンフィールド公爵家の旗を掲げた騎兵二人が進む。

 彼は王家から借りた近衛兵だ。

 アイザックはパレードに合わせた速度がわからないので、旗手がペース配分も行ってくれる。

 旗を掲げるというだけではなく、パレード全体のペースを握る重要な役割だ。

 こればかりは経験者でなければ務められなかった。


 旗手の後ろをアイザックがついていき、その背後をマットとトミーが、さらに後ろを百名の騎士と兵士が付き従う。

 これは主にウェルロッド侯爵家からの借り物だった。

 騎士や文官といった家臣団は徐々に拡大していっているが、兵士までは雇っていない。

 こういう時に実家を頼れるのは便利である。


 王宮から外に出る時、城壁の上から家族が手を振っているのが見えた。

 アイザックは彼らに手を振り返す。


(パレードを見た時は、俺もあっち側だったっけ)


 初めてエルフの交渉団が来た時に、アイザックは家族と共に城壁の上からパレードを見守っていた。

 だが、今はパレードに参加する側。

 それも先導を任される立場だ。

「たった十年ほどで大きな変化が起きたものだ」と少し感慨深く感じる。


 エンフィールド公爵家のあとには、近衛兵の一団が随行する。

 その後ろをエリアスとエドモンド、ヴィリーの三人が乗った馬車が。

 そして、さらに彼らの背後をエルフとドワーフ全員が乗った馬車が続く。

 彼らの馬車はオープントップで、沿道にいる見学者から見えるようになっている。

 これもアピールのためだ。


 王宮を出ると、まずは貴族達がアイザックを歓声で出迎える。

 その中にはジュディスの姿があった。

 隣にはマイケルもいた。

 なぜ彼女を見つけられたかというと、やはり髪型のおかげだ。

 他の者達と違って、長い黒髪で顔を隠しているというのは悪目立ちする。

 人目に触れるのが嫌ならば、今の髪型は却って逆効果だろう。


 アイザックは他に知っている者はいないかと気になったが、キョロキョロとして落ち着きのない姿を見せるのは評価を損なう行為だ。

 気にはなるものの、ゆったりとした動作を意識しながら周囲を見て、片手を振って歓声に応えるだけに留めた。


「見ろよ、あれ。物凄く強そうな鎧を着てるじゃないか」


 アイザックの耳に、男の子の声が聞こえてくる。

 隣にいる子に話しかけているが、歓声にかき消されないよう大きな声を出しているので、アイザックのもとにも届いていた。


「何言ってるんだ。エンフィールド公は闘将ランドルフの息子だぞ。強いに決まってるじゃないか」

「後ろにいるのがマットさん達だろ? あの二人よりも重そうな鎧を着こなすなんてさすがだよな」

「でも、自分では戦ってなかったって聞いたぞ」

「馬鹿だなぁ。高位貴族っていうのは、部下に手柄を立てさせないといけないんだ。作戦を考えたから、あとは他の人に手柄を譲ったに決まってるじゃないか」

「そっかぁ。強いから余裕があるんだね」


(やめてぇぇぇ、それ以上言わないでぇぇぇ!)


 見た目は立派で重厚な鎧を着ていても、それを使いこなせるかは別。

 馬に乗る事すら困難な状態だった。

 今もバランスを崩さないようにするので必死。

 手を振るのさえ、明日筋肉痛になる事を覚悟しての行動だ。

 先陣を切って戦う力があると思われるのは名声を高めるのにはありがたいが、ありがた迷惑でもあった。

 アイザックは自然と苦笑いを浮かべて、子供達の方を見てしまう。

 

「あっ、こっち見た」

「話が聞こえてたのかな?」

「でも、見ろよあの顔。バレたかって顔してるぞ」

「すげぇ! やっぱり本当は強いんだ!」


 なぜか苦笑いが誤解されてしまった。

 子供達の周囲にいた大人達も「そうだったんだ」という表情を見せる。


(早く行って! 早く進んでくれ!)


 そのように願うが、旗手は歩兵の足に合わせてゆっくりと進んでいる。

 表面上は微笑を浮かべたまま取り繕っているが、アイザックは今にも逃げ出したくなっていた。


 アイザックが恥ずかしさから立ち直ったのは、貴族街を抜けて平民街に入った頃だった。

 実際に現場を見たわけではないが、記憶にある場所を通りがかった事で、過去の記憶が呼び起こされる。


 ――かつてエリアスに貧民を使って、ウォリック侯爵領の窮状を訴えさせた場所。


 まさか自分がパレードの先導として通りがかる事になるとは思わなかった。


(アマンダはニコルのせいで不幸な目には遭わなくなったけど、それが幸せだったかどうか……)


 アマンダはパメラ同様に、エンディングで酷い目に遭う。

 森の中に放り出されて野垂れ死にさせられそうになるという、侯爵家の令嬢としては過酷な運命が待ち受けているはずだった。

 フレッドと別れたので、彼がニコルに攻略されてもアマンダは被害に遭わなくなっていると思われる。


 ――だが、それが幸せだったかどうか。


 あの一件のせいで、王党派だったウォリック侯爵が反乱を考えるほどの窮状に追い込まれた。

 十分、不幸な目に遭っていると言えるだろう。


(俺も目立っているから、気を付けないといけないな)


 いつ、どこで誰の恨みを買っているかわからない。

 ブリストル伯爵も、表向きは和解しているが恨まれている可能性は高い。

 誰かに策を仕掛けられるという覚悟だけはしておかなくてはいけないと、改めて考えさせられる。


 街の外縁部に近付くと、今度は野太い声がアイザックを出迎える。

 グレイ商会始め、各商会の職人達が集まっていたからだ。

 さすがにこの日ばかりはピストも顔を出してくれていた。

 逞しさを感じる職人の中に、ひょろっとした男が混じっているので見つけやすかった。

 アイザックは彼らにも手を振って応える。


 だが、どこでもそうだったが、アイザックが通り過ぎたあとの方が声が大きかった。

 エリアスだけではなく、一緒にエルフとドワーフの大使がいるのだ。

 彼らを歓迎する声は、一際大きなものとなっていた。

「歴史が動き始めた時代に生きている」という実感が影響しているのだろう。

 異種族の姿を見て、興奮しているようだ。

 その反応を見たいためのパレードなので、エリアスの狙いは成功している。


 アイザックも自分が利用されている事がわかっているが「エルフやドワーフとの交流を再開の立役者」として顔を売らせてもらっているので、お互い様である。

 今はまだ自分一人が利益を独占する時ではない。


 ――周囲に利益を分け与えつつ、こいつと一緒にいれば旨味がある。


 そう思わせる時なのだから。



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 パレードが終わったあとは、送別パーティーが開かれた。

 ジークハルトも帰る事になるので、アイザックは彼と話していた。

 大人達はすでに酒盛りを始めているので、未成年者で集まっていたからだ。

 ケンドラはパーティーが始まる前に、リサと共に屋敷に帰っていた。


 アイザック達の近くでは、カイがニコルに話しかけられている。

 カイは絶対的美少女に話しかけられて緊張しているようだ。

 その様子を見て、アイザックは「ありがとう、カイ。見事な盾役だ」と感謝する。

 アイザックの陰に隠れてしまっているが、若くして戦功を挙げたカイも期待の若手。

 ニコルに興味を持たれるのは理解できる。

 攻略されるかわからないが、その辺りの事はあとでさりげなく聞き出しておこうと思っていた。


「本当は帰りたくないんだけど、まだ勉強中の身だからね。こっちでも学べる事はあるのに……」


 ジークハルトが残念そうな表情をして、アイザックに話しかける。

 まだまだアイザックからアイデアを聞いておきたいのだろう。


「仕方ないよ。家族にしてみれば、いつまでも子供を一人で遠い場所においてはおけないだろうしね」


 今回、ジークハルトが王都まで来られていたのは、ちょっとした留学くらいの気分で送ってくれたからだろう。

 長期滞在するには、彼の家族の了承が必要だ。

 その場合、許してくれたかどうか。


「ちょっと、それじゃあ私の両親が薄情みたいに聞こえるじゃない」


 一緒にいたブリジットがアイザックに抗議する。

 彼女はずっとアイザック達と一緒にいて、年に一ヶ月ほど里帰りをするだけだった。

 アイザックの言葉を認めるという事は、自分が親に見放されている事を認めているようなものだ。

 黙って聞いている事ができなかった。


「ブリジットさんの時は、クロードさんがいたじゃないですか。クロードさんに預ければ安心という信頼があったんでしょう」


 アイザックもブリジットの家族を薄情だと罵倒するつもりなどない。

 送り出してくれた理由だと思われるものを提示する。


「人間とエルフの寿命が違うというのも影響しているんじゃないですか? 人間の十年がエルフにとっては一年ほどの感覚だとすると、あまり長く預けている気分ではないとか」


 ジークハルトが、時間の感覚が違う事を指摘した。


「近くで見ているとアイザックの成長が早くて、かなり時間が経っているように思えるけど、まだ十年しか経ってないのよね。それくらいなら、社会勉強として自由にさせてくれているのも納得できるわ」


 ブリジットは、彼の意見に納得してうなずいていた。

 十年という歳月が、まだ・・という時点で、ジークハルトの言う通り時間の感覚が違うのだと思われる。

 この違いをわかっているので、アイザックも家族をネタにして彼女をからかうような事はしなかった。


「実はクロードさんだけではなく、僕も信頼されていた……。というわけですね」


 代わりに、すこしおどけてみせる。


「その通りよ」


 ブリジットからツッコミが入るかと思ったが、彼女は真剣な表情をして、アイザックの言葉を肯定した。


「だって、村長が私を娶らないかって言った時、ウェルロッド侯と一緒に断ったじゃない。あの対応があったから、私が友好大使としてウェルロッドに行く事を許されたのよ。……あなたはもうちょっと自分の行動に自信を持った方がいいんじゃない?」

「それは――」

「えっ、なになに? アイザックくんとブリジットさんの恋バナ?」


 ブリジットの話した事に、ニコルが興味を持って首を突っ込んできた。


「二度目……、じゃなかった。三度目に会った時の話ですよ」


 ブリジットが余所行きの態度に変わった。

 さすがに公の場では気を使うらしい。


「わぁ、その話詳しく聞かせてほしいです。当時のアイザックくんってどんな感じでした?」

「なかなかのク……、個性的なお子様でしたわ」


 ブリジットも昔の事を誰かに話したかったのだろう。

 ニコルに聞かれて、喜んで話し始めた。


「あんまり余計な事は言わないでくださいよ」


 そう一言だけ言い残して、アイザックはパーティー会場の食べ物を取りにその場を離れる。

 パメラの一件から苦手意識が増したニコルから離れるためだ。

 とはいえ、ブリジットを放置もしていられない。

 ほんの少しだけ息抜きするために、一時的に場を離れただけだ。

 食べ物を確保したら、また戻るつもりだった。


 ちょうど料理が並んでいるところに、エドモンドもいたので、アイザックは彼に話しかける。


「何かお悩みですか?」

「おぉ、エンフィールド公。ちょうどよかった。チョコアイスとチョコミントアイスのどちらを頼もうか迷っていましてな。どちらがお勧めかな?」

「クロードさんはチョコアイスの方が好みのようでした。チョコミントアイスの方は、ミントの味が混ざる事で好き嫌いが出るかと思います。一口分ずつ試してみてはいかがですか?」

「一口分ずつ……。確かにここは店ではない。そういう頼み方もできるのですな」


 二人の話を聞いていたコックが、冷凍庫からアイスを取り出して一口ずつ皿に盛る。

 エドモンドは両方を味わいながら食べる。


「果物を凍らせて食べるのとは違う食感でしょう? すりおろしたリンゴを凍らせて食べるとかでも新しい食感になるかもしれません」

「なるほど、そういう食べ方も美味しそうですな」


 エドモンドはうんうんとうなずく。

 果物をすりおろしたり、砕いたりしたものを凍らせるくらいは魔法を使えるエルフにとっては簡単だ。

 政治だけではなく、食にも妥協しないアイザックの意見を満足そうに聞いていた。


「エンフィールド公ならばブリジットを預ける事ができると我らは考えています。これからもよろしくお願い致します」

「ええ、ブリジットさんとは仲良くさせていただいていますので、こちらこそお願いしたいところです」


 ――今更なエドモンドの頼み。


 アイザックは快く受け入れた。


(やっぱり、クロードとブリジットの信頼感は大違いだな)


 クロードの事は「よろしく」と言われなかったので、アイザックはそう考えていた。

 アイザック自身の印象も大きく影響している。

 そのため、言葉通りの意味で受け取っていた。


 ――先手を取るのは自分だけではない。


 その事をアイザックはわかっていたものの、それは悪意によるものだと考えていた。

 世の中には、ウォリック侯爵のように好意的な意味でも仕掛けてくる事があるのだ。

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