第272話 生徒会へのお誘い

 始業式の翌日。

 久し振りの授業をアイザックは楽しんでいた。

 学校の授業など面白くないと思っていたが、停学になったあとに夏休みを挟んだからだろう。

 授業を楽しく感じられていた。


 ティファニーも表向きは今まで通りだった。

 これはアイザックのおかげである。

 そばにいて、周囲に睨みを利かせているというわけではない。

 ただ、話の中心がティファニーの婚約解消ネタではなく、アイザックの停学ネタになっているだけだ。


 ティファニーの噂は、すでにホットな話題ではなくなっていた。

 これはアマンダが言ったように、夏休み前に出席していたおかげだった。

 夏休み前に出席した時は、みんな気になってティファニーの聞こえないところで噂をしていた。

 そのおかげで、夏休み明けにまで持ち越すような話題性のある話ではなくなっていたのだ。


 代わりに、二学期になってから出席をしたアイザックがターゲットになっている。

 アイザックの望み通り、ティファニーを悪意ある噂から守る事ができていた。

「本人の意識しないところで」というのが残念ではあるが、とりあえずは平穏な二学期の始まりと言える。


 しかし、昼休みに中庭でみんなと一緒にお弁当を食べていると、一人の女子生徒が近付いてきた。

 彼女がアイザックに話しかけてくる。


「あなたがアイザックくんね。今日の放課後、予定は空いているかしら?」


 話しかけてきたのは、二年生の女子生徒だった。

 初めて見る顔だが、上級生だとわかったのは襟章のおかげだ。


 ――緑は一年生、青は二年生、赤は三年。


 襟章のおかげで一目で上級生だとわかる。

 だが、アイザックと一緒にお昼を食べていた女子生徒達は上級生だからと怯まなかった。

「私達のえも……、アイザックくんに何の用事?」という視線を彼女に浴びせかける。

 とはいえ、一応は上級生。

 口に出して言ったりはしなかった。

 目を見開いてジッと見るだけだ。


「科学部がなくなったので時間はあります。どのようなご用件でしょうか?」

「生徒会室に来てほしいのよ。次の生徒会役員候補としてね」


 この時「生徒会室」という部分を強調した。

 彼女はアイザック争奪戦に首を突っ込むつもりなどない。

「アイザック狙いではない」という意思表示をするためだ。

 特に、こんな恐ろしい取り巻きの中に割って入るのは至難の業だろう。

 女の子達の視線に気付かない振りをして、平然としているアイザックの事を「噂以上の大物だ」と感じていた。


「生徒会役員ですか」


 この事に関しては、アイザックも祖父から話を聞いている。

 何でも、生徒会役員は実家の爵位によって決まるとの事。

「選挙で民主的に」などというという考えなど、この世界にはない。

 だから、アイザックにも話がきたのだ。

 彼女は二年生なので、使い走りに出されたのだろう。


「わかりました。放課後に生徒会室に向かいます」

「よろしくね。それと、アマンダさんはどの子かしら? 一緒に食べているっていう話を聞いてきたんだけど」


 当然、ウォリック侯爵家の娘であるアマンダにも

 周囲を見回すが、目立つくらい小柄な女の子は近くにいない。


「アマンダさんは、ソースで制服が汚れたので水場に洗いに行ってますよ。何なら、僕から彼女にも伝えておきますけど」

「そう。なら、お願いするわね。それじゃ」


 女子生徒は「こんなところにいられるか! 私は帰る!」と言わんばかりに、足早に去っていった。

 その姿をアイザックは「校内放送がないと、生徒の呼び出しをするのも大変だな」と、前世との違いを実感しながら見送っていた。



 ----------



 放課後、アイザックはアマンダと二人で生徒会室に向かった。


 なぜか嬉しそうなアマンダを見て――


(生徒会役員になるのって、そんなに嬉しいのかな?)


 ――とアイザックは思っていた。


 軽い雑談を交わしながら歩いていると、すぐに生徒会室に着いた。

 中に入ると、十人ほどの上級生と見知った四人の男女が待っていた。


 ――フレッド、マイケル、チャールズ、ジュディス。


 彼らも伯爵家以上の家柄だ。

 呼び出されていてもおかしくない。

 アイザックとチャールズの目が合うと、何とも言えない気まずい雰囲気が流れる。


「お前も来ると思っていたぞ」


 フレッドがアイザックに挑戦的な笑みを浮かべながら声をかけてくる。


「あぁ、うん。一応公爵だしね」


 チャールズよりもマシだと思ったアイザックは、雰囲気を変えるために返事をしてやる。

 しかし、それは困惑したものだった。


(生徒会役員の選考基準が爵位なのに、俺が呼ばれなかったら後々問題になるだろうに……)


 アイザックは、なぜか自信満々なフレッドの態度が不思議で仕方がなかった。


「アイザックくんとアマンダさんだね。もうじきジェイソンくんとパメラさんも来るはずだ。椅子に掛けて待っていてくれ」


 三年生の男子がアイザックとアマンダに座るように席を勧める。


 ――アーサー・ウリッジ。


 彼はウリッジ伯爵家の孫で、今の生徒会長だった。

 入学式で在校生代表として挨拶をしていたので、アイザックも見覚えがあった。

 ウリッジ伯爵家は、ウォリック侯爵家とウィルメンテ侯爵家の間に領地を持つ家だ。

 武官の家柄だからかわからないが、彼からは凛々しい印象を受ける。


「わかりました」


 席に座ろうとすると、フレッドが自分の隣に座れとアピールする。

 アイザックはそれをスルーしてジュディスの隣に座った。

 フレッドがムッとした表情をするが、アイザックは気にしなかった。

 アマンダもアイザックの隣に座る。


「お久し振りです。ジュディスさん。マイケルも」

「……し振り……」

「久し振りだね、フフフッ」


 二人とも相変わらずのようだった。


(こうしてみると、この二人の違いが際立つな)


 もちろん、アイザックが考えた二人とはジュディスとアマンダの事だ。

 可哀想な事に、マイケルはアイザックの視界から外されていた。


 ――右を向けば、個性を大きく強く主張するジュディス。

 ――左を向けば、まだ子供という印象を受ける小さなアマンダ。


 原作ゲームでそのように設定されているとはいえ、成長具合という残酷な現実を見せつけられる。

 ただ、どちらも好みの問題なので残念だとまでは思ったりはしなかった。

 顔見知りかはわからないが、念の為にアマンダをジュディスとマイケルに紹介する。

 フレッドは紹介するまでもないし、チャールズには触れたくなかったので、こちらは紹介なしだった。


「待たせたみたいですね」


 軽く紹介をしていると、ジェイソンがパメラを伴ってやってきた。


「みんな、さっき到着したばかりだ。さぁ、座ってくれ」


 アーサーがジェイソン達に座るようにうながす。

 ジェイソンが入室の時に上級生に対する態度を取っていたので、彼も上級生としての態度を取っていた。

 みんなが席に着くと、アーサーが本題を口にする。


「もしかすると、家族や友人から聞いているかもしれないが、念の為に説明しておこう。みんなを呼んだのは、次期生徒会役員には上位貴族が優先的に勧誘される事になっているためだ。生徒会がある時は部活を休んでもらったりする事になるが、学生の間に人をまとめるという経験を積む事ができる。どうだろう、興味はないか?」


 アーサーの言葉で、アイザックは前世で得た知識を思い出す。


(そういえば、ジェイソンは一年生から生徒会長とかだっけ……)


 あまりにも違和感が凄かったので覚えていた事だ。

 おそらく、原作のシナリオライターが「王子様なんだから、文武両道の生徒会長っていう設定でいいよね」というような適当な理由で設定したのだろう。

 アーサーが引退したあと、ジェイソンが生徒会長になるのだろう。

 爵位順で生徒会役員になれるかどうかというのも、ジェイソンの会長就任のための設定だと思われる。


(でも、俺はやりたい事があるんだ。受けられないな)


 アイザックには、前々からやってみたかった事がある。

 科学部が廃部になった事で、行動の自由度が増えた。

 この機会に実行したいので、アイザックは断る方向で心が動いていた。


「僕は受けるよ」


 アイザックが何かを言う前に、ジェイソンが引き受ける。

 それに続き、パメラとフレッドも引き受けると返事をした。

 アマンダは、少しアイザックの様子を窺ったあとで引き受けた。

 だが、アイザックには引き受ける気はない。


「あの、僕はやりたい事があるのでお断りしようかと思います」

「えっ……」


 アーサーではなく、アマンダが驚きの声を上げる。

 彼女はアイザックが断るとは思っていなかったので「アイザックと一緒に生徒会活動ができる」と考えていた。

 しかし、いきなり期待が裏切られてしまった。


「どのような理由か聞いてもいいかな?」


 アーサーに咎めるような気配はない。

 純粋に生徒会役員の座を断る理由が気になっているだけのようだ。


「僕は第四の派閥を作ろうと考えています」

「第四の派閥!?」


 アイザックの言葉に、この場にいた者全員が驚いた。

 新しい派閥を立ち上げるなど、誰も考えた事がなかったからだ。

 周囲の反応を見て、アイザックはちゃんと説明をする。


「今のリード王国には王党派、貴族派、中立派の三つの派閥があります。僕達も現当主の属する派閥に入っている事になっています。ですが、大人達の都合により、派閥が変わったりもします。では、それぞれの派閥とは何か? 大体の方向性はわかっていても、所属する貴族それぞれ考えが違うでしょう。貴族派に属していても王党派に近い考えを持つ者。王党派に属していても貴族派に近い考えを持つ者。そういった者がいるから、派閥を移る者もいる」


 アーサーがアイザックの言葉にうなずく。

 最近、王党派や中立派から貴族派に移る者が多いという事は知っているからだ。


「しかし、子供達は親が考えている事を話してくれないとわかりません。『今まで王党派だったのに、なんで今更貴族派に?』と思う者もいるでしょう。中には『父上は、ただ利益を求めているだけだ』と思っている者もいるはずです。そういった者達を集めて、異なる派閥でも似た意見がある。もしくは、他の派閥はこんな考えをしているという事を話し合う勉強会のようなものを作りたいと思っています」


 これは他の子供達のためだけではなく、アイザック自身のためでもあった。

 アイザック自身、派閥の違いは大まかな方針の違いくらいしか理解していない。

 王国を乗っ取るのなら、今後のためにも様々な意見を交換し、理解しておいた方がいい。

「派閥を移るのは利益のため」という者もいるだろうが、信念を持つ者も一定数はいるはず。

 彼らを説得できそうな材料を、子供達の意見から拾い上げておく事も重要だと思っていた。


 もちろん、それだけではなく人脈作りにもなる。

 第四の派閥というのは大袈裟ではあるが、アイザックは既存の派閥に属さない自分の派閥というものを作る練習をしておきたかった。

 それを学生の間に練習するつもりだ。

 だから、生徒会に入るのではなく、放課後は派閥の勉強会と称して手すきの生徒を集めて交流したかった。


「なるほど。学院を卒業後、貴族社会に放り出される前に派閥の事を少しでも学んでおこうというわけか。それはそれで悪くない考えだと思う」


 ジェイソンがアイザックの考えに理解を示す。

 王立学院はゴールではない。

 卒業後の人生の方がずっと長い。


 ――家が属する派閥の考えに固執するのではなく、様々な意見を交換する事で柔軟な考えができる大人へと成長していく。

 

 そのために、アイザックが既存の派閥を超えた集まりを作ろうとしている事に賛成の意思を見せていた。

 リード王国の成長のためには、そういう新しい空気を送り込む事も必要な事だと思ったからだ。


「フフフッ、それだけじゃない深い考えもあるよね」


 マイケルが含み笑いをしながら「アイザックには他の考えがある」と指摘する。

 彼の言葉に、他の者達が興味を示した。

 今のマイケルは平凡な成績の生徒でしかない。

 だが、彼の纏うミステリアスな雰囲気は「本当の力を隠している」ように見られていた。

 そんな不思議な雰囲気があるので「本気を出したマイケルは、アイザックに匹敵する知恵者なのでは?」と噂されている。

 その彼が他の考えがあると指摘した事で、アイザックへの期待のハードルが上がる。


(ねぇよ。それと、お前も何も考えてねぇだろ)


 しかし、本当のマイケルを知っているアイザックには通用しない。

 だが、正体を知っているアイザックでも、マイケルに切れ者っぽい雰囲気がある事は認めざるを得ない。


「深い考えとは?」

「今はまだ話せる段階ではない……、とだけ言っておきましょう。まだ始まってすらいませんから」


 ジェイソンの質問に、アイザックは力のない笑みを返す。


(さすがに裏切る時のために同世代間の人脈作りなんて言えねぇもんな)


 だが、アイザックの笑みは「きっと誰も理解してくれないだろう」という、孤高の天才特有の悩みを持ったものに受け取られていた。

 それはある意味正解であったものの、狙いの方向性までは本当に誰にも理解できないものだった。


「生徒会のお誘いには興味があるけど、僕も勉強会に入ってみたい。生徒会でも多くのものを学べるだろうけど、アイザックからは……。フフフッ」


 マイケルも生徒会の誘いを断った。

 彼にも深い考えがあるような雰囲気だったが、正体を知るアイザックは「派閥の事を理解していないから、普通に勉強したいだけじゃないの」と邪推してしまう。


「私も人前に出るの……します」

「生徒会は人前に出る機会が多いので、ジュディスは恥ずかしいから辞退したいそうです」


 マイケルがジュディスの言葉をハッキリとアーサーに伝える。

 アーサーはうなずいて了承した。

 彼も無理強いするつもりはない。

 この場に呼んだのは、爵位が高い家の者だったからだ。

 辞退したいというのなら、代わりの者を誘うだけ。

 嫌なものをやらせる気などなかった。


「わかった。君達三人は辞退という事で処理しておこう。ジェイソンくんは、おそらく次期生徒会長という事になるだろう。引継ぎなどでしばらく忙しくなるぞ」

「わかりました」


 三年生が引退してジェイソンが生徒会長になっても、二年生がフォローしてくれるはずだ。

 最初から完璧を求められたりはしないだろう。

 それでも、ジェイソンなら全て上手くやりこなしそうな雰囲気があった。

 この「できる男の雰囲気」はアイザックにはないものだった。

 少しだけ、アイザックは羨ましく思う。


 今回呼び出されたメンバーで生徒会に入るのは、ジェイソン、パメラ、フレッド、アマンダ、チャールズの五人。

 アイザックとマイケル、ジュディスの三人は辞退する事になった。

 他にメンバーを補充するかどうかは、生徒会で今後検討するらしい。


(俺も検討じゃなくて、行動する時がきたな)


 人前で自分の決意を示した。

 あとは、実際に勉強会を開くだけだ。

 最初は帰宅部など、時間に余裕がある者に声をかけていく事になるだろう。


 第四の派閥。


 ――アイザック派を作るために。

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