第242話 ゼンマイバネ

 ――クラブ活動の見学。


 そう言ってしまえば前世と変わりがないように思える。

 しかし、この世界におけるクラブ活動は、前世とまったく違うものだった。


 運動部は戦技部、弓術部、馬術部など、貴族にとって身に着けておいた方がいい技術ばかりだった。

 これは貴族が裕福な者だけではないことに関係する。

 ニコルの家が昔貧しかったのと同様に、様々な理由で貧しい家もある。

 そういった家庭の子供達に、貴族として必要な技術を学ぶ機会を王立学院では提供していた。

 アイザックも、前世のように野球やサッカーがあるとは思っていなかった。

 それでも、もっとみんなで楽しめるクラブがあるとは思っていたので、運動系の部活のラインナップにはガッカリさせられた。

 とはいえ「どこにも所属しないよりはいいだろう」と思い、見学に向かう。


 最初は戦技部に向かった。

 剣術や槍術などの近接戦闘を取り扱っているらしい。

 同行するのはレイモンドのみ。

 彼もどこにするのか決めておらず、迷っているからだった。

 ポールやカイといった者達は、クラスが違うので同じクラスの者達と見学に行ってもらう事にした。

 彼らにも友達付き合いがあるだろうし、アイザックも新しい友達を作らねばならない。

 まだ新しい友達を作れていないという事を除けば、考え自体は間違っていないはずだった。


 戦技部に到着すると、男子生徒の人だかりができていた。

 この部活はそれだけ人気があるという事だろう。

 スポーツ系と違って楽しみながらやるというわけにはいかないが、人との交流という点では良さそうだ。

 アイザックが「とりあえず、体験入部してみようか」と思っていると、背後から誰かに肩を叩かれた。

 振り向くとフレッドがいた。


「ようやく勝負できそうだな」


 フレッドはさわやかな笑顔で話しかけてきたが、アイザックには粘着質でいやらしい笑みに見えた。


「いや、勝負はしないよ」

「何を言ってるんだ。初めて会った時にお前は『十年後、王立学院に入学してから勝負しよう』と言っていたじゃないか。今のお前は十分に戦えるだろう? やり合わない理由はないぞ。さぁ、勝負だ!」


(はぁっ! 十年前の俺の馬鹿!)


 フレッドに言われて、アイザックは過去の発言を思い出した。

 その場をやり過ごすために言った事が、十年越しで自分に返ってきた。

 この事態を乗り切る方法を必死に考える。


(そうだ!)


 アイザックはフレッドの手を見て、この場を逃れる方法を考え付いた。


「フレッド、手のひらを見せてくれるかな?」

「手がなんだ?」


 疑問に思いながらも、フレッドは素直に手のひらを見せてくれた。

 その手はアイザックが思った通りのものだった。

「負けを認めた」という諦めの表情をしながら、静かに語り掛ける。


「さすがだね。剣を握り続けただけあって皮が厚くなっている。見てごらんよ、僕なんてマメすらできていない」

「それがどうした。勝負するのに関係ないだろ」

「あるよ」


 早くアイザックと戦いたくてうずうずしているフレッドを止めるために、こうして話している間にもアイザックは頭を必死に働かせる。


「修練の差がそれだけあるという事だ。もしかしたら、子供の時よりも実力差は開いているかもしれない。力量差のある相手を一方的に叩き潰すのが君の騎士道かい?」

「むっ……」


 アイザックはキャラ紹介を読んでいたので、フレッドが権力を盾に騎士をボコボコにしているのを知っている。

 本人はそれが実力によるものだと思っているが、それはそれ。

 今は「フレッドが強い」という事だけ自覚してくれればいい。


「だが、お前とはいつかやり合わなくてはならない。決して逃がしはしないぞ!」

「そうじゃないんだ、フレッド……」


 アイザックはフレッドを心配するような目をする。


「君は最強の騎士を目指しているんだろう? いつまでも復讐に心を囚われてはいけない。それだけのために使うのは、せっかく鍛えた君の腕前がもったいない。殿下の親友として、王家の剣として人を守るために戦うべきだと僕は思う」

「それは……」


 相手がアイザックであろうとも、真剣に心配する素振りを見せての言葉にフレッドは動揺を見せた。

 言われてみれば最強の騎士・・を目指していたのに、復讐に囚われ過ぎていたかもしれないと思い始める。

 だが、フレッドはかぶりを振ってその考えを振り払った。


「それはネイサンの仇を取ってから考える! もう、お前を逃がしはしないぞ!」


 フレッドがアイザックの両肩をガッシリと掴み、離そうとしない。

 肩を掴む力の強さから、逃がさないという意思の強さを感じられる。


「いやいや、待ってよ。兄上の仇を取るって、それもう部活の範囲を超えてるよね!? 君とやり合わないというのは、ウィルメンテ侯と話が付いている。君だって話は聞いているだろう? それとも、一度ウィルメンテ侯を交えて話し合おうか?」

「くっ……」


 フレッドは、悔しそうな顔をしてアイザックを掴んでいた手を放す。

 さすがにウィルメンテ侯爵を持ち出すと、フレッドも自分の要求を押し通す事はできないようだ。

 アイザックはこのまま自分の流れで押し通す事にする。


「いいかい、僕らはもう好き勝手が許される子供じゃないんだ。これから先、君は剣で僕は知恵で殿下を支えていく事になるだろう。僕らが争って一番困るのは殿下なんだよ」

「それはそうかもしれないけど……」

「僕の事を嫌うのはかまわない。だけどさ、無理に戦おうとするのはやめてくれないかな。殿下のためにはどうするのがいいのか。それを考えておいてほしい」


 そう言い残すと、アイザックはその場を去っていった。

 残されたフレッドは、どうすればいいのかを悩み、黙ってアイザックの後ろ姿を見送るしかなかった。



 ----------



「それで、部活はどうするの?」


 あとを追いかけてきたレイモンドがアイザックに尋ねる。


「……どうしよっか。フレッドの目に入るところにいると接触してきそうだし、文化系クラブにしようかな」


 馬術部や弓術部も校庭の片隅で活動する。

 運動部系のクラブに入ると、フレッドの目に留まり、また「勝負だ」と言い出すきっかけになってしまうかもしれない。

 そうなると文化系クラブになるのだが……。


「文化系は文化系で選択肢が狭いんだよなぁ」


 文化系は美術部、音楽部、工芸部、科学部、家庭科部の五つしかない。

 だが、アイザックはこの世界の美的感覚とズレているので美術部や工芸部は不向き。

 科学部は顧問の教師で避けたい。


「音楽部か家庭科部か。レイモンドはどっちがいい?」

「その二つなら音楽部かな。でも、科学部にも見に来てほしいって頼まれてたし、一度見学に言ってもいいんじゃない?」

「うーん……。一応担任だし義理で見に行った方がいいのかな……」


 レイモンドが家庭科部を避けた理由はわかる。

 卒業後、親元を離れて新婚生活を送る事になった時、料理人を雇えない経済事情になるかもしれない。

 それに備えて令嬢達が料理の練習をする部活だからだ。

 ジャネットが家庭科部に入る予定だとアマンダが言っていた。

 彼女はダミアンとの新婚生活に備えていたので、家庭科部を選んだのは当然なのかもしれない。


「まぁ、個性が強い……先生だから避けたいという気持ちはわかる気がするよ」


 レイモンドは「変人だ」とまでは言わなかった。

 だが、個性的な教師だという事は認めている。

「類は友を呼ぶ」と言わなかったのは彼の優しさだった。


「仕方ない。見るだけ見に行って、明日以降どの部活にするのかまた見学しよう。最悪、フレッドの事は気にしないで運動部系にしてもいいし」


 アイザックは「嫌なものから逃げていても進まない」と思い、先に進む事を決めた。

 つい先ほどのフレッドの事は忘れてしまったかのように。




 科学部の部室は校舎から離れた掘っ建て小屋。

 その時点で踵を返して引き返したくなったが、挨拶をするだけと思いドアをノックしてから中に入る。


「おぉっ! 来てくれたか。おい、彼がアイザックだ!」

「うそっ、本当に来たの!」


 待ちかねたかのようにピストが反応する。

 一人だけいた女性の部員も、新入部員が科学部に来た事に驚いている。


「では、顔見せしましたので、また今度……」


 一人しか部員がいない事に嫌な予感がしたので、アイザックはレイモンドを連れて立ち去ろうとする。

 だが、ピストと部員に回り込まれてしまった。


「逃がしはしないぞ」

「そうよ。せっかくの新入部員だもの。さぁ、一緒に科学を極めましょう」

「いや、こんなやり方をする前に、ちゃんと新入部員に興味を惹かせる勧誘をした方がいいですよ。これじゃあ興味を惹くどころか、ただ引くだけです」


 アイザックは退路を塞ぐ彼らのやり方に正論をぶつける。

 しかし、彼らには効かなかったようだ。


「フフフッ、当然用意をしているさ。あそこにあるもので実験をする。それを見ても科学に興味を持たずにいられるかな?」


 ピストは自信満々だった。

 実験机の上には紙で作った器と水の入ったバケツ、ロウソクと馬車の模型が置かれていた。


「……馬車の模型は何に使うかわかりませんけど、紙の鍋がなぜ燃えないのかという実験をやってみせるだけなんじゃないでしょうね?」

「フフフッ、それはどうかな。クラン、どうしよう……」

「大丈夫です。もう一人の彼は興味を持っています。そちらを攻めましょう」


 丸聞こえのヒソヒソ話を聞いて、アイザックはレイモンドを見る。


「紙で作った鍋がなんで燃えないのかなってちょっと疑問に思ってさ。答えを知ってそうなアイザックに驚きだよ」

「まぁまぁ、まずは実際に見せよう。クラン、実験の用意を」

「はい!」


 新入部員を獲得するチャンスだ。

 クランと呼ばれた生徒がロウソクに火をつけ、三脚台に水を入れた紙の鍋を置く。

 ロウソクにあぶられても、紙の鍋は燃える事はなかった。


「君はレイモンドだったね。どうだい、不思議だろう?」

「ええ、そうですね」

「中に水が入っているから燃えないというのは何となくわかるだろう。では、なぜ水が入っていると燃えないのか? その理由を追究していくのが科学というものだ。すべての事象には理由がある。こういった現象を理論付けて証明していきたいと思わないかい?」


 ピストがレイモンドに熱く語る。

 途中でチラチラとアイザックを見てくるので、彼を落とせば芋づる式にアイザックも入部してくれると思っているのだろう。

 アイザックは、科学部に見学に来た事が間違いだったような気がしてきていた。


「もちろん、アイザックにも興味を持ってもらえるものは用意している」


 ピストは馬車の模型を手に取ってニンマリと笑う。

 模型を机に置くと、そのまま押さえつけながら手前へと引き寄せる。

 その時「キリキリキリ」と聞き覚えのある音がした。


(まさか!)


 模型から手を放すと、車輪が回って馬車が前に進んでいく。


「うわっ! どうなってるんだ!」


 レイモンドが声を出して驚く。

 ピストが魔法を使った形跡がないので、魔法以外の方法で馬車を動かした事になる。

 未知の動きに腰を抜かしてしまいそうだった。


「くっ、アイザックは驚かないか」

「いえ、十分驚いていますよ。頭の中にはありましたが、実現していないものなので」

「なるほど、私は一歩先を進めていたというわけか」


 ピストが恍惚の表情を浮かべる。

 アイザックの発想を先に実現できたことがそれだけ嬉しいのだろう。


「山菜のぜんまいを見て思いついたからゼンマイバネと私は呼んでいる。まぁ、バネ自体は君の発想だから完全に自分で開発したとは言えないが……」

「僕は凄いと思いますよ」


(これでケンドラに馬車のおもちゃやオルゴールなんかを作ってやれる! この先生って本当に凄いじゃないか! 俺みたいに前世の知識があるわけじゃないのに、こんなの作るなんて)


 ゼンマイバネという名前は知っていても、アイザックは中身を分解して見た事がなかった。

 だから、今までは作る事ができなかった。

 今まで手を付けられなかった物を実現してくれたピストの評価が急上昇する。


(入部するかどうかはともかくとして、アイデアを聞いてもらって実現可能かどうか試してもらうのはありかもしれない)


 ピストは思わぬ拾い物になりそうだ。

 ウザイからといって遠ざけたりするのではなく、アイデアを教えてそれに専念させておけば関わってこないはず。

 上手く活用できれば、技術を一気に進化させる事ができるだろう。

 そして、それはドワーフ達に対して人間の売りになる。

 入部するかは別問題だが、ピストと接触できた事自体はよかったかもしれないと思えるようになってきていた。

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