第240話 学生生活の幕開け
「見てなさい。私だって本気を出せば男の一人や二人手玉に取れるんだからね!」
家族がウェルロッドに帰る前に、ブリジットがアイザックにライバル心を剥き出しにして突っかかってきた。
最初は理由がわからなかったが、すぐにリサの件が関係していると気付いた。
目の前でリサへの告白を見せてしまったので、まだ恋人のいないブリジットの心に火をつけたのだと。
その気持ちはアイザックもわかる。
前世で友達から「彼女ができた」と嬉しそうに話された時には「自分も作ろう」と思ったものだ。
……実際にできるかどうかはともかくとして、他人に触発されるという事自体はよくある事。
アイザックはブリジットに前世の自分の姿を重ね合わせ、どこか懐かしい気持ちになった。
「俺も一度村に戻って、王都に駐在する人選を誰にするかどうかを相談しておこう」
「功労者とはいえ、マチアスさんはなしの方向でお願いします」
「わかっているさ」
クロードが苦笑して答える。
いくらマチアスが人間に慣れているとはいえ、王都に駐在する大使の役割を果たせるとは彼も思っていない。
交渉が上手い事に越した事はないが、もう少し人と上手くやっていける者が選ばれるはずだ。
「王都に大使を置こう」と、エルフの考えが変わったのにはわけがある。
今回の戦争に参加した治療班の報酬や、アイザックに助言を与えてくれたマチアスへの報酬がかなりのものになったからだ。
思っていたよりも多い報酬を受け取った事で、エルフ達は「ウェルロッド侯爵家だけではなく、そろそろ真剣にリード王家との付き合いも考えていかないといけない」と考え始めた。
そのため、大使の人選をするのにクロード達の帰郷が待たれていた。
アイザックという特異な存在が主な相手だったとはいえ、今の人間と一番長く接触していたのは彼らだからだ。
「俺達がいない時に大怪我をするなよ」
「王都には教会がありますので大丈夫です。彼らは戦場には関わらないだけで、普段は治療を行ってくれますから」
「本当にお願いしますよ。
クロードがあえて「公爵閣下」を強調してアイザックを呼ぶ。
「自分の立場を考えて自重しろ」という意味を込めて。
これからリード王国との関係を深めていくとはいえ、今はまだアイザックに死なれては困る。
それと、十年近い付き合いのある相手を失いたくないという気持ちもあった。
「本当に気を付けるんだぞ」
「はい。皆さんも道中お気を付けて」
アイザックは彼らだけではなく、家族にも別れを告げると登校していった。
家族が出発するまで残っていたいが、学校に遅れるわけにはいかない。
特に今日は登校初日。
初日から遅刻するような者は人から信用を得られないだろう。
家族との別れを惜しんでばかりはいられなかった。
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一緒に登校するのはポールだけだった。
他の友人達は婚約者と一緒に登校するらしい。
独り者同士寂しい登校だ。
「やぁ、おはよう」
校門付近でマイケルを見つけたので、アイザックは彼に声をかける。
「おはよう。フフフッ、僕に何か用かい?」
「いや、見かけたから声をかけただけさ。理由なんてないさ」
「わざわざ僕なんかに関わろうというのか君は……。面白い人だね、フフフッ」
(前はもう少しまともっぽかったけど……。年を取って中二病っぽい雰囲気が増したような気がするな)
だが、中二病も雰囲気が伴えば馬鹿にはできない。
身長はアイザックと同じくらいだが、マイケルはミステリアスな雰囲気を纏っているため、実際の身長よりも大きく見える。
「雰囲気イケメン」という言葉があるが、彼の場合は雰囲気で大物感を演出していた。
ここまでくれば中二病だと馬鹿にする事もできない。
「マイケルは何組? ジュディスさんと一緒?」
「僕は四組だ。ジュディスも一緒だよ」
マイケルがそう言ってニヤリと笑う。
何組かを話すのに笑う必要などないのだが、彼がそうするだけで何か違う意味が含まれているかのように見えるのが、アイザックには不思議だった。
「彼女と一緒のクラスで良かったね」
「ああ、本当にね」
マイケルと軽く話していると、近くを通り掛かったチャールズと目が合った。
アイザックは彼にも挨拶をする。
「おはよう、チャールズ」
「おはよう、アイザック。久し振りだね」
声をかけた事で、チャールズも近寄ってきた。
「マイケル、彼は僕の従姉妹の婚約者であるチャールズだ。チャールズ、彼はブランダー伯爵家のマイケルだ。そして、こっちは友達のポール」
アイザックが軽く紹介をすると、彼らはお互いに自己紹介と挨拶をする。
「なるほど、さすがはアイザック。今後リード王国にとって重要な位置を占めるブランダー伯爵家とも交流してるんだね」
「知り合ったのは違うきっかけなんだけどね」
マイケルの面子を考えれば、チャールズに「婚約者を取らないでくれと言いに来たのが知り合ったきっかけ」とは言えないので、ぼかして伝える。
チャールズも「アイザックだから、何か理由があるのだろう」と深くは聞かなかった。
「君は殿下と同じ一組だってね」
アイザックに尋ねられて、チャールズは嬉しそうだった。
やはり、ジェイソンと同じクラスというのは自慢なのだろう。
優秀であり、その能力を未来の国王に見せる事ができるのだ。
よほどの失態を晒さない限り、将来に希望を持てる立場だった。
普通の学園生活を送れば、それは夢ではないようにアイザックには見えた。
チャールズの身長はアイザックより10cmほど低いが、その身に纏う知的な雰囲気はマイケルとは違う方向で大物感を醸し出している。
一年生にしてこの雰囲気は只者ではない。
ニコルに関わらなければ、将来はリード王国を支える人物になるように思える。
「そう、殿下と同じさ。だから、これから勉強をもっと頑張っていかないとダメだね」
「でも、勉強だけじゃなくて、人として理性と知性を持った大人に成長していかないといけないね」
この言葉は暗に「ティファニーを裏切るなよ」という意味が含まれている。
今のチャールズにはわからないかもしれないが、ニコルに攻略されそうになった時に思い出してほしい。
そう思って念のために告げておく事にした。
「人と獣の違いは知性を有しているか否かだ。フフフッ、君はどちら側かな」
「人の方でありたいね」
「お前は獣の方だろう」
背後からなじるような声がかけられた。
アイザックが振り向くと、そこにはフレッドとダミアンがいた。
「やぁ、フレディ。ダミアンもおはよう」
「フレディと呼ぶな!」
――学院では身分にとらわれない。
その事を逆手に取って、以前の態度に戻ってしまっていた。
これにはアイザックも呆れる。
「君って本当に馬鹿だねぇ……」
「最強である俺に喧嘩を売ろうっていうのか。フフッ、いいだろう、公爵とはいえ手加減はせん。さぁ、かかってこいっ!」
「ダメだよ、フレッド! 入学初日から喧嘩なんて!」
ダミアンがフレッドを止める。
アイザックより背が高く、肩幅も広いフレッドは逞しい体付きをしている。
その大きな体で凄まれると、思わずビビッてしまいそうになる。
それに対し、ダミアンはティファニーと同じ程度なので160cm前後。
小柄な体でフレッドの腕にしがみついて止めるダミアンの姿は、中性的な容姿と相まって女の子が恋人に抱き着いているようにすら見えた。
「止めるな、ダミアン! ここまで馬鹿にされて黙ってなどいられない」
「馬鹿にしたのはフレッドの方が先だし、校門で喧嘩とか絶対にまずいって。やめときなよ」
「そうだよ、暴力では何も解決しないよ」
「お前がそれを言うのか!」
ダミアンに乗ってアイザックもフレッドを宥めようとしたが、なぜか逆効果だったようだ。
これにはアイザックも困った。
登校中の生徒達がこちらに注目している。
人目があるので下手な対応はできない。
どう対応しようか困っていると、一人の青年がフレッドの肩に手を置いた。
「気安く触るな! あっ、ジェイソン……」
「王太子である、この私にそのような態度を取るとはな」
フレッドを止めに入ったのはジェイソンだった。
王子様らしく気品に満ちた彼に睨まれると、粗暴なフレッドも大人しくなってしまう。
「すまない」
「……フフッ、まぁいい。許してやろう。アイザックもフレッドの振る舞いを許してやってくれないか?」
「ええ、もちろん許しますよ。ありがとうございます、殿下」
「学校ではジェイソンでいい。でも、学校の外での立場もあるから、最低限の節度を保ってくれると助かるかな」
ジェイソンはアイザックに向かって言っていたが、その言葉の対象がフレッドなのは一目瞭然だった。
本人に向かって「アイザックは公爵なんだから、学校のルールがあるとはいえ節度ある行動をしろ」と言っても無駄だろう。
注意しても、フレッドはジェイソンの前で大人しくするだけだ。
だが、ジェイソンも「王太子」という肩書きを使い、アイザックを介して間接的に伝える事によって本人の自省を促すつもりだったのだろう。
時には直接言うよりも、間接的に言う方が効果的な事もある。
強権を使って目的を達成するのではなく、遠回しに伝える事でより効果的に本人に反省させた。
まだ若い彼がこうした配慮ができるのも、王子としての自覚があり、身分にふさわしい振る舞いを身に着けようと努力してきたからだ。
「ここで話していてもいらぬ注目を浴びるだけだ。話があるなら昼休みにでもすればいい。さぁ、校舎に入ろう」
校門付近で立ち話をしていて目立っているのは事実。
ジェイソンの言葉に従い、皆校舎へ向かって歩き始めた。
その道中、アイザックはマイケルとチャールズをジェイソンに紹介する。
チャールズは同じクラスとはいえ、まだジェイソンと直接話していなかったので、この機会は名乗るチャンスだった。
マイケルと共に自ら進んでジェイソンに自己紹介をしていた。
アイザックもダミアンに話しかける。
「ダミアン、フレッドのお守りも大変だね」
「そんな事はないよ。慣れたら平気さ」
フレッドの友人として付き合いも長い。
「いつもの事だから」と気にしていない様子だった。
だからこそ、アイザックはダミアンをフレッドから引き離した方がいいと考え始める。
(ストッパー役がいなくなれば、フレッドは暴走して失態を演じるはずだ。その失敗をジェイソンに被せて名を傷つける事ができるかもしれない。それに、ジャネットも婚約者にまともになってもらった方が幸せになれるだろう)
フレッドはネイサンの件以来、アイザックに敵対心を剥き出しにしている。
ジェイソンの親友という事もあり、上手く利用してやれば下克上の足掛かりに使えるかもしれない。
そのためには、ダミアンを引き離して暴走を誘発するのが一番だ。
「でもダミアン。君がフレッドの補佐に甘んじているのはもったいない。いつまでも力を隠してないで、そろそろ本気を出してもいいんじゃないか?」
アイザックの言葉にダミアンは大きく目を見開いて驚く。
彼にとって予想外の言葉だったからだ。
「本当の僕に気付くなんてね。さすがアイザックというところか。フフフッ、わかった。明日から本気を出す」
ダミアンが含み笑いをして答えるが、アイザックは「今日から頑張れよ」と思わざるを得なかった。
(でも、なんか聞いた事のあるようなセリフだな……。あっ、そうか!)
アイザックは原作ゲームのオープニングで彼らが話していたセリフに似ているのだと気付く。
そして、自分が何か特徴のあるセリフを言っていない事にも。
(なんか個性のあるセリフを言った方がよかったかな? いや、でもゲームじゃないんだし……)
アイザックはつまらない事に悩みながら歩いていった。
その姿は「真剣に悩むだけの深い考えがあるのだろう」と周囲には見えていた。
彼らの後ろ姿を他の生徒達が見送る。
見送るのは主に女子生徒達だった。
彼女らは「校門で何か騒いでいる」と思って見ていたわけではない。
――王太子としての気品を持つ。
――ジェイソン・リード。
――侯爵家の嫡男でありながらワイルドな一面を持つ。
――フレッド・ウィルメンテ。
――将来を有望視される知性と凛々しさを兼ね備えた。
――チャールズ・アダムズ。
――アイザックに匹敵する知謀を持っていそうな雰囲気を放つ。
――マイケル・ブランダー。
――小柄ながらも母性をくすぐる可愛らしい男の子。
――ダミアン・フォスベリー。
――そして、様々な分野で多大な功績を残しながら「立派な人間だ」という存在感を感じさせない不思議な魅力を持つ。
――アイザック・ウェルロッド・エンフィールド。
新入生で評判の高い六人の美男子達を見つめていたのだ。
彼らを見ていた、とある女子生徒が「シックスメンズ……」とポツリと呟いた。
それを偶然聞いた他の女子生徒が、彼ら六人の総称として学院内に「シックスメンズ」という言葉を広めていく事になる。
なお、何となく周囲の視線の意味を感じ取っていたポールは、一人だけ肩身が狭そうにして同行していた。
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