第239話 学生生活に限らず、必要とされるコミュニケーション能力
やはり、交友を広めるとすれば、同じクラスや部活で活動する方が人と親しくなりやすい。
同級生だけではなく、上級生とも接する機会があるからだ。
今後に備えるためにも、人との繋がりは広げておいた方がいい。
ピストの提案は無視する事にしたものの、部活自体は何かに入るつもりだ。
特定の部活を選ぶまでの期間は一ヵ月。
それまでは、ゆっくりとどこに所属するのかを吟味するつもりだった。
「レイモンドは部活とかどうするんだ?」
アイザックは、まず身近にいる友人に尋ねる。
誰も知り合いがいない部活に入るのも交友を広めるという点では悪くないが、やはり少々心細さも感じる。
誰かと一緒に行動したいと思うのも仕方ないところだった。
「部活はいくつか見学してから決めるかな。どうしてもこの先輩と一緒にやっていくのは無理っていう場合もあるだろうし。けど、選択科目は戦略にするよ。アイザックから話を聞いていたけど、それをどう考察するのか気になるしさ」
レイモンドも部活はまだ決めていないらしい。
他のクラスの友人達と話し合って決めてもいいかもしれない。
まだ焦る事はないので、アイザックは他の友人達と話し合って決める事にした。
「あんまり期待されると恥ずかしいな。……ところで、自己紹介の時間とかはないのかな?」
「ないと思うよ。実際に声を掛けて知り合っていけが学院の方針だし」
学生生活が重要だとわかっていたが、学院の事を調べていなかったアイザック。
その見識のなさをレイモンドが補ってくれた。
彼に感謝しつつも、アイザックは少し困惑する。
(いきなり声をかけろって事か。なかなかハードルが高いな)
席は出席番号順などではなく、教室に設置された長机に自由に着いていいタイプだった。
となると、自分の近くに誰かが座っているとは限らない。
出席番号順なら、隣や後ろの席のクラスメイトに自然な流れで話しかけたりするのは簡単だ。
しかし、席が自由なので友達を作ろうと思ったら、自分から近くにいる者に積極的に話しかけていかねばならない。
(やってくれるな。今後、貴族社会で生きていくためにコミュ力を鍛えろって事か)
こうなると、早くもモニカという友人候補を作ったティファニーのコミュ力の高さが羨ましくなる。
アイザックは大人相手に話しかけたりはしていたが、同年代の友達が少ない。
どんな話題で話しかけたらいいのかがわからず、友達作りの難しさを感じていた。
ニコルの事ばかりにかまけていられなくなりそうだ。
「今日は入学式だけで授業はない。適当に話しかけて友達を作るも良し、さっさと帰って明日からの授業に備えるのも良しだ。選択授業の概要はプリントに書いてあるから、希望科目を今週中に提出するように。あとアイザックは科学部に入部する事。では、解散」
ピストはアイザックを科学部に入部させるのをまだ諦めていないようだ。
去り際に念を押してくる。
だが、そんな気はないアイザックはスルーする。
ちなみに、この学院の教師は生徒を名前で呼ぶ。
家名を持たない者もいるからだ。
それと、家柄は関係ないという学院のルールを教師が率先して遵守している姿を見せるという意味もある。
アイザックは、自分がこのクラスで最上位の爵位持ちである事を理解している。
だから率先して声をかけ、学院のルールに従っている姿を見せる必要があった。
そうする事で「アイザックは話しかけやすい」と思わせる。
そうでもしないと「万が一にも公爵相手に失礼な事を口にしたらまずいから」と敬遠されてしまう。
第一印象が大切だった。
まずは隣の席に一人で座る男の子に声をかける。
「やぁ、はじめまして。僕はアイザック・ウェルロッド・エンフィールド。これからよろしくね」
「ルーカスです。父はウィンザー侯爵家で働いています。今後ともよろしくお願いいたします」
家名を名乗らなかったので、ノーマンのように代々官僚として働く家系の息子なのだろう。
アイザックに声をかけられ、緊張を隠せないようだ。
「同じクラスに友達はいないの?」
「はい、友達は他のクラスみたいです」
「そうなんだ。僕も一人だけ……といっても、子供の頃の事情で友達の数自体が少ないんだけどね。気が合う、合わないがあるから無理にとは言わないけど、友達になれそうだったらなってくれると嬉しいな。気楽にアイザックって声をかけてよ」
「はい!」
まずは一人ぼっちで心細そうな相手に声をかけたのが成功だったようだ。
とりあえず、彼には好印象を与えることができた。
このやり取りを見ていた他の者達も「意外とアイザックは話しかけやすいのかも?」と思ってくれたに違いない。
最初の一歩が打算でも、今後の付き合い次第で本当の友人になれるのなら悪い事ではないだろう。
動機よりも人と接するという行為自体が、今は必要だった。
(でも、ティファニーには負けるな……)
ティファニーはアマンダと話している。
「体育会系と文科系でタイプが違うのになんでだろう?」と、アイザックは不思議そうな表情で彼女達を見ていた。
アマンダの方が積極的に話しかけているように見えるが、そうさせる何かがティファニーにあるのだろう。
従姉妹の意外なコミュ力に、アイザックは感服する。
(俺も負けていられない)
特にアイザックは将来の夢が大きい。
友達作りでティファニーに負けていられなかった。
アイザックは「軽く挨拶まわりをしよう」と思い、クラスメイト一人一人に挨拶をしていった。
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自宅へ帰ると家族が待っていた。
その中には、入学式で来賓として招かれていたモーガンの姿もあった。
「アイザック、立派だったぞ。入学式という空気に浮ついて周囲を見回したり、隣に座る者と話したりする者も多い。だが、お前は落ち着いていた。いやぁ、あれは周囲から見ると目立つのだ。ちゃんとしていてくれてよかった」
「ランドルフは落ち着きがなかったものね」
「母上、アイザックの前ではやめてください」
クスリと笑うマーガレットに、ランドルフが憮然とした表情で抗議する。
やはり、息子の前で過去の失敗を話されるのは恥ずかしいのだろう。
「クラスは馴染めそう?」
ルシアがアイザックに尋ねる。
息子の事で心配だったのが、クラスに馴染めるかどうかだった。
同年代の友達が少ないので、アイザックが上手くやっていけるかどうか不安で仕方がなかった。
「レイモンドが同じクラスですし、ティファニーもいますので大丈夫だと思います。他のクラスメイトにも声をかけたりしているので、新しい友達もそのうちできるでしょう」
「そう、ならいいの。勉強も頑張りなさい」
「はい」
心配が杞憂だったとわかり、ルシアは安堵の表情を見せる。
「ですが、担任の教師がちょっと……。科学教師なんですが、科学部に入れとしつこくて」
「ピスト先生ですか?」
リサが「科学教師」というところに反応する。
「そうだよ。知ってるの?」
「知っているも何も『アイザック様と面会できないか?』『科学の未来を共に語り合いたい』といった事を何度も話しかけられていましたので、よく覚えています」
「あぁ、リサにも迷惑かけてたんだね……」
自分の知的好奇心を優先するピストの事を思うと、アイザックはウンザリとした表情を自然と浮かべてしまっていた。
(ジークハルトと顔合わせさせてあげたら喜びそうな気がするなぁ)
ピストの探究心はドワーフと相性が良さそうだ。
きっと二人で熱く語り合ってくれるだろうと、アイザックは思った。
(ん、でも悪くない考えか)
ピストは水を蒸留するために蒸留器を考えて作らせていた。
なら、ドワーフと協力させて蒸気機関の研究、開発をやらせれば力を発揮してくれるのではないか。
そう思うと鬱陶しいだけの教師も、輝く人材の原石のようにすら思える。
「入学式も終わったし、これで心置きなくウェルロッドに帰れるな。アイザック、学生生活を頑張れよ」
「あっ、そういえばみんな帰るんですね……」
ランドルフの言葉で、アイザックは家族がウェルロッドに帰る時期だという事を思い出した。
毎年、入学式が終わった頃にウェルロッドに帰っていた。
これからは両親ではなく、王都で祖父母と暮らす事になる。
その事にアイザックは寂しさを感じていた。
「寂しいですが、仕方ありませんね。でも、せめてケンドラだけは置いていってくれませんか?」
「そんなのダメよ。まだ幼いんですもの」
アイザックの願いは、ルシアの一言で拒否された。
わかってはいたが、やはりケンドラと離れ離れになるのは寂しい。
「残念だ」と思っていると、リサが少し冷めたい目でアイザックを見ている事に気付く。
「もちろん、ケンドラだけじゃなくてリサにも残ってほしかったな」
「ケンドラ様の
リサは営業スマイルで返事をする。
その反応を見て、アイザックは自分がミスを犯した事に気付いた。
(うぉぉぉい、やっちまったよ! そりゃそうだよな。『第二夫人にならないか?』みたいな事を言っていたんなら、真っ先に残ってくれと言うべきだったんだ! 現実の難易度高すぎ!)
アイザックは、つい恋愛ゲームと比べてしまう。
恋愛ゲームなら、三択や四択で選ぶべき選択肢が出てきた。
だが、現実では選択肢など出てこない。
そのせいでいくつもある選択肢に気付かず、ケンドラ優先の選択をしてしまい、リサに対する選択を誤ってしまった。
――現実とゲームの違い。
それによって恋愛の難しさを思い知らされた。
パメラを手に入れたあと、リサを側室にするのを許してもらえるよう説得できるのかが不安になってくる。
「すでに自分はどこかで選択を誤っているのではないか?」とすら思えてきた。
(前世で贅沢言わず、どんな子でもいいから昌美の友達をもっと早く紹介してもらっとけばよかった……)
恋愛経験のなさを今更ながら後悔する。
アイザックがやろうとしているのは、女を奪い、国を奪うというもの。
普通の甘酸っぱい学生の恋愛などしている余裕はない。
「じっくり恋愛経験を積もう」と思う事すら許されないのだ。
今すぐに女性をどう扱うかを考え、すぐさま行動に移さねばならない。
謀略などというものよりも高いハードルが目の前にある。
アイザックの学生生活は、その事に気付かされてから始まっていく。
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