第179話 村への手土産

 エルフの村への訪問が許可された。

 なので、アイザックはエルフの村を訪問するにあたって、手土産となるものを選び始める。


「本当にこれだけでいいんですか?」

「大丈夫だ。あんまり持ってこられても困るだけだからな」


 手土産に選ばれたのは、蒸留酒やワインといった酒類に、チョコレート菓子や砂糖といった甘味。

 アイザックは「もう少し何かを持っていった方がいいのではないか?」と不安を感じていた。

 何台もの馬車に載せられた荷物を見ても、まだ満足できなかった。

 クロードに「大丈夫だ」と言われてもまだ不安なので、アイザックはクロードに視線を向ける。


「本当にこれでいいと思うぞ。俺は手ぶらでもいいと思っているくらいだ」

「さすがに手ブラはまずいでしょう」


 アイザックは両手で胸を覆い隠すが、その意味がわからずクロードは首をかしげるだけだった。

 何を言いたかったのかわからなかったため「手ぶらはマズイ」という事にだけ反応をする。

 アイザックも、スルーされたのでなかった事にした。


「出稼ぎと取引で、もう十分に利益は得ているしな。人間と取引できるようになったおかげで鉄製品も手に入るし、食料品なんかも気軽に買えるようになった。二泊三日程度の訪問であまり多くの贈り物をされても、却ってこちらが困るだけだから気にしなくていい」

「うーん……。それじゃあ、花壇の花を根付きで贈り物にするっていうのはどうかな?」

「それはいいな。花なら貰っても気を使わなくてもいいし、記念品として村で育てていってもいい」


 アイザックが花を育て始めた理由。


 ――貰っても邪魔にならない。


 それがここでも活かされた。

 プレゼントに困った時に、花は非常に便利だ。

 育てておいて良かったと、アイザックは思った。


(花じゃないけど、大昔に日本がアメリカに桜の木を贈ったとかは有名だもんな。植物の贈り物っていうのも悪くはないかもしれない。……そのあと、戦争になったりしたけど)


 アイザックは良い部分だけを見て、不穏な部分は忘れようとした。

 を贈ったからといって、戦争する事になるとは限らないからだ。

 それにエルフと戦争になるような事になれば、アイザックは折れるつもりだった。

 人間相手ならともかく、エルフやドワーフ相手にやり合うつもりはない。


「ちょっと、なんで私に意見を聞かないのよ!」


 アイザックがクロードと話をしていると、ブリジットが横から口を挟んできた。

 どうやら、自分を軽んじられているように思ってしまっているようだ。


「それじゃあ、ブリジットさんはどんなものを贈り物すればいいと思うの?」

「もちろん、宝石よ! ペンダントやイヤリングをプレゼントされて喜ばない女の子はいないわ!」


 ブリジットは胸を張って持論を述べた。


「却下で」

「話にならん」

「なんでよ!」


 素っ気なくあしらわれ、ブリジットは「不愉快だ」と頬を膨らませる。

 彼女の成長のない姿を見て、クロードは溜息を吐く。


「そんなものを貰ってどうする。お返しをどうすればいいのかわからなくなるだろう。子供の観光程度で受け取るようなものじゃない」

「だって、貰ったら嬉しいでしょ」

「だってじゃない。欲しい物があれば働いて買えばいい。俺達は物乞いじゃないんだぞ」


 クロードに叱られ、ブリジットはシュンとする。

 ここでアイザックは疑問を持った。


「ブリジットさんは大使として、特別手当を貰っていますよね? 欲しい物があるなら自分で買えるんじゃないですか?」


 クロードとブリジットには、ウェルロッド侯爵家から手当が出ている。

 これはリード王国の通貨を持たないエルフに対しての配慮だった。

「現金を持っていない」という事で、時には恥をかく事になるかもしれないからだ。

 大使に金を渡すのはよろしくない事のように思えるが、外交官というのはよく口利きを頼まれる。

 口利き料を受け取れる美味しい立場というのは世界共通の認識なので、エルフ側でも問題にはなっていない。


「村のみんなが食べ物とか道具に困らなくなっても、好き勝手に自分の欲しい物を買えるほどの現金はないもの。手当なんてお土産を買うのに全部使っちゃったわよ。なんだか自分だけお金を貯め込むのも悪い気がするし」


 だが、ブリジットはそうは思っていなかったようだ。

 自分だけが大金を得る事に抵抗があったらしい。

 得た金を村のみんなに還元しようとしている。

 その行動にアイザックは心を打たれた。


「ブリジットさん……。そういう事のできる人だったんですね」

「…………」

「イタタタタ、せめて何か言ってよ!」


 手の甲の皮を無言でつねられ、アイザックはブリジットの腕をタップする。

 爪を立ててのつねりが地味に効くという事を覚えられてしまったようだ。


「ギブ、ギブ。わかってるから。ブリジットさんが良い人だってわかっているからやめて。ティファニーの時とかの事を忘れてないから。心優しい美人で包容力のあるお姉さんだってわかっているから!」

「そこまで言うと、却って嫌味よね」


 ぶつくさと文句を言いつつも、ブリジットは手を放してくれた。

 ただ謝るだけではなく、アイザックの事を怖がっていたティファニーを説得してくれた件を忘れていなかった事が良かったようだ。

 アイザックは、つねられていた部分をさする。


「いやいや、年上で優しいお姉さんだってわかっているから、甘えてついきつい事を言っちゃうんですよ。多分」

「その最後の一言が余計よね」


 ブリジットがジト目でアイザックを見つめている。

 この微妙な空気を救ってくれたのは、やはりクロードだった。


「ブリジットのやっている事は良い事だが、いくらかは金を手元に残しておかないとダメだぞ。ウェルロッド侯爵家に頼る事なく、自分達の手持ちでどうにかしないといけないような時が来るかもしれない。手当はお小遣いじゃないんだから、非常時に備えておく事も忘れるな」

「わかってるわよ。だから、クロードにまでお金を出してって言ってないでしょ」

「人の財布を頼りにするな……。俺がいないところで困るかもしれないだろ」


 クロードは、ブリジットの危機管理の甘さを知って眉間をつまむ。

 保護者的な立場としては、さぞかし頭が痛い事だろう。


「大丈夫だって。世の中なんとかなるもんよ」


 そう言ってブリジットがポンとクロードの肩を叩くと、クロードの眉間のしわが一層深まる。

 今度はアイザックがフォローする番だ。


「まぁまぁ、世の中なんとかなるっていうのは、そう間違った事でもないと思いますよ。エルフとの交流再開だって、なんだかんだで上手くいっていますしね。もちろん、備えをしておくという心掛けは素晴らしい事です。でも、ブリジットさんの利益をみんなに分けようという考え方も良い考え方だと思います。どちらが正しいというのはでなく、どちらも正しいと思いますよ」


 アイザックも内心では「ちょっとくらい貯めておけよ」とは思ったものの、他人に物を分け与えられる精神は評価していた。

 ブリジットに自分本位なエルフだという印象を持っていたので、ちょっと見直したくらいだ。


「そうよそうよ。私だって正しい事をするんだからね」


 アイザックの援護を受けて、ブリジットが強気になる。


「まぁ、やってる事自体は悪くはないな」


 クロードも反論はしなかった。

 彼は「ブリジットの分まで、自分が非常時に備えておこう」としている。

 いざという時が来ないと、ブリジットの備えに対する認識はきっと変わらない。

 ブリジットが理解できる時が来るまで、大人の自分がフォローに回ろうと考えていたからだ。

 貧乏くじを引いたような気分になるが、これも大使の仕事の一つと思って割り切ろうとしていた。


「アイザックもわかってくれたみたいだし、宝石とか――」

「あっ、それは却下で」

「なんでよ!」

「高価な物を渡して表面上だけ仲良くしてもらうんじゃなくって、ちゃんと話し合って理解し合いたいからですよ」

「うっ……」


 ――金の繋がりではなく、本物の信頼関係を築きたい。


 そう言われれば、ブリジットもこれ以上催促できない。

 さすがにそれくらいの判断はできる。


「そういう贈り物は、何か災害が起きた時に怪我人を助けてもらったとかの時にはしますよ。でも、普段からは無理ですね。普段から渡していたら、本当に感謝している時の贈り物でも『本当に感謝しているのか?』って思われちゃいますよ。慣れてしまうっていうのは怖いですからね」

「うーん、確かに慣れは怖いわね」


 返事をしながら、何かが頭に浮かんだのだろう。

 ブリジットは笑顔のまま、アイザックの手の甲をつねる。


「あんた、私が優しいからって、からかうのに慣れ過ぎじゃない」


 ブリジットは色々とからかわれてきた事を思い出して腹が立ち、またつねり始める。


「ちょっと、痛い痛い! 慣れてない、慣れてないですって!」

「ブリジット……。お前も慣れ過ぎだ。アイザックが子供の頃からの付き合いだからって、要人相手に実力行使はやめておけ」


 クロードは呆れながらも、本気で止めようとはしなかった。

 アイザックが本気で嫌がっているのなら、手を振り払えばいいだけだ。


 ――これは子供同士のじゃれ合いの延長線上にある事。


 ならば、今は見守るだけだ。

 子供のじゃれ合いに大人が顔を突っ込むのは、喧嘩になりそうな時だけでいい。

 ふと、クロードは人間の街に住んでいた昔の事を思い出す。


(そういえば、人間の友達にはどこか遠慮があった気がするな。二人のこういう関係もありなのかもしれない)


 エルフは魔法が使える。

 子供が使っても、殺傷能力が十分にある魔法をだ。

 だからか、今思えば周囲の人間はクロードを怒らせないように気を使っていたような気がする。

 アイザックのようにきわどいラインでからかわれたり、ブリジットのように実力行使をした覚えがなかった。

 気を使うような関係よりも、きっとこういう関係の方が本当の友好を長くつづけられるような気がしていた。


「もう、いい加減やめてくださいよ。爪を立ててつねられると本当に痛いんですよ。胸だけじゃなく、器も小さいんだから」

「なんですって!」


 アイザックはブリジットの手を振りほどいた。

 まだつねろうとするブリジットと、そうはさせまいと防ぐアイザック。

 二人の攻防戦は激しさを増していく。


(いや、そうでもないか)


「親しい関係でも多少のデリカシーも大切だ」と、クロードは思わずにはいられなかった。

 とはいえ、この二人なら殴り合いの喧嘩になったりしないという事はわかっている。

 なんだか真剣に考えている事が馬鹿らしくなり、じゃれ合う二人に背を向けて、クロードはこの場を去っていった。

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