第158話 リサとの関係
夕食が終わったあと、アイザックはリサと二人で話す時間を作った。
談話室で二人は向かい合う。
さすがにリサも取り乱していたと反省しているのだろう。
恥ずかしそうにしてアイザックと視線を合わそうとしない。
キョロキョロと視線を動かして落ち着きがない。
「いやー、なんだかごめんね。アイザックの顔を見たら、つい取り乱しちゃってさ」
リサは、ハハハと乾いた笑い声を上げる。
やはり気まずそうだ。
どんな顔をして顔を合わせればいいのかわからないといった様子だった。
そんなリサに、アイザックは真剣な面持ちで話しかける。
「リサお姉ちゃん」
「なに?」
リサも空気を察したのか、姿勢を正して真剣に聞こうとする。
「僕はリサお姉ちゃんの事好きだよ。辛い時も傍にいてくれたしね」
「そ、そう」
アイザックに直球で「好きだ」と言われ、リサはまんざらでもない様子だった。
「でも」
「でも?」
「それは家族や友達としての好きであって、異性としての好きじゃないんだ。もし僕と結婚しても、それは元々家族として好きだったからで、一人の女性として愛したからじゃない。一人の女性として愛する事なく、家族の延長線上で夫婦になったというだけ。そんな結婚でいいの?」
「……それは嫌かな。どうせならちゃんと愛のある結婚をしたい」
アイザックの厳しい発言。
だが、リサは適当な事を言って逃げたりせずにしっかりと答えた。
「そもそも、リサお姉ちゃんは本当に僕の事を好きなの?」
「好きだけど……、私も家族としての好きだと思う。アイザックなら私を酷い扱いしないだろうって思うし、他の誰かと結婚しても多分得られないような安心感もある。でも、一人の男としては……。あと数年は見られないかもしれないわね」
アイザックもまだ十三歳で、リサは十八歳。
これが二十歳と二十五歳なら気にならなかっただろう。
だが、子供の五歳差は容姿に大きな差異が生じる。
大人びた体になっているリサに対し、アイザックはまだまだ子供といった体付きをしている。
今の段階でアイザックがリサを「一人の女」として見る事ができても、リサがアイザックを「一人の男」として見る事は難しかった。
「だよね。これから先、僕が成長していくにつれて男として見られるようになったとしても、僕が十八歳になる頃にはリサお姉ちゃんは二十三歳。それまで待てるの?」
「うっ、それはちょっときついわね……」
正式にアイザックと婚約をしていれば、五年くらいならなんとか待てるかもしれない。
だが、正式な婚約をせずに五年間も独身を貫くのは辛い。
貴族は、ほとんどの者が二十歳前後で結婚する。
二十三歳で独身というのは、世間から後ろ指を指される辛い立場だ。
家によほどの事情がない限り、本人に何か問題があると思われてしまう。
リサも勢いで結婚を迫ったが、少し冷静になってアイザックが成長するまでの時間を考えると非常に厳しい事に気付く。
「さっきも言ったように僕はリサお姉ちゃんの事を好きだよ。もしかしたら、これから見る目が変わって一人の女性として見るようになるかもしれない。でも、僕が大きくなるまでにリサお姉ちゃんにも誰か良い相手が見つかるかもしれないよね? 友達がみんな結婚する事になって焦っているのかもしれないけど、今すぐどうこうしようとはしない方がいいんじゃないかな」
「そうね。アイザックの言う通りかもしれない」
リサはアイザックの言葉に同意する。
焦って行動しても良い事はない。
一度冷静になって考えた方がいいかもしれないと思い直した。
「頼り甲斐のある人だからって、焦っておじさんとか選んだりしないでね。変な人をお兄さんとか呼びたくないし」
「わかってるわよ。それくらい」
リサは頬を膨れさせる。
「ならいいんだ。でも、あんまり驚かせないでよ。僕のせいって言われた時、どうしたらいいのか真剣に悩んだんだから」
「ごめんなさい。『アイザックのせいで他の男の子が頼りなく見えるなら、もうアイザックと結婚するしかない』って思っていたところに、本人を見つけてつい言っちゃったの」
「酷い理由だね」
そう言ってアイザックは笑う。
釣られてリサも笑いだした。
全ては焦りが生んだすれ違い。
話してみれば「こんな事でなんで慌てていたんだ」と、馬鹿馬鹿しくなってしまう。
「まずは自分で良い人を見つける事にチャレンジしてみようよ。それでダメだったら、僕もどうするか考えるからさ」
「うん、ありがとう」
「これで話は終わった」と、アイザックが談話室を出て行った。
その後ろ姿を、リサはジッと見つめていた。
「はぁ……。いっその事、アイザックがクソガキだったら良かったのに」
リサはアイザックが出て行ったドアを見つめて、小さく呟いた。
アイザックは十三歳ながらも「家族への愛」と「異性への愛」の違いを知っていた。
いきなり「責任を取って結婚してくれ」と言われて、かなり戸惑っていたはずだ。
なのに、アイザックは元凶のリサの心配をしてくれて、余裕のある態度を見せていた。
こんな対応をされると、余計に同年代の男の子との違いを認識させられてしまう。
アイザックが子供らしい態度を取っていてくれたら――
「やっぱりアイザックはまだ子供。第二夫人にしてくれと言うなんてどうかしてたわ」
――と、冷静になる事ができたはずだ。
まさか、アイザックに「一人の女として愛されない悲しみ」を説かれるとは思わなかった。
恋愛に関して、そこまで成熟しているなどとは考えた事もなかったからだ。
「どうせなら『リサお姉ちゃん、僕も大好きだった』とか言って、ドサクサに紛れて胸に顔を押し付けてくるエロガキだったら良かったのに。そんなエロガキだとわかったら、アイザックとの結婚はないなって、あっさり諦められたのになぁ」
リサが十三歳の時には、よろけた振りをして体に触れて来たりするエロガキがいた。
だが、同じ十三歳のアイザックは大人の対応をしてくれた。
そのせいで、さらに同年代の男の子に対する目が厳しくなってしまいそうだ。
リサは少し冷静になれたが、胸を締め付けられるような感覚を覚えていた。
悩みがさらに大きくなった事を実感し、何も解決していない現状に頭を抱える事しかできなかった。
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(あー、やっぱりドサクサに紛れて『お姉ちゃんの事大好き』って胸に顔を埋めるくらいやっても良かったかな。まだ子供だから、エロ目的だってバレなかっただろうし。せっかくのチャンスを無駄にしちゃったよ)
自室に戻ったアイザックが、ベッドの上で枕に顔を押し付けながらジタバタとしている。
(家族への愛情とはいえ、好意を持ってくれてるんだ。あんな気取った態度を取るんじゃなかった。昌美も『自分を磨き終わるまでモーションかけないとかありえない』って言っていたもんな。あぁ、せっかくのチャンスだったのに。もったいねぇ……。こういうチャンスを気取って逃すから、彼女ができなかったんだろうな)
この世界の女性は、平均的に発育がいい。
十八歳になったリサは、アイザックの目から見て十分に魅力的な女性だった。
もちろん、肉体だけではなく精神的にもだ。
だから「結婚して」と迫られた当初はビビっていたが、今では「実は悪い話じゃなかったのでは?」と思うようになっていた。
メリンダの事を知っているので、第一夫人を押しのけて自分の子供に後を継がせようとしたりはしないだろう。
第二夫人や第三夫人にするには最高の相手だった。
(これこそ真の『合法十代』じゃないか。いや、まぁ今は俺の年齢がアウトだけどさ)
あんな風に女性に迫られる経験など初めてだった。
この機会を生かして「ちょっとおっぱいを触ったりしても良かったのではないか?」と、アイザックは後悔していた。
もちろん、生まれ変わってから女性の胸に触った事はある。
だが、それはルシアやマーガレットに抱かれた時に触っただけ。
いくら美人だろうが、母と祖母の胸は数の内に入っていない。
(血は繋がらないけど姉のような存在だしなぁ。ちゃんと婚約して結婚とかならともかく、セクハラ行為をやって気まずくなるのも嫌だったし……)
アイザックは、十三歳という異性に興味が出る微妙なお年頃。
いや、もっと前から興味津々だった。
前世から異性の体に興味があるなんていう男は、世界広しと言えどもアイザックくらいだろう。
今までにも魅力的なメイドに抱き着いたりもできただろうが、直接触ったりはしなかった。
周囲の目を気にして、エロに直結する行動が取れなかったからだ。
おっぱいに触りたければ、メイドに命じればいいだけだ。
だが、アイザックはそれをやらなかった。
自分の評価がどん底にまで落ちる事がわかっていたからだ。
だから、今回も自分に好意を持ってくれているとわかっているリサに対して、アイザックは積極的な行動を取れなかった。
「嫌われたらどうしよう」という恐れが強く、リサの事を考えた言動をする事しかできなかっただけだ。
他の事なら大胆な行動を取れるアイザックも、女性に関してはただのヘタレであり、欲望のままに行動に移す度胸がなかった。
(でも、まさかこんなイベントが俺の人生であるとは……。生まれ変わって良かった!)
この時ばかりはアイザックも、前世の両親を残して先に死んでしまった事を忘れて、素直に生まれ変わった事に感謝していた。
――年頃の女の子に結婚を迫られる。
そんな経験など、前世では妄想の中でしかありえない事だった。
リサの焦りが怖かったとはいえ、貴重な体験ができた事を今は嬉しく思っていた。
(ちょっとリサのおっぱいを揉むくらいなら……。それくらいならいいかな? いや、でもあんな偉そうな事を言っておいて、気が変わったって言って触ったりはできないよなぁ)
――国を奪い、パメラを手にする。
――いつかは遥か遠くにある夢を掴みたいが、今は目の前の胸を掴みたい。
アイザックは、目の前のチャンスに一歩踏み出す勇気を持てなかった事を悔やみ、ベッドの上でジタバタとするばかりだった。
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