第143話 ドワーフ利権を狙う者

 いつもなら十一月に入ってから王都へ出発するが、今年は十月末に王都へ向けて出発した。

 ランドルフが「ケンドラに早く会いたい」と言ったからだ。

 去年はドワーフ騒動のせいで、ランドルフは王都へ行けなかった。

 その分、今年は少し早めに出発する事となった。


 この頃にはアイザックの悩みも解決していた。

 きっと手土産として気に入ってもらえる。

 その品物は国王であるエリアスにも見せるため、ラルフに頼んで王都で作ってもらっている。

 ただ、それで実際に上手くいくかはわからない。

 念の為にクリップも持っていくつもりだった。

 ドワーフが何を喜んでくれるのは予想がつかないからだ。

 こういう時、相手に何を贈ればいいのかわからないのが一番困る。


(やる事やったし、もうどうにでもなれ)


 アイザックは開き直った。

 肝心な事は他にもある。

 ジークハルトとの関係は良好な状態にしておきたいが、いつまでもそれに囚われるわけにはいかなかった。

 アイザックの本命はドワーフとの友好ではない。

 その先にある下剋上の成功が目的なのだから。


「アイザック様、出発のお時間です」

「うん、わかった」

「しかし、本当に休みをいただいて良かったのですか?」


 ノーマンがアイザックの様子を窺うように見る。


「いいよ。いつも頑張ってくれてるし、初めての子供が生まれた時くらいは休んでよ」

「ありがとうございます」


 ノーマンの子供は八月に生まれたばかり。

 さすがに家族揃って王都への長旅はできない。

 だから、今回は同行させない。

 ウェルロッドに残していく。

 王都で人手が必要な時は、父や祖父の秘書官を借りるつもりだった。


「それでは、お気を付けていってらっしゃいませ」

「奥さんにもよろしくね。留守番もよろしく」


 アイザックはノーマンと握手すると、馬車に乗り込んでいった。



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 王都に着くと、マーガレットとルシアが出迎えてくれた。

 その隣には、ケンドラを抱いたマーサもいる。

 モーガンとリサの姿が無かったが、平日の昼間なので仕事や学校に行っているのだろう。


「ルシア、会いたかった!」


 ランドルフは久し振りに会うルシアを抱き締め、熱い口付けを交わす。

 それを見て、アイザックは目を逸らす。

 前世でも両親の仲は良かったが、子供の前でキスをしたりはしなかった。

 なんとなく見ていて恥ずかしくなってしまうのだ。


「母上もお久し振りです。そして、ケンドラ。パパだよ~」


 ランドルフはマーガレットと抱き合うと、待ち切れなかったようにマーサに抱かれるケンドラに顔を近付けて頬にキスをしようとする。


「やぁー」


 しかし、ケンドラは自分に近づくランドルフから少しでも離れようと、マーサにしがみつく。


「ケ、ケンドラ……」


 娘に拒絶されてランドルフはショックを受ける。

 だが、それはアイザックも同じ。

 会わない間に、自分の事も嫌われたりしていないか心配になった。


「ケンドラ、お兄ちゃんだよ」


 恐る恐る手を差し伸べる。


「にーちゃ? にーちゃ」


 ケンドラはアイザックの手を取ってくれた。

 アイザックは安堵の笑みを浮かべる。


「そうだよ、お兄ちゃんだよ。もう喋れるようになってるなんて賢い子だね」


 アイザックは妹の頭を優しく撫でる。

 嫌われていないという事がわかったからだ。

 そして同時に、別の事がわかった。


「お父様はケンドラに嫌われているのではなく、誰だかわからないから警戒しているんじゃないですか? 一年以上も離れていましたし」

「そうか、そうだな。まだ赤ちゃんだったから覚えてないのも仕方ない。少しずつパパだとわかっていってもらおう」


 ケンドラの反応が「パパだとわからなかったから」だと思えば、まだ受け入れられる。

 嫌われているという理由よりはずっといいし、納得できる意見でもあった。


「話をするなら中に入りましょう」

「そうですね」


 マーガレットの言葉にランドルフが同意する。

 クロードとブリジットも同行しているのだ。

 立たせたままにしておくことはできない。

 リビングで話をしようという事になった。




「少し前は赤子だったのに、よちよち歩きとはいえ自分で歩けるようになったか。人間の成長の早さがよくわかるな」

「本当、大きくなる早さに驚くわ」


 クロードとブリジットの二人が、ケンドラの成長速度に驚く。

 特にブリジットは半年前に見ているので、違いがよくわかる。

 次に二人はアイザックを見る。


「アイザックはアイザックで成長が早い。その年でドワーフを驚かせるような物を作ったりするなど考えられん」

「偶然だよ、偶然」


 アイザックはハハハと笑って誤魔化す。

 一から自分で考えた物ではないので、自分の手柄のように自慢するのが少し気まずい。

 そんなアイザックに、マーガレットが話しかける。


「そういえば、グレイ商会が助けを求めてきてるわよ。『早く蒸留器を売れ』と貴族達から催促されているって。陛下の許可が出るまではダメだと断っているそうだけど、一度相談に乗ってあげなさい」

「はい、お婆様」


 今はグレイ商会から蒸留器を買い取ったワイト商会が蒸留酒を作っている。

 そのままでは売り物にならないので、樽に詰めて酒用の倉庫で寝かせている。

 だが当然「ワイト商会だけ蒸留酒を用意するのはズルイ」という意見もあった。

 そのため、グレイ商会は蒸留器を作り置きしておき、いつでも他の貴族や商会に販売できるように準備している。

 しかし、それはそれで「完成品があるなら売れ」と言われてしまう。

 グレイ商会としては売ってもいいのだが、国王エリアスとウェルロッド侯爵家から売らないように言われているので売れない。

 板挟みとなって苦しい時期だった。


「……それとね」

「はい」


 マーガレットが真剣な顔をするので、アイザックも思わず身構える。


「ブリストル伯爵がドワーフとの交易に興味を持っているそうよ。王都の大商人達が応援しているそうよ」

「それはっ!」


 アイザックは目を大きく見開く。


(畜生! やっぱり、でかい利権には邪魔が入るか!)


 ブリストル伯爵領は、ウェルロッド侯爵領の西側にある。

 塩の鉱山が途切れ、比較的なだらかな平原地帯がノイアイゼンとの間に広がっている。

 今まではドワーフとの接触を恐れ、誰も近づかなかった場所だ。

 その平原に道を作り、交易路を作ろうというのだろう。

 王都の大商人達も「グレイ商会に独占させてたまるか!」と、ウェルロッド侯爵領以外から接触するつもりなのだと思われる。

 アイザックの思い通りにはさせてくれないようだ。


「陛下は通商協定が無事に結ばれてから考えると答えていらっしゃるそうよ。もしかしたら、乗り気なのかもしれないわね。そういう動きがある事を覚えておきなさい」

「そうですか……」


(多分、エリアスは深く考えていない。どうせ『交易路は複数あった方が良い』とか『取引は慎重にやらせればいい』とか考えているんだろう。そうじゃねぇんだよ!)


 エリアスも、最初はエルフとの取引実績のあるグレイ商会に任せるという事に納得していた。

 しかし、王家のお抱え商人や貴族達に説得され、他の者に任せるという選択もあると思ったに違いない。

 当然ながら、それ自体は悪い事ではない。

 だが、アイザックには悪い事だ。

 利益を独占したいという意味ではない。

 接触する者が増えれば、ドワーフとの友好にヒビが入る可能性が高まる。

 最低でも、火薬の作成方法を教えてもらってからにしてほしかった。


「アイザック……」


 険しい表情になったアイザックに、ルシアが心配そうな顔をして呼び掛ける。


「大丈夫ですよ。色々と考えさせられる事ではありますが、ちゃんと穏便な方法で片付けます。安心してください」

「そう、ならいいのだけれど……」

「僕も多くの事を学んできました。昔のような真似はしませんって」


 ニコリと笑うアイザックに、ルシアはどことなく不安を感じてしまう。

 その不安は正しかった。

 アイザックのはらわたは煮えくり返っていたからだ。


(そうさ、昔みたいな事はしない。今の俺にできるやり方でやるさ)


 今と昔。

 どちらのやり方がやられる側にとっていいのかはわからない。

 それがわかるのは、実際にやられた者のみだ。


「お義母様、着いてすぐにそういう事を言わなくても……」


 ルシアはマーガレットに非難めいた口調で話しかける。

 だが、マーガレットにはそのような意見を聞き入れるつもりはなかった。


「アイザックは普通の子供じゃないの。もう陛下に呼び出されたりするのよ。呼び出された時に『そのような話は知りません』なんて事になったら恥をかかせるだけよ。いつ呼び出されても大丈夫なように、重要そうな事は早めに伝えておかなければなりません。あなたも大切な話は早めにしないといけませんよ」

「はい……」


 ルシアは心配そうな目でアイザックを見つめる。

 その視線を受けて、アイザックは「心配ないよ」と笑みを返すだけだった。

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