第137話 賑やかな帰郷
四月に入ると、ウェルロッドに出発する用意をし始める。
今回は大勢での帰還だ。
少し騒がしくなる。
とはいえ、それは使用人達の話。
アイザックは支度が終わるのをルシアやリサと話しながら待っていた。
「そういえばさ、リサお姉ちゃんって良い人見つかった?」
「ちょ、ちょっと。いったい何を言いだすのよ」
リサが慌てる。
しかし、これはアイザックにとって気になるところだった。
「だってさ、今年で二年生でしょ? あと二年で見つかるのかなって」
「見つかるわよ。今だって結構格好良い子からお誘いとかもあるのよ」
「へー」
リサはそう言い返すが、目を泳がせながらケンドラの相手をしている。
どこまで本当なのかわからない。
見栄を張っている可能性が高そうだ。
「何よ、その目は。本当だからね! 私は見た目だけじゃなくて、ちゃんと『この人と結婚して大丈夫か』を見てるのよ。だから、時間が掛かるの」
どうやら、アイザックの怪しんでいる目にリサは気付いたようだ。
必死になって否定する。
「アイザック、結婚というのは大切なのよ。焦って変な人と結婚したら大変なの。リサが慎重になるのも当然よ」
ルシアがリサのフォローをした。
代官職を持つ男爵家を継げるとなれば、有象無象の男達がリサのもとに集まる。
その中から、まともな相手を選んで人生のパートナーとしなくてはならない。
学生として同じ時間を過ごしたからといって、すぐに相手を見つけて婚約とはいかないのだ。
だが、何の特徴もない者達がこの煽りを受ける。
誰もが少しでも良い相手を選びたい。
しかし、婚約者を選ぶ権利は男にあるので、売りの無い女の子はいつも卒業間際になるまで結婚相手が見つからない。
なので、バレンタインデーは――
『あんたに私以上に良い相手は見つからないし、もう私に決めれば?』
――という女側から決断を催促する手段として定着していた。
バレンタインデーで女の子から告白して、ホワイトデーに婚約話を男の子が持ち掛けるというのは、昔話にあやかっての風習というだけではない。
切羽詰まった者達の救済手段でもあった。
「なるほど、別にモテないとかそういうんじゃないんだ」
「そりゃそうよ。……ウェルロッドに戻る前に話す事がそんな話題しかなかったわけ?」
「いやぁ、なんだか心配で」
「さすがに五歳も年下の子に心配されるいわれはないわよ。見てなさい、良い相手を見つけて驚かせてやるんだから」
気合を入れるリサと、その姿を「やれやれ」と見るアイザック。
じゃれ合う二人の姿を見て、ルシアが微笑む。
リサがお姉さんで、アイザックが弟。
そして、ケンドラが妹として兄妹仲良くやっていく。
そんな未来が訪れてほしいと願っていた。
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アイザックは家族と別れ、ウェルロッドに向かう。
その道中は賑やかだった。
モーガン、クエンティン、ウォーレンの三人だけではなく、各省庁から計二十人の官僚も同行していた。
ドワーフが身に着けている装備を見定めるために、軍からも目利きが得意な者が派遣されていた。
――派閥。
――文官と武官。
――利害の対立。
――様々な立場の貴族が集まるとどうなるか。
アイザックは、大人の世界を他の子供達よりも一足早く見る事ができた。
とはいえ、それは華麗な貴族社会ではなく、少しでも利益を得ようとしのぎを削る姿。
見ていて気持ち良いものではない。
だが、この道中で最もアイザックの頭を悩ませたのは、クエンティンの存在だった。
顔を合わせれば――
「父親の私が不甲斐ないせいで、アマンダには苦労をかけている。頼り甲斐のある相手と仲良くなってくれれば安心なのだが……」
――と弱気な事を言って、チラチラとアイザックを見てくるのだ。
実質的に婚約の話を持ち掛けているように聞こえるが、直接には婚約話を持ち込んではいない。
「そうなってほしい」と、ほのめかしているだけだ。
クエンティンも約束した事を破るつもりはない。
約束を破らない範囲で、アイザックに娘の事をアピールしているだけだ。
下手をすればアイザックの不興を買いかねないが、ギリギリのラインまで切り込む度胸は武官らしくもある。
事実、アイザックは「婚約しないか?」とクエンティンが言ってこないだけに、黙って聞いているしかなかった。
あくまでも彼が口にしているのは「娘に良い相手が見つかってほしい」という希望のみ。
「希望すら口にするな」とは、さすがに侯爵家の当主相手には言えない。
それに「娘を任せてもいい」と思われているという事自体は嫌ではなかった。
それだけ、自分を高く評価してくれているという事だからだ。
少しは嬉しいとも感じているので、決定的な決裂を招くほどではなかった。
だが、それでもやはり鬱陶しい。
「評価してくれるのは嬉しいけど、ほどほどにしてくれないかなぁ……」と、アイザックが思うのも当然の事だった。
モーガン以外で、アイザックに話しかけてくるのはクエンティンが多かった。
しかし、彼とばかり話していたわけではない。
当然、他の者とも話をした。
ウォーレンには「法律で禁じられなくても、人としてやってはいけない事がある」という事を丁寧に説明されたし、同行している官僚達には、恐る恐るという対応をされつつも、いくつかの質問を受けた。
そんな中、護衛の騎士達の対応は「興味を持つか嫌うか」の半々だった。
先代ウィルメンテ侯爵を慕う者達には嫌われていたが、それ以外の者達は「噂の子供」に興味を持っていた。
とはいえ、アイザックに直接話しかけたりはしない。
遠巻きに眺めるだけだった。
これは立場の違いから、気楽に声を掛けられないという事情があった。
だから、アイザックから気さくに話しかけてやる。
人との関わりがどこでどんな風に影響するかわからない。
コミュニケーションは取っておくに越した事はない。
今回の移動は鬱陶しくも賑やかなものとなり、クエンティンが鬱陶しい以外は、アイザックも満更でもなかった。
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「問題が無いようで何よりだ」
「ええ、今年は何が起きるか気が気ではありませんでしたよ」
ウェルロッドの屋敷に戻ると、ランドルフが疲れた顔で皆を出迎えた。
「いつ何が起きるか」という事がわかっていれば、それに備える事もできるし休む事もできる。
だが、わかっていない場合、気を張り詰めておかねばならない。
それは大きな負担となって、領主代理であるランドルフに圧し掛かっていた。
「クロード殿の手助け感謝する」
「求められていたのは問題が起きれば仲裁に出かけるという事。何もしていないので、気にする必要はありません」
クロードは謙遜するが「いざという時に頼れる相手がいる」という事が、ランドルフの精神的な支えになっていただろう事は想像に難くない。
居てくれるだけでも十分に役立ってくれていた。
「こちらの二人は会談に出席する代表者だ」
モーガンがクエンティンやウォーレンを紹介していく。
そして、彼らにはクロードを紹介した。
「詳しくは中で話そう」
そう言って、屋敷へと入る。
クロードには、人間を知っているエルフとして交渉に同席してもらう。
お互いを知っておくために、少し話し合いをしておく方がいいからだ。
会議室に主だった者が集まると、まずはランドルフ達に状況を確認する。
「開催場所はティリーヒルの交易所で、十日後に行われる。この事は知っているな」
「はい」
ランドルフがうなずく。
これは王都からの頼みで、ランドルフがエルフ経由でドワーフと打ち合わせした事だ。
エルフが立ち会う事で公平感を出すのと、いざという時に仲裁を頼むためである。
だから、アルスターではなく、エルフの住処に近い交易所で行われる事となった。
「こちらが主に取引材料として使うのはウォリック侯爵領から採れる鉱物資源。最初は興味を引くためにアイザックが作ったブランデーを使う」
この頃には蒸留酒に名前が付けられていた。
ブランデーは「ワインから作った新しいお酒のブランドで売り出す → ブランドデ → ブランデー」という経緯で名前が付けられていた。
アイザックがブランデーと名付けたかったからではあるが、あまりにも滅茶苦茶な命名基準に大人達は苦笑を隠せなかった。
しかし、作った本人がそう名付けたいというので、ブランデーというのが蒸留酒の名前として定着し始めている。
「とりあえず、ザルツシュタットのウォルフガング殿達の不満は解消できるはずだ。今回の会談を足掛かりに、二百年振りにドワーフとの友好を築きたい。クロード殿から見て、友好的な関係を築けると思われるかどうかお聞きしたい」
「酒瓶片手に話しかければ簡単だとは思いますが……」
クロードは視線をモーガン以外の者に向ける。
「どこまでの関係を求めるか次第でしょう。個人としてならともかく、国家ぐるみとなるとわからないとしか言えません」
「そうか……」
さすがにクロードも、会談に気合が入っているように見えるリード王国側に無責任な事は言えない。
無難な答えしか言えなかった。
「まずはウォルフガング工房と付き合う程度に考えた方がいいでしょう。街ぐるみ、国ぐるみの関係を持とうとせず、気長に付き合っていけばいいのでは?」
「さすがにエルフと同じ感覚で考えられては困る。寿命が違うのだからな」
クエンティンがクロードの「気長に」の部分に反論する。
工房一つ分の取引を得るだけでは、当主本人が出向いて頑張った甲斐が無い。
せめて、街の一つや二つに鉄などを供給したいところだった。
「それは皆さんの交渉次第でしょう。ドワーフ達にすぐ取引したいと思わせればいいだけです。ご健闘をお祈り致します」
だが、クエンティンが焦ったからといって、クロードが全力で人間のために働く理由がない。
人間と良い関係を築きたいが、ドワーフとも長年の付き合いがある。
どちらかに肩入れするつもりはなかった。
すぐに取引を開始したいというのなら、本人達が交渉を頑張ればいいだけだ。
「ところで、ドワーフ側は人間と取引する気はあると思われるか?」
ウォーレンが気になっている事をクロードに尋ねる。
あちらにまったくその気が無ければ、人間側が頑張っても暖簾に腕押しとなってしまう。
「多少なりともあるとは思いますよ。でなければ、会談などせずに断りの返事だけを送ってくるでしょう」
「そうか、それなら私にも出番があるかな」
ウォーレンは法務大臣。
交渉中にも出番はあるだろうが「交易をする」と決まってからが本当の出番だ。
自分の出番もなく、話し合いが終わるのは寂しいところだった。
派閥争い以外の役割も果たせそうだとわかり、少しは安心する。
「実際に話してみないとわからないのは確か。しかし、だからと言って手をこまねいて無為に時間を過ごす事はない。今日は休んでもらい、明日から相談を始めたいと思うがどうだろうか?」
モーガンの提案に誰も反対はしなかった。
長旅で疲れているのだ。
良い考えを出すには適度な休憩が必要である事を皆が知っている。
反対意見が出なかったので、ひとまず解散となった。
会議室を出てから、クロードがアイザックに耳打ちする。
「どうせ、上手く話が進むように何かを考えているんだろう?」
「えぇ、まぁちょっと。でも、今は教えられません。内緒です」
アイザックが秘密だと答えると、クロードがニヤリと笑う。
「ドワーフ達が驚く姿を楽しみにしているぞ」
彼自身、アイザックにはかなり驚かされてきた。
今度はウォルフガング達の番だと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ドワーフの文化レベルがわからないから不安ですが、努力してみますよ」
そう答えて、アイザックも笑みを浮かべる。
しかし、こちらは「本当に大丈夫かな」と心配で、力の無い笑みだった。
試験勉強を頑張ったが、当日になって不安になるのと同じ。
「もっと頑張れる事があったのではないか?」と思ってしまい、絶対の自信を持つ事ができなかった。
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