第136話 派閥代表者のしのぎ合い

 三月に入ると、王都は慌ただしくなる。

 ドワーフとの交渉に向かう人選をどうするか決めるためだ。

 少なくとも、三人は決定している。


 ――外務大臣であり、領地が接するモーガン・ウェルロッド侯爵。

 ――ドワーフと交流を再開するなら、その恩恵を最も受けるクエンティン・ウォリック侯爵。

 ――お互いの法律をどう適用するかを決めるために、法務大臣のウォーレン・クーパー伯爵。


 この三人は妥協の産物であったが、同時に妥当な人選でもあった。

 交渉に必要な人間であり、それぞれが派閥の代表格だったからだ。


 モーガンは貴族派。

 クエンティンは王党派。

 ウォーレンは中立派。


 ドワーフはエルフとは比べ物にならない大きな利権が期待できる。

 そのため、利権を確保するために派閥間のいさかいが水面下で起こり始めた。

 それを鎮めるために、各派閥から交渉の席に人を出す事になった。

 問題になっているのは、この三人以外の人選だ。


 まずエリアスが「自分が出向く」と言い出したが、これは派閥に関係なく反対された。

 最初の出会いが戦闘一歩手前という状態だった。

 交渉の場で激昂したドワーフに危害を加えられる可能性がゼロではないので、安全のために調印式までは控えてほしいという理由からだ。

 この件に関しては、エリアスも大人しく受け入れたので問題ではない。


 ――問題になっているのは、どの程度同席する者を連れていくかだ。


 例えば、宰相であるウィンザー侯爵が出向くとすると、派閥のバランスのために王党派からウィルメンテ侯爵かフィッツジェラルド伯爵が出席する事になる。

 だが、この場合もエリアスの時と同様に、ドワーフに襲われた場合大変な事になる。

 国家の中枢を担う人材が失われるからだ。

 それに、エルフへの配慮もあった。

「自分達の時は、そこまで大掛かりな面子ではなかった」と不満を持つかもしれない。


 そして何よりも、気合を入れているとドワーフに気付かれるのもマズイ。

 入れ込み過ぎると「人間はかなり交易をしたがっている」と気付かれ、足元を見られるかもしれない。

 適度なラインを見極めなければならなかった。

 その事を、三人が打ち合わせの時に話し合っていた。


「法務大臣はいいにしても、財務大臣まで連れていくのはやり過ぎではないか? 官僚を連れていけば良かろう」


 モーガンが財務大臣の同行を拒む。


「ですが、交易をするのならば通貨の両替は必要になります。経済に詳しい者を連れていくのは必要でしょう」


 だが、ウォーレンは納得できなかった。

 専門家を連れていく事は重要だ。

 現地で意見を聞く必要があるかもしれない。

 しかし、モーガンは首を横に振るだけだ。


「意見を聞くのは官僚でかまわんだろう。大勢大臣クラスを連れていけば、友好だけではなく、その先交易を期待していると見破られる。それでは足元を見られる事になるだろう」

「しかし……」

「いや、ウェルロッド侯の言う通りだ」


 クエンティンがモーガンの意見に同意する。


「敵に弱みを見せるような真似はしない方が良い。戦場では最初から講和を意識して戦うような事はしない。それは敵を叩きのめしたあとで考える事だ。まずは友好的な関係を築くという事を最優先で考えた方がいいのでは?」


 クエンティンは武官らしい例えをした。

 最優先目標は「ドワーフとの友好的な関係」だ。

「交易をしたい」という思いに囚われて、前提条件である友好的な関係を築けなくては意味がない。

 足元を見られての、屈辱的な関係など求めていない。

 この中で最も「交易をしたい」と思っている彼だったが、肝心な点を見誤るような事はしなかった。


「そうですか。では、仕方ないかもしれませんね。そういえば、我らの護衛の指揮をキンブル将軍が執るとか? 護衛は百人程度のはず。さすがに将軍が直々に指揮を執られる必要はないのでは? それこそ、警戒し過ぎだと思われてしまうでしょう」


 ウォーレンがクエンティンを咎める。

 大軍ではなく、小規模な護衛なら将軍が直々に指揮を執る必要がない。

 護衛・・と称して、交渉に同席させようという魂胆が見え見えだった。


「少人数だからこそ、良い指揮官が必要だ」

「争いはエルフが仲裁してくれるのでしょう? 将軍までは必要ないのでは?」


 交渉の場はティリーヒルの交易所。

 エルフの仲介でドワーフと交渉する事になっている。

 そのため、エルフを刺激しないよう、兵士の数を制限している。

 これはドワーフ側も同じで、百人以下にするようにエルフを通じて伝えられている。

 人間とドワーフ合わせて二百人。

 それくらいならば、武力衝突が起きそうになってもエルフが魔法で抑え付けられる。

 安全のために将軍という肩書きを持つ者を連れていく必要などなかった。


「確かにキンブル将軍までは必要ないかもしれんな。大掛かりになり過ぎる」


 モーガンがウォーレンの意見に同意する。

 軍人は基本的に王党派が多い。

 自分達の派閥を一人でも多く連れていきたいという魂胆が見えている以上、同行を認めるわけにはいかなかった。


「そうは言いますが、ならばアイザックを連れていくのはどう思われているのですか? 頭は良いがまだ子供。まさか、ウェルロッド侯も孫可愛さで同行させるわけではないでしょう?」


 将軍の同行を拒否されたクエンティンは、まだ何も追及されていないモーガンに噛みつく。

 とはいえ、相手は同格とはいえ年配の役職持ち。

 言葉には気を付けていた。


「アイザックはドワーフと会った一人であり、エルフとの交渉で実績もある。そして何よりも、陛下直々に会議に出席せよと以前から命じられている。臣下の身としては陛下のお言葉を覆すような真似はできんよ。それに、ドワーフのために新しい酒を作ったりもしているしな」

「くっ……」


 ――アイザックを連れていく事に文句があるなら、国王陛下に直接言え。


 そう言われてしまえば、文句を言い辛い。

 アイザックに関しては口を出せないと諦めるしかなかった。


「では――」

「いや、それは――」

「しかし――」


 三人は同じ派閥の者を同席させ、少しでも多く影響力を確保しようと話し合いは繰り返される。

 クエンティンも今はウォリック侯爵家の当主としてだけではなく、王党派の一員としての役割を果たしている。

 モーガンの言う事を全面的に認め、さっさと楽になりたいところだが、派閥の事を考えると簡単に屈する事はできなかった。


 ドワーフとの会談の前に、王宮では前哨戦とも言えるやり取りが行われていた。



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「やだ、可愛い」


 ブリジットがマイクを抱き上げる。


「ティファニーも久し振りね」

「ブリジットさんもお変わり無いようで何よりです」


 この日は、カレンがティファニーとマイクを連れて遊びに来ていた。

 カレン本人は、ルシアやアデラ、マーサといった大人達でお茶会を開いている。


「そりゃあ、ちょっとやそっとじゃ変わらないわよ。でも、人間は変わるわね。マイクって四歳でしょう? ケンドラが一歳だから、三歳違うだけでもうこんなに大きくなってる。ほんの数年でこんなに成長するものなのね」


 ブリジットは人間の成長速度に驚いている。

 ケンドラとマイクを見比べると、その大きさの違いが一目瞭然だった。


「エルフって、赤ちゃんから大きくなるまでに長い時間がかかるの?」


 エルフの事に疑問を持ったリサが、ブリジットに尋ねる。


「そうよ。だから、ある程度大きくなるまで長い時間が掛かるから大変なんだって。隣の家の子の面倒を見た事あるけど、確かに大変だったわ」

「私もこの一年子育てを手伝ってるけど、ちょっとしたお手伝いでも大変だった」

「子育てって大変よねぇ」

「自分が母親になった時、不安ですよね」


 リサとブリジットは子育ての話で盛り上がる。

 その横で、アイザックとティファニーが話をする。


「アイザックも男友達ができて良かったね」


 最近はアイザックに男友達ができたので、ティファニーが来る回数が極端に減っている。

 彼女も女友達と遊んでいるからだ。


「うん。まぁ、今までいなかったのが不思議なくらいだけどね」

「大変だったね」


 ティファニーも今年で十一歳。

 アイザックを取り巻く環境がどんなものだったかを理解し始めている。


「その分これから楽しむよ――と言いたいところだけど、ウェルロッドに戻ったらドワーフとの話し合いがある。まだまだゆっくりはできないね」


(まぁ、学院を卒業するまでは休むつもりはないけどな)


 本当に休めるのは目的を果たしてからだ。

 小休止くらいならともかく、完全に行動を止める事などできない。

 やれる事がある間は動き続けるつもりだった。


「でも、それはアイザックがやらなきゃいけない事なの? お爺さんに任せておけばいいんじゃない?」


 ティファニーの言う事も、もっともな意見だ。

 しかし、それを受け入れるわけにはいかない。

 自分が関わって、上手く欲しい技術を手に入れなくてはならないからだ。


「ドワーフに喜んでもらえるように、新しいお酒を作ったり、道具を考えたりしているんだ。ドワーフと話し合った方が良いものが作れるかもしれないだろ?」

「本当にアイザックって変わってるね」


 ティファニーはクスリと笑う。

 普通なら話し合いや贈り物で解決しようとするはずだ。

 新しい物を作って持ち込むなど、貴族のやる事ではない。

 どちらかといえば、職人の考え方に近いだろう。


「みんながみんな同じじゃあ、世の中面白くない。いいんだよ、ちょっとくらい変わってたって」

「いや、あんたは変わり過ぎよ」

「まぁ、ちょっととは言えないかな」


 二人の話に、ブリジットとリサが口を挟む。


「いくらなんでも酷くない!?」

「お酒を作るために変な機械を用意する時点で変人よ。変人」

「ぐぬぬ……」


 ブリジットには蒸留器の時に手伝ってもらっている。

 あれを見られている以上、なかなか否定し辛い。


「アイザックお兄ちゃんは変人なの?」


「変人」の意味がわかっていないだろうマイクが、不思議そうな顔をしてアイザックを見つめる。

 マイクの純真な瞳で見られて、アイザックは慌てて否定する。


「違うよ。お兄ちゃんは優しくて、強くて、恰好良いお兄ちゃんだよ」

「それを自分で言っちゃダメでしょ」

「いいじゃないか、少しくらい」


 アイザックがむくれると、ブリジット達が笑う。

 王宮で行われている派閥争いとは違い、ウェルロッド邸では和やかな時間が流れていた。

 これはアイザックに“今やれる事はやった”と、心のゆとりができたお陰でもある。

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