第121話 行き詰まり
一週間ほどして、トミーがオルコット男爵が許可したと伝えに来た。
その顔は赤く膨れ上がっていた。
どうしたのかアイザックが尋ねると――
「兄達と語り会いました」
――と、トミーが答えた。
オルコット男爵が認めたとしても、兄達は簡単に認められなかった。
殴り合いの喧嘩が始まったそうだ。
だが、喧嘩が終われば仲直りしたらしい。
基本的に兄弟の仲は良く、後に残さないサッパリとした関係だとトミーが語った。
「お陰様でジュリアとの仲を認められました。アイザック様の期待に応えられるよう、全力を尽くします!」
そう言い残し、トミーは去っていった。
これからの三年間でどこまで成長できるのか、アイザックも期待している。
(ノーマンは常識人。トミーは武人。自分に足りない部分を補ってくれる部下が揃うのはありがたい)
自分一人で全てをこなす必要はない。
仕事のできる部下を集めて、仕事を割り振る。
それが一番だ。
もっとも、任せられない性質の仕事もあるので、それは自分でやるしかない。
それでも、忠義に厚い部下が増えるのは良い事だった。
(爺ちゃんや親父の部下は、将来は良いけど今はまだ自由に使えないしなぁ)
自分の好きに使える手駒がまだまだ必要だ。
とはいえ、誰でも良いというわけではない。
ジュリアも「アイザック様のために働く」と言ってくれたが、良くも悪くも普通の女の子だったので、今は断った。
……自分の身近で、イチャイチャする空気を作られるのが嫌だったというのもある。
もちろん、節度ある態度で働いてくれるだろうが、ふとした瞬間に見つめ合う二人に気付いたら気まずい思いをしてしまう。
とりあえず「必要があれば手助けをしてもらう」とだけ伝えておいた。
(トミーはまだ若いからさほど期待はできないだろう。けど、大事なのは話をまとめる事だったからいいか。次への撒き餌になる)
それに、トミーとジュリアの力が欲しかったわけではない。
――アイザックも話し合えば、穏便な解決方法ができる。
という実績作りの一環として手伝おうと考えたからだ。
そうでなければ、祖父や父に根回しをしておいたりはしない。
確かにインパクトはあった。
だが、あり過ぎた。
それでは仲間を集めなければならない今後に支障をきたす。
飴と鞭を行うにも、最低限の信頼関係が無ければ効果が薄くなってしまう恐れがあった。
――アイザックがジュードと同じなら、約束も簡単に破られるかもしれない。
完全にそう思われてしまったら、飴を与えた相手も動かなくなるだろう。
まずは最低限度の信頼を作る事が大切だった。
トミーとジュリアはアイザックの事を、良い意味で噂してくれるはずだ。
そして、オルコット男爵とバークレー男爵も「アイザックが子供達の婚約を仲介した」という事を誰かに話してくれるだろう。
そうすれば「アイザックにも人情がある」とわかってくれる者もきっと現れる。
頭を悩ませた分のリターンが、アイザックにもあった。
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トミーとジュリアという予期せぬ出来事もあったが、アイザックも自分からフレッドの事をウィルメンテ侯爵と話し合うなど少しは自分から動き始めている。
ここで将来に備えるためにアイザックが気になったのが、やはりニコルだった。
(ニコルはどうでもいいってわけじゃない。下手をすれば、入学前に学力、体力、魅力がカンスト状態なんていう事もあり得る。それでジェイソン達が攻略される分には構わない。問題は、俺だ)
パメラほどではないが、アイザックはニコルにも魂が惹かれ合うような不思議な気持ちを感じていた。
自分が隠しキャラだった場合、何らかの方法で攻略されてしまうかもしれない。
隠しキャラに関する情報が全くないせいで、自分がニコルにどうされてしまうのかわからないという不安があった。
安易に「金を与えておけば、ジェイソン達を攻略しやすくなるかも?」と考えていた事を反省する。
(まさか、あいつの矛先がこっちに向かうなんて思わなかった。でも、そうだよな。俺ってジェイソンの次に美味しい立場だもんな……)
冷静になって考えてみれば、今の自分がニコル視点で美味しい立場だったと気付いた。
――侯爵家の嫡男。
――両親は穏やかな人柄で、嫁姑戦争が起きなさそう。
――エルフとの交流を始めるなど、貴族としての実績もある。
――金銭面での問題もない。
――婚約者がいないので、ハードルが低そう。
――テレンスの生徒だった事もあり、小さい頃から顔見知り。
これらだけでも狙われる理由に十分なはずだ。
しかも、外部から見れば「お菓子屋を経営するなど、可愛らしい一面もある」と思われているかもしれない。
きっと、今の自分はジェイソンの次に安定した生活を望める相手のように見られている。
そう思うと、背筋が凍るような思いだった。
(そもそも、親父が悪いんだ。ニコルの祖父を家庭教師に連れてくるなんてさ。でも、そのきっかけは俺だし……。あぁ、もういっそ何もしなかった方がマシだったんじゃないか?)
アイザックは運命を呪う。
何も行動しなければテレンスと会う事もなく、きっとニコルがジェイソン達を落としてくれていた。
しかし、行動しなければ、今頃はどこかに幽閉されていたか殺されていただろう。
どう動いても、アイザックに良い影響はなかった。
人生とは上手くいかないものである。
だが、起きてしまった事を嘆いていても始まらない。
前を向いて、次の行動を起こすべきだ。
とはいえ、どういう行動をするのかが問題だった。
(一番無難なのはランカスター伯爵家との接触。けど、ジュディスに気を付けないといけないから会いにいけない。いっその事、開き直ってジェイソンにでも会いに行ってみるのもありか?)
ジュディスは占いが得意だ。
もし、話の流れで「アイザックの将来を占ってみよう」とでも言われたら大変だ。
万が一「反乱の首謀者だ」とバラされたら人生が終わってしまう。
祖父と友人関係にありながら、ランカスター伯爵と接触に踏み切れないのはそのせいだった。
ジュディスの婚約者であるマイケルともじっくり話してみたいが、今をときめくブランダー伯爵家の息子だ。
こちらから会いに行って、媚びを売りに行っていると思われるのも癪だった。
そのため、アイザックはジェイソンに会いに行くという選択もありだと考えた。
ジェイソンに直接会って、フレッドが吹き込んだ誤解を解きに行く。
ついでに「ネトルホールズ男爵家の娘が凄く可愛い」とでも言って、ニコルを擦り付けるつもりだった。
ジェイソンが興味を持てば、ニコルに会うかもしれない。
見た目はジェイソンが同年代で一番良い。
「実際に会ってみれば、ニコルもジェイソンに興味を持つだろう」という、アイザックの願いも混じっていた。
(そうはいっても、簡単に会えるわけないか。それに、王立学院に入ればどうせ会う事になるしな。今できる事をやっていこう)
今できる事の一つとして、外国の大使に花を届ける事を継続している。
最近では、チョコレートの瓶詰めなどを国元に送り届けていた。
少しずつではあるが、贈り物の量を増やしている。
そして、贈る相手も増やしていた。
最初は大使の家族だけだったが、その親族にも季節の挨拶として忘れず花を贈るようにしている。
大使が交代した場合も、年に一度は挨拶の手紙を送っている。
外国の大使達には「色々と噂は聞くけれども、アイザックは祖父思いの良い子だ」という印象を植え付ける事に成功していた。
時期が来れば外国の有力者に金銭などの贈り物をしたいと、アイザックは考えていた。
未来に備えての地味な行動だが、今のアイザックにできる数少ない行動の一つでもあった。
やはり、ニコルがどう動くか不安に思い始めた事の影響が大きい。
(……最近はニコルの事ばっかり考えてるな)
別に彼女に恋をしているわけではなかった。
ニコルが不確定要素となった今、彼女の事を考える機会が増えているというだけだ。
パメラよりも多くずっと。
(あぁ、やめやめ。考える時間はまだある。今すぐに結果を出そうと焦らなくてもいいんだ。未来の事は時間を使ってじっくり考えよう)
どうせウェルロッドに戻れば、時間ができる。
今年は領主の仕事をしなくてもいい。
友達ができたので遊ぶための時間を取られるが、それくらいは気分転換の範疇で収まる。
王都にいる時よりも、資料を調べながら考える時間が取れるはずだ。
特に「ニコル」「フレッド」「アマンダ」の三人の事を紙にまとめながら考えたかった。
自分が接触した事で影響を与えた三人。
完全に予測はできないが、大雑把にでも今後どうなるかを考えておきたい。
そこで、一つの考えが思いついた。
(……パメラにも影響あったりしないよな? いや、ない。多分ない。十歳式ではお嬢様っぽい話し方してたし)
そう考えて、アイザックは自分を納得させようとする。
おそらく、アイザックと会っている時のパメラが素の状態。
自分と会っている時は普通の女の子といった様子だった。
見た目ほど「貴族のお嬢様キャラ」という印象は受けなかった。
それは「原作ゲームのキャラから離れ始めているのではないか?」という疑問を持つのに十分な理由だった。
パメラは気高い令嬢。
アマンダは元気な妹系。
ジュディスはオカルト&本当は美人系。
ティファニーは文学系眼鏡っ子。
ジャネットは姉御系。
こんな風にハッキリと分けられているはずだった。
もし、パメラがアイザックと出会った事で、幼い頃から「恋する乙女」になっていたらどうなるか?
(教育はちゃんと受けているだろうけど『王子の婚約者』としての覚悟が足りない可能性がある。表面は取り繕えても、内面が成長しきれていないのかも?)
十歳式の前に会った時は普通の女の子という印象だった。
その事を思い出すと、自分の推測が正しいのではないかと思ってしまう。
(そうなると……。やっぱり、ジェイソンも変わるよなぁ……)
パメラの性格が変わる事で、ジェイソンがパメラに本気で惚れこむ可能性が出てくる。
そうなると、ニコルが二人の間に割り込める可能性が限りなくゼロになってしまう。
学院に入る頃には、ニコルでもジェイソンをたらし込む事ができなくなっているかもしれない。
(やばい……。これから先がどうなるのか、さっぱりわからん)
アイザックが力を持たない男爵家の生まれだったら、きっとここまでこの世界に影響を与えていなかった。
だが、侯爵家という大きな家に生まれたせいで大きな夢を持ち、夢を掴み取ろうと実際に行動に移してしまった。
そして、夢を掴もうとする行動のせいで、夢が遠ざかってしまっている。
運命とは皮肉なものである。
(十歳式で足掛かりが見つかる事を期待してたのに、何か悪い事ばかり気付くな……。いや、早い段階で気付いただけマシなんだけどさ……)
ニコルだけではない。
自分に関係した人物の事を考えると、どつぼにハマっていくような気分になってしまう。
(……あれ、ちょっと待てよ)
考えているうちに、アイザックは気付かなかった方が良い事に気付いてしまった。
(ジェイソンがニコルに惚れて、パメラとの婚約を破棄する。これならジェイソンが引き起こした事態だからいい。俺がその事態に合わせて動いたってだけだ。けど、俺が能動的にニコルをけしかけたりすると、完全に俺が黒幕になっちゃうよな……)
今まではジェイソンがパメラとの婚約を勝手に破棄してくれるという事を前提に動いていた。
だが、ニコルが期待できない今、アイザック自身がそうなるように動いていかなくてはならない。
「元凶はニコル」から「元凶はアイザック」に移り変わってしまった。
(絶対、パメラに気付かれないようにしないと……)
「ニコルにチョコレートの売り上げを渡している」どころの問題ではない。
いくらなんでも「ジェイソンとの婚約が破談になった原因がアイザックの謀略だった」などと知られるわけにはいかない。
さすがにその事を知られたら嫌われるだろう。
(なんだか、無駄にハードル上がってないか?)
国とパメラを手に入れようとすればするほど、遠く離れていってしまう。
その事に、どうしても徒労感を感じてしまう。
(でも、何かをやらなきゃ何も始まらない。今の自分にできる事を考え、実行するだけだ)
ニコルの事がダメだったとしても、新しい何かに気が付くかもしれない。
だが、その時まで時間を無駄にするつもりなどなかった。
たとえ今の状況に頭を抱えようが、万全の備えをして、将来の状況に合わせて対応できるようにしておくつもりだった。
――国を奪えない。
――パメラがジェイソンと結婚する。
そして――
「ニコルに攻略される」
――なんていう終わり方だけはしたくなかった。
そんな終わり方だけは何としても避けたかったアイザックは「何か方法はないか?」「流れを変える事件が起きたりしないか?」と神に祈り始めた。
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