第108話 エルフと親しくなる事の弊害
パメラとの再会は良い影響をアイザックに与えた。
「なんだか、機嫌がいいね」
「何か良い事あった?」
機嫌が悪い相手に話しかけるよりも、機嫌の良い相手の方が話しやすい。
「うん。まぁ、ちょっとね」
アイザックは曖昧に答える。
まだ全てを話すほど気を許していないというのではなく、話せる内容ではなかったからだ。
今、アイザックが話している相手はポールとレイモンドだ。
彼らは大人しい性格であり、ネイサンとも仲が良くなかったという事もあり、アイザックは有力な友達候補として選んでいた。
最初はゆっくりと話し合える相手が良いと思ったからだ。
彼らの方も、アイザックが暴力を振るったりしないとわかって心を許し始めている。
「アイザックは今までで一番良い笑顔をしてる」
「よっぽどいい事だったんだね。教えてよ」
「えー、どうしようかな」
話したいとは思うが、相手がパメラだ。
ジェイソンの婚約者という事は広く知られている。
「彼女に会ってご機嫌だ」などと言えないのはわかりきった事だ。
アイザックは迷った結果、ぼかして話す事にした。
「気になっている女の子と久し振りに会えたんだ」
「えっ、女の子!?」
ポールとレイモンドは顔を見合わせる。
そして、ニヤニヤと笑った。
「なんだよ。お前達だってブリジットさんに見惚れてただろ」
「そりゃあね。綺麗な人だもん」
ポールの答えに、アイザックは違和感を覚えた。
「……茶化したりしないんだね」
「しないよ?」
ポールは不思議そうな表情をしている。
レイモンドも同じだ。
「それじゃあ、なんでニヤニヤしてるの?」
「ようやくアイザックも相手が見つかったんだなって」
「狙われた子も大変だなーって」
「それはそれで酷いんじゃない?」
とりあえず言い返したが、アイザックはやはり違和感を覚えた。
(あぁ、そうか。女の子と仲良くする事自体をからかってるんじゃないんだ)
前世で十歳くらいといえば、小学四年生くらい。
女子と話をしたりしていると、からかう男友達が一人はいたものだ。
だが、二人の反応はそれとは違う。
女の子と仲良くする事自体を、からかうつもりはないようだ。
その代わり、相手が見つかった事をネタにするつもりらしい。
これは文化の違いによるものだった。
子供の間に婚約者が用意される貴族の子供にとって、異性と話す事はからかいのネタにはならない。
カイが幼い頃にアイザックをからかったのは、まだ婚約者ができる前の幼い子供だったせいだ。
彼も今ならば「女の子と遊んでいる」という事だけでからかったりはしないだろう。
だが、今のアイザックはそこまでわかっていない。
なんとなく「女の子と仲良くする事に関してはからかわない」という事を察しているだけだ。
「それで、どんな子?」
「可愛い子だけど……、詳しくは話せないよ」
「やっぱり侯爵家ともなると言えない事もあるよね」
レイモンドは勝手に深読みして、アイザックが会った相手が婚約者候補だと勘違いした。
「どこの家と婚姻を結ぶか」という事は各家にとって重要事項である。
「公にしていないアイザックの婚約者候補」ともなれば非常に重要な案件だ。
アイザックが話したがらないのを、大切な相手だからと受け取った。
その事自体は間違いではない。
アイザックにとっては、大切な相手である事は間違いないのだから。
「そういう二人はどうなの? 婚約者はいるの?」
「僕はいるよ。ポールはまだだけど」
「レイモンドには婚約者がいるんだ。どんな子?」
「うーん、普通の子。前は可愛いと思ってたけど、ブリジットさんを見ちゃうとね……」
「あー、それわかる気がする。女の子を見る目が厳しくなるよね」
レイモンドの言葉にポールが同意する。
ポールはこれから婚約者を親が見つけるか、学院に入学してから自分で見つけなくてはならない。
しかし、ブリジットのせいで女性を見る目が肥えてしまっていて、同年代の女の子を見る目が少々厳しくなってしまっている事を自覚していた。
そして、アイザックは一つの事を危惧する。
(エルフを見てしまったせいで、晩婚化が進むとか社会現象にならないよな……)
人である以上、どうしても「より良い相手」を選ぼうとするのは止められない。
高望みし過ぎて、実は身近にいる良い相手を見逃してしまうかもしれないという事を心配した。
ついでに、もう一つの問題が頭に浮かぶ。
「あ、あのさ……。もしかして、それって女の子も同じ事考えているんじゃないの?」
ポールの体が大きくピクリとしてから固まった。
できれば聞きたくない事だったからだ。
代わりに、レイモンドがアイザックの言葉に答える。
「……婚約者がいて良かった」
これは彼の正直な心境だ。
男のエルフは出稼ぎで土木工事をしており、王国各地で活動している。
彼らがどこかの街を訪れる時は、代官が食事に招いたりもする。
当然、それは代官の娘や孫の女の子達も男のエルフを見る機会があるという事。
ブリジットを見て女の子を見る目が肥えた二人のように、女の子達も男の子を見る目が肥えてしまっていてもおかしくない。
まだ婚約者のいないポールに、相手を見つけるハードルが上がったという事実が突き付けられてしまった形となる。
「アイザック、なんでエルフと仲良くしちゃったの……」
「偶然、ブリジットさんに会ったからかな」
頭を抱えて思い悩むポールに、アイザックはなんて話しかけたらいいのかわからなかった。
侯爵家の後継者であるアイザックならば、婚約者を望めばすぐに相手が見つかるだろう。
しかし、二人とも子爵家の孫だ。
特にポールの方は代官でもない、ただの官僚の家。
女の子が男の子を見る目が肥えると、その分自分を磨かなくてはいけない。
「女の子を見る目が厳しくなるよね」などと言っている余裕などなかったのだ。
「でもまぁ、気にしなくていいと思うけどね。憧れよりも、身近にいる人の方に意識が向くと思うし」
アイザックは「エルフは前世のアイドルみたいなもの」だと思う事にした。
憧れはするが、手の届かない存在。
中には本気で熱を上げる者もいるかもしれないが、そのうち冷めるだろうと考えていた。
「だと良いんだけどねー」
ポールは浮かない表情をしている。
――自分がブリジットに惹かれていたのと同じだけ、同年代の女の子が男のエルフに心を惹かれていたら?
そう思うと、先行きの暗さから不安を覚えてしまうのだ。
「子供なのに、変に大人っぽいところがあるな」と、アイザックは思っていた。
同年代の子供と触れ合う事によって、文化の違いなどをようやく実感し始めているところだった。
「そんなに不安だったら、一度男のエルフに会ってみる? 今日クロードさんがブリジットさんの様子を見に来るよ」
「えっ、本当!」
「会ってみたい!」
「……エルフの男の人はライバルっぽい感じじゃないの?」
「それはそれ」
「これはこれ」
十歳で婚約者の心配をすると思えば、子供らしく新しい出会いに目を輝かせるところもある。
前世とは違う子供の様子に、アイザックは戸惑いを感じる。
しかし「エルフに会える」と目を輝かせる二人を見て、アイザックの顔には笑顔が浮かんでいた。
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クロードが屋敷を訪れたと使用人に報告された。
応接室に案内された彼らに挨拶するため、アイザックがポールとレイモンドを連れて向かう。
ノックしてドアを開けると、部屋に居たのはクロードだけではなかった。
「あれ? ブリジットさんの様子を見に来ただけじゃないんですか?」
部屋にはクロード以外に、男女五人のエルフが同行していた。
皆がクロードくらいの年齢で、エルフの代表団の中では若い者達ばかりだ。
「ああ、そうだ。世話は王国側がしてくれるといっても、長老達はリード王国建国期に頑張って手伝ったという思いが強い。ポロッと横柄なところが出たりするから、結局お供をしている我々がフォローしなくてはならないんだ。ウェルロッド侯と話して、ブリジットの様子を見るという口実で交代で息抜きさせてもらいに来たんだ」
「なるほど、それは大変ですね」
――無礼な行動を問題にしない。
――怒らない。
――丁重に扱う。
そうは言われても、クロード達若い世代はマチアス達年長者と違って「リード王国のために何かをした」という意識がない。
マチアス達の言動に神経をすり減らしてしまっていたのだろう。
交代でマチアス達から離れて、一服というわけだ。
「クロードさん。こちらがポールで、こっちがレイモンド。僕の友人です」
「はじめまして。デービス子爵家、ジェフリーの息子ポールです」
「はじめまして。オグリビー子爵家、ルースの息子レイモンドです」
緊張しながら二人が挨拶をする。
クロードはその様子を見て、少し微笑む。
「はじめまして、クロードだ。こっちは――」
クロードは自分の名前を名乗ると、同行者達を紹介していく。
合計六人のエルフを身近なところで見る事ができて、ポールとレイモンドは興奮していた。
今のところは王宮にいるマチアス達と会うか、出稼ぎのエルフ達と会うか。
それとも、交易所に行くかしないとこれだけのエルフと会う機会がない。
アイザックの友人となったお陰で得られた貴重な機会だった。
「そういえば、マチアスさんは以前の事で反省して大人しくなったんじゃなかったんですか?」
「ああ、そうだったんだが……。今回は他の長老達がいる。昔のノリを思い出して悪ノリしているようだな」
――昔馴染みと一緒にいるから。
そう言われれば、納得しそうになる。
もし、アイザックの前世の友人達がこの世界にいれば、きっと侯爵家の息子という立場を忘れてはしゃいでいただろう。
今の生活があっても、昔は昔でなかなか捨てられないものだ。
マチアスも昔馴染みと一緒に王宮にいるせいで、ついテンションが上がってしまっているのだろう。
(大きな問題が起きませんように……)
アイザックはクロードのために、そう願った。
「それにしても、同年代の男友達ができて良かったじゃないか。お前の周りはいつも大人ばっかりだったしな」
クロードがアイザックの頭に手をポンと置く。
やはり、アイザックの特殊な状況に少しは思うところがあったのだろう。
「ええ、ようやくです。彼らも将来的にエルフと関わる事があるかもしれないので、皆さんと軽くお話ししてもいいですか?」
「俺は構わない。みんなは?」
「いいよ別に」
「子供相手なら、王宮の人達みたいに気を使わなくていいしね」
あと五年もすれば気を使うかもしれないだろうが、彼らはまだ子供。
子供相手ならば、他のエルフ達も気を使わなくて済む。
異論はないようだ。
「俺はランドルフ殿とルシア殿、マーガレット殿に挨拶してくる。あとは任せた」
クロードはアイザックにあとを任せ、この屋敷にいるウェルロッド侯爵家の者に挨拶しに向かった。
「あっ、あの。質問してもいいですか?」
ポールが近くに座っているエルフの男に話しかける。
「答えられる事なら」
男は慣れた感じで答える。
もしかしたら、王宮で質問攻めにあっていたのかもしれない。
「魔法ってどうやったら使えるようになりますか?」
「うーん……」
これは難しい質問だったようだ。
男は首を捻って考え込む。
「人間とエルフは使う魔法が違うとか聞いたような気も……。エルフは物心ついた時に『あっ、風の魔法が使えそう』とか本能的に感じるから、そういったものを感じた事がないなら教えようがないかな」
「そうですか、残念です」
これにはレイモンドも肩を落とした。
やはり「魔法を使う」という事に夢を持っていたのだろう。
アイザックも使えたらいいなとは思っていたが、ウェルロッド侯爵家から魔法使いが輩出された事がないので早々に諦めていた。
それから、ポールとレイモンドは目を輝かせてエルフ達に質問をしたり、雑談をしていた。
「こういう時は年相応の子供だな」と、アイザックは彼らを温かく見守っていた。
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