第64話 エルフの利権

 十月も半ばになり、アイザック達は王都へ出発する。

 今回は特別にマチアスを客人として帯同していた。

「国賓待遇は面倒臭い」と語っていたが、王家からの使者に「普通の客人として扱うから是非来てほしい」と熱心に口説かれて折れた。


 マチアスの息子夫婦――クロードの両親――も招かれていたが、彼らは固辞した。

 エルフ全てが人間との交流を望んでいたり、今の生活に不満を持っていたりするわけではない。

「今の生活で十分満足しており、今のままでも暮らしていける」と変化を拒む者も一定数いる。

 そして、彼らは今の生活に満足している者達の側に分類された。

 だが、他の者が人間と交流しようとするのを止めるほどではない。

 マチアスを快く送り出した。


 マチアスも本当のところは、ちょっとだけ今のリード王国がどうなっているのか気になっていたらしい。

 いざ出向くとなると、ウキウキした様子だった。

 そんなマチアスを見ながら、アイザックはクロードに声をかける。


「クロードさん、頑張って」


 グッと親指を立てる。

 クロードは言葉で答える代わりに、引きつった笑みを浮かべた。

 孫である自分が、マチアスを上手く抑えなければならないからだ。


 エリアス達に対して「〇〇はつまらん奴だった」など、歴代国王の悪口を言ったりしないようにあらかじめ話してある。

 だが、どこかでポロッと出てしまうかもしれない。

 そのフォロー役をクロードが任されていた。

 彼にしてみれば「昔の大物だから」とマチアスを呼び戻した者を呪いたいだろう。


 アイザックも呪うリストの下位に入っている。

 立場上、マチアスの事を話さないといけないのはわかっているが「爺様がリード王国と関わりがあったという事を、黙っていてくれても良かったじゃないか」と、クロードは八つ当たり気味に恨んでいた。


 王都までの街道はエルフによって整備されており「王都では何事も起こらず、平穏な日々が送れますように」と願うクロードの心中を除いて、非常に穏やかな道程となった。



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 クロードの願いは、すぐに打ち砕かれる。

 国王との面会の後、貴族達が面会の申し込みをしてきたからだ。

 建国の英雄の一人であるノーラン・ウェルロッド。

「彼の有力な協力者と会いたい」というミーハー精神旺盛な者達が面会を申し込み、殺到した。

 付き添うクロードが心労で辛そうだ。

 心を落ち着かせるためか、チョコレート菓子の消費量が心持ち増えていた。


 一方のアイザックは楽になった。

 マチアスに人気が集まっているので、アイザックに面会を申し込まずにそちらに向かう。

 どうやら、その年に有名になった時の人に面会を申し込む貴族が多いようだ。

 お陰で、今年はゆっくりとした時間が過ごせそうだった。


 とはいえ、無為に時間を過ごすつもりはない。

 八歳になり、学院入学まで七年、卒業まで十年しかない。

 それまでに貴族社会で確固たる地位を占めなければならない。

 ゆっくり休んでいる暇などないのだ。


 まずは、手紙でやり取りをしていた祖父と話をする事にした。

 モーガンも久しぶりの孫成分が嬉しいようだった。


「エルフの氷菓子店はどうなりましたか?」


 話題はずっと気になっていた事だ。

 冷蔵庫の無い世界でなら、冷たいアイスなどは人気が出るはず。

 しかも、恰好良い男の子や可愛い女の子の手作り。

 絶対に売れると確信を持っていた。

 しかし、モーガンの表情は渋い。


「それがな「ウェルロッド家ばかりエルフを使うのはいかがなものか?」という声が大きくなってきて、王都での出店は難しそうだ。街道を整備するエルフの魔法を目の当たりにして、自分達にもエルフの力を使わせろという者達が現れ始めた」

「あぁ……、ついに出始めましたか……」


 王都から他の領地に向けての街道整備を行うと決まった時から、ある程度は覚悟していた事だ。


 ――今までは本に残された漠然としたエルフ像だけだったが、実際に魔法の力を見て自分も使いたいと思う。


 そう思うのは自然の事。

 戦争に使わずとも、強力な力を好きなように使いたいと思うのは誰でも思うはずだ。

 お菓子屋などに使うのなら、自分の領地を整備させろと思うのは仕方の無い事だ。

 アイザックだって、好きに命令できるのなら全員駆り出して領内整備に回したいくらいだった。


 中にはウェルロッド侯爵家に張り合って、ただエルフを使いたいというだけの者もいるかもしれない。

 貴族間のパワーバランスが崩れるのを恐れている者もいるだろう。

 だが、今回に限っては見当違いだ。


「ですが、お菓子屋をやらせるのはウェルロッド家のためではなく、エルフのためですよ」


 アイザックも大人しく受け入れるつもりはない。

 この件は「自分が金儲けをする」という目的ではなく、エルフの職場を確保する事がメインだ。


 ――毎日移動する街道整備のような仕事よりも、定住して働ける職場。


 そのために氷菓子を売る店を作るつもりだった。

 もっとも、100%エルフのためではなく、自分の利益になる事でもある。


 ――エルフと人間社会との結びつきを強化する。


 これはアイザックにとっても大きな利益だ。

 友好の懸け橋となり、今もエルフのために頭を悩ませるアイザックの存在は、エルフにとって大きな物となりつつある。

 関係を簡単には絶ち切れないほど交流が進めば、自然とアイザックを守るような言動をしてくれるだろう。

 そうなれば、エルフという数は少ないが強力な後ろ盾を背景に、貴族社会で多少なりとも地位を確立できる。

 確立した地位を使って、さらに勢力を拡大していく事もできるだろう。

 奇しくも、アイザックは初代当主であるノーランと似たような手法を使っていた。


「難癖というやつだ。とりあえず難癖を付けて、こちらから少しでも譲歩を引き出そうというのだろう。だが、エルフの窓口となっているだけではなく、我らだけが力を活用しているのは事実。無視する事は難しいな」

「ブランダー伯爵家の領地の方にもエルフがいると聞いた事があります。そちらのエルフと自分達で交渉しろと言うのはどうでしょうか?」


 アイザックは王国北部に領地を有するブランダー伯爵家の名前を出した。

 せっかく友好的な関係を築けたのだ。

 他の貴族に道具として渡して、嫌われるような事は避けたかった。

 必要ならば、自分達で他のエルフと交渉すればいいと、アイザックは思った。


「お前はまだ幼いからわからんだろうが、自分で何かをやらずに、他人が出した結果にぶら下がって楽をしようとするのが人間というものだ。今交流があるモラーヌ村近辺のエルフを使いたいと要求する方が楽だから、衝突の危険がある新規の交渉をしようとはせんだろう。そういう者達が多数派なのだ」

「……度し難いものですね」


 アイザックは深い溜息を吐く。


「それが人間というものであり、貴族というものだ。お前も大きくなれば、そんな世界で上手くやっていかねばならん。慣れろ」

「……はい」


 彼らの祖先は労を惜しむ事なく、危険にも挑む気概があったのだろう。

 そうでなければ、貴族に任じられる事など無かったはずだ。

 しかし、既得権益による長年のぬるま湯生活が子孫を堕落させた。

 自らの手で作り上げるのではなく、他人が作ったパイを如何にして多く分捕るか。

 最小限の労力で、最大限の利益をむさぼりたいという考えに変化していったのだろう。


 貴族間のパワーバランスを考えてではなく、ただ「分け前をよこせ」という俗物に足を引っ張られるのは、アイザックとしても不本意だ。

 いっそ皆殺しにしてやりたいくらいだが、今そんな事をしようとしてもやられるのは自分だ。

 まだ我慢しなければならないと理解する程度の冷静さは持ち合わせている。

 だが、腹が立つ。


「では『エルフが自主的にウェルロッドで氷菓子屋を開く』事になるかもしれませんが、侯爵家は協力せず、あずかり知らない事ということにしましょう。僕も一切関知しないので、その事を不満に思う人がいれば、エルフに直接言ってもらいましょうか」


 アイザックはニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 あくまでも「エルフが自主的に店を出すだけ」ならば、文句のつけようがない。

 通商協定が結ばれ、リード王国の国内をエルフも他の外国人同様に自由に移動できるようになった。

 店を借りて商売するのも許されている。

 ウェルロッド領内ならば、ランドルフが許可を出せばすぐに店を始める事ができた。


 エルフ達が王国内で旅をしたりしないのは、まだ警戒しているからだ。

「ある程度交流のあるウェルロッド領内で様子見で店を始めた」という理由で出店させればいい。


 では、なぜアイザックが周囲の許可を得てから店を始めようとしたのか。

 それは王都で開店を考えていたからだ。

 王都でエルフの店を営業すれば、当然「一口噛みたい」という者も出てくると思っていた。

 そういう者とは共同で店の経営に携わればいいと考えていた。


 だが、協力の申し出ではなく、エルフをよこせというだけの者にくれてやるものなど何もない。

 今はエルフの王都進出を諦め、あらためて機会が訪れた時に出店する事を選んだ。


「そうは言っても、実際に矢面に立たされるのは私なんだぞ?」


 アイザックの出した答えに、モーガンは苦い顔をする。

 ウェルロッド領内に出店させれば「やはりウェルロッド侯爵家はエルフを独占する気だ」と責められるだろう。

 エルフに関しても「外務大臣なんだから、他の貴族にも協力するように人手を出せと言え」とせっつかれるはずだ。


 ――ウェルロッド侯爵家当主であり、外務大臣でもある。

 

 就任当時、この肩書きがここまで重荷になるとは思ってもみなかった。


「お爺様を頼りにしています」


 モーガンの心中を知ってか知らずか、アイザックは良い笑顔で頼ってくる。

 そんな顔をされては、モーガンとしても断れない。


「……今年はなんとかしよう。だが、来年以降はエルフをもっと雇って働かせろという声が大きくなるだろう。彼らを黙らせる方法を考えるか、お菓子屋で働かせるのをやめて、ウェルロッド侯爵家だけで独占しないという意思を見せねばならない。その事を忘れるなよ」

「ありがとうございます、お爺様!」


 アイザックはモーガンに抱き付く。

 一年の猶予を用意してもらえたのだ。

 今はそれだけでも十分ありがたい。


 来年はメリンダとネイサンを排除する。

 その騒動の余波でエルフの派遣話など吹き飛んでしまうだろう。

 アイザックはドサクサに紛れて、さらに数年の時を稼ぐつもりだった。


 アイザックの魂胆を知らぬモーガンは「これから他の貴族を宥めたりするので大変だな」と思っていた。

 だが、今は可愛い孫を喜ばせる事ができた事を、ただ喜んでいた。

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