第57話 お友達作り

 そろそろウェルロッドに帰ろうかという時期。

 まだ、アイザックはお友達・・・作りに励んでいた。

 王都では暇だったが、お友達作りのお陰で良い暇つぶしができている。


「では、よろしくお願いしますね」

「は、はい……」


 デニスだけではなく、バーナードまで一緒にお友達候補を連れてきてくれている。

 お陰で友達作りがはかどった。

 最近になって急に年上のお友達が増えたので嬉しい限りだ。

 もっとも、家族には知らせていない秘密の友達なので、気付かれないようにするのが大変だった。




 友達と言えば、ルシアの友達も増えた。

 正確には、昔の友達との交流が復活したというところだ。

 ランドルフがメリンダと結婚して以来、ルシアの友人達は距離を置いた。

 友情が壊れたわけではない。

 もちろん、中にはランドルフと結婚した時点で嫉妬していて離れた者もいるかもしれないが、ほとんどの者がメリンダに配慮したのだ。


 これは家の都合によるものが大きい。

 王党派貴族の家の娘であれば、同じ王党派のウィルメンテ侯爵家出身のメリンダに配慮して、ルシアとの交流を避けるように命じられる。

 王党派ではない貴族、特にウェルロッド侯爵家の傘下の貴族は先に長男であるネイサンを生んだメリンダに擦り寄った。

 母親の家柄を考えると「ネイサンが正式な後継者に決め直される」と、後継者としてネイサンが有力視されたのが大きかった。

 そのため、ルシアの実家であるハリファックス子爵家に近い貴族以外はルシアとの交流を避ける状態となっていた。

 だが、それがアイザックのお陰で大きく変わる。


 ――ブラーク商会をやり込めた。

 ――エルフとの交流再開。

 ――子供ながら、王に呼び出される。


 それらの事で「アイザックの才覚の前では、母親の家柄など関係ない」と判断されたのだ。


 ――ジュードから三代後のウェルロッド侯爵家は才能のある者が継ぐべきである。


 三代の法則のお陰で、このような認識が広まっていた。

 子供ながらも、才能の片鱗を見せたアイザックが後継者として有力視され始めたのだ。

 そのお陰で、ルシアとの交流の再開を許す家が出てきた。


 いや、実際は積極的に仲良くなれという指示を出す家も多い。

 現金なものである。

 王党派の家からは、まだキャサリンくらいしか来ていない。

 だが、数年のうちに王党派貴族系列の者も、ルシアに会いに来るようになるだろう。


 アイザックは人間とエルフだけではなく、ルシアの交流まで再開させた。




「これで半分くらいだっけ?」


 アイザックはデニスに声をかける。


「はい。ですが、有力者を優先していますので、実質的な影響力の大半を削ぎ落せたものと思われます」


 ウェルロッド侯爵家傘下の貴族にも、ウィルメンテ侯爵家と関係の深い者がいる。

 そういった一部の者を除いて、アイザックは声をかけていた。

 アイザックにお友達・・・になるように言われた者達は逆らう事ができなくなる。

 皆がアイザックに頼まれるがままに「ネイサン様がふさわしい、アイザックを排除するべきだ」とメリンダに吹き込み始めるようになった。


 今までと変わらないと思われるが、その内容が違う。

 今までは「ネイサン様が当主にふさわしい」という、おべっかだけだった。

 これからは「アイザックを排除しよう」と、過激な内容が含まれるようになる。

 メリンダを暴発させるためだ。

 そのために、ネイサン派からアイザック派に鞍替えさせるのではなく、そのままネイサン派に所属させている。


 彼らがメリンダに打ち明けるとは考えていなかった。

 裏切り筆頭のデニスは、同時にネイサン派内部で反アイザックの筆頭でもあり、メリンダに信頼される人間だ。

 デニスがアイザックにしてやられた事は、オルグレン男爵の軽口によって広まっている。

 アイザックに恨みを持っているはずのデニスの事を「アイザックのスパイだ」と告げ口しても、メリンダには信じてもらえないだろう。

 それどころか「最近、デニスが目立っているから蹴落とそうとしている」と思われかねない。

 メリンダに忠告などできるはずがなかった。


 モーガンやランドルフにも「アイザックがネイサンをハメようとしている」とは密告はできない。

 ハリファックス子爵家周辺以外の多くの貴族がネイサン派だと知られている。

 密告しても「ネイサン派の貴族が目立った成果を上げているアイザックを陥れようとしている」と思われるだけだ。

 当主であるモーガンの顰蹙を買う分、こちらの方が危険だ。

 下手に密告する事などできない。


 何らかの形でアイザックに対応しようにも、ネイサン派の他の貴族は頼りにならない。

 反アイザック筆頭のデニスがアイザックのスパイである以上、誰が裏切っているのかわからないのだ。

 アイザックに友達になるよう言われた者は、相談相手にすら事欠く有り様となっている。

 下手に相談した相手がアイザックに付いており、告げ口でもされたらどうなるかわからない。

 彼らが選べる道は、盲目的にアイザックに従う事しか残されていなかった。


 幸いな事に、オルグレン男爵がアイザックに従う事のメリットを証明している事が彼らの希望となっていた。

 アイザックは恐怖で命令を聞かせるだけではない。

 協力すれば、ちゃんと見返りを与えている。

 鞭ばかりではなく、飴も与えられるという事だ。

 長年ネイサン派として活動していた者でも、アイザックの役に立てば寛大な処置が期待できる。

 それどころか、褒美ももらえるかもしれない。

 明るい未来を期待して、メリンダを裏切った後ろめたい気持ちを塗り潰していた。


「残りは来年になるかぁ……」


 ネイサン派貴族の取り込みは王都の屋敷だからできる事だ。

 ウェルロッドの屋敷は、ルシアとメリンダで別館が用意されている。

 だが、王都の屋敷では世間体を気にして同じ本館に住んでいる。

 部屋は離れているが同じ屋敷内という事で、メリンダに会った帰りの貴族を空いている部屋に連れ込みやすい。

 ウェルロッドに帰れば住む屋敷が違うので、貴族を帰りに呼び止めるのは難しくなる。

 気付かれないよう秘密裏に進めなければならないので、ウェルロッドでは活動が大幅に制限される事になるだろう。


「私なら、ウェルロッドに戻っても他の貴族にも秘密裏に接触できます。お任せください」

「それは必要ない。これは僕がやらないといけない事だからね」


(こいつもウザくなってきたな)


 アイザックは最近、アイザックの一の子分面をしているデニスに不満を持っていた。

 実際に働きでいえば「腹心」と言っても過言ではないが、アイザックは使い捨ての道具としか思っていない。

 分を越えて自分の存在を主張し始めるのが鬱陶しくなってきていた。


(いや、俺の気持ちを察する事ができたから、言ってきたのかもしれないか……)


 そんなアイザックの考えが態度に出ていたのかもしれない。

 嫌っているのは最初からだ。

 だが、良い働きをしていても、その態度が変わる事がなかった。

 デニスはそのせいで不安に思ったのかもしれない。

 だから、貴族を騙して連れてくるだけではなく、自主的に説得を申し出た可能性がある。


 それでも、アイザックにはデニスに貴族の説得を任せるつもりはなかった。

 デニスに説得させれば「アイザック→デニス→貴族」という繋がりになる。

 アイザックと貴族の間に入る事で、自分の立場を補強しようというのだろう。

 それを認めるわけにはいかなかった。

 デニスはメリンダとネイサンを排除する際に、共に排除する予定なのだから。


「そういえば、ブラーク商会って木工品を扱っていたよね」

「はい、色々と取り揃えております」


 本業の話を振られて、どこか嬉しそうだ。

 アイザックに話を変えられただけだというのに。


「ハリファックス子爵家に積み木を何種類か送っておいてよ。赤ちゃんが飲み込んだりしない程度の大きさのやつね」


 ティファニーの弟であるマイクに出産祝いは送ってはいるが、送り届けたのは菓子折りだ。

 そんな物を送っても、マイク本人は食べる事ができない。

 おもちゃを送っておいた方が本人のためだろう。

 今更になって気付いてしまった。


「かしこまりました。……ところで、ティリーヒルの交易所には、いつ頃参加を許されるのでしょうか?」


 本業の話になったところで、デニスは気になっている事を質問した。

 儲けよりも「エルフ相手に商売している」という事実が欲しい。

 それは交易に参入する時期が早ければ早いほど良い。

 できれば、早い段階で許可を出してほしかった。


「早くても兄上達の事が終わってから。だから、二年後くらいからかな」

「そうですか……」


 デニスが露骨に残念そうな顔をする。

 まだまだ働いてもらうつもりなので、アイザックはフォローする事にした。


「今のところは、三商会以外の参入を認めるつもりはないよ。混乱するからね。木工品とかなら、二年後でも十分に勝負ができるはずだから、心配しなくてもいいと思うな」

「そうですね……。あれらの商会が取り扱っている商品以外なら、二年後でも勝てるでしょう」


 二年の間にどこかの商会が木工品を取り扱ったりするかもしれない。

 だが、専門分野と違う商品を取り扱っても、専門店に簡単には勝てない。

 何なら、どこかの商会に安く商品を卸してやってもいい。

 ブラーク商会の商品に慣れ親しんでもらっておく。

 それによって、二年後に出店した際に抵抗なく受け入れてもらえるだろう。

 デニスは無理に頼み込むよりも、現状を受け入れてやれる事を考えていた。


「これだけ協力してくれているんだから、ブラーク商会・・・・・・を無下にはしないよ」

「ありがとうございます」


 デニスは残念そうな顔から、普段通りの顔に戻った。

 その様子を見て、アイザックは満足そうな笑みを浮かべる。

 やる気を出してくれる分にはいい。


(そう、あと二年の我慢だ)


 ネイサンも、メリンダも、そしてデニスも。

 そこから先は、ランドルフの後を任される唯一の後継者として立場は安泰。

 国盗りに集中できるようになる。

 いつまでも小物の相手をしている事などできないのだ。


(待っていろよ、パメラ。アホな王子から俺が救ってやる)


 ニコルが王子を攻略する場合、パメラだけは他のキャラと違って全て処刑ルートに入ってしまう。

 パメラを救い出して、国を奪う。

 ついでに、婚約者を奪われる他の美女を側室にでもできれば最高だ。


 アイザックは生まれ変わってから、自分の性格が変わっている事に気付いていない。

 前世ならば、パメラ一筋だったはずだ。

 そして何よりも、後継者争いのライバルとはいえ、兄を陥れる事に罪悪感を覚えないような人間ではなかった。

 ごく普通の青年だったからだ。

 アイザック自身、前世とは性格が変わってきているという事に気付いていない。


 実は前世から生まれ持っていた資質なのか。

 それとも、このアイザック・ウェルロッドという体に組み込まれた資質なのかはわからない。


 もし、前世から持っていた資質であれば、平和な時代に生まれて能力が発揮できなかっただけ。

 アイザックの体に組み込まれたウェルロッド侯爵家の遺伝子の影響が大きいのならば、元の魂が体に引きずられている。

 もしかすると、その両方が重なって今のようになっているのかもしれない。

 アイザックが自身の変化に気付く日は来るのだろうか。

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