第20話 リサの十歳式
12月24日。
この日は「協定記念日」と呼ばれている12月25日の前夜祭が行われる。
12月25日は、二百年前にリーベル大陸全土で起こった種族間戦争の終戦記念日である。
前日の夜からパーティーが行われ、種族間の戦争を忘れぬように祝うと同時に一年の終わりをねぎらう忘年会の日だ。
祝い酒が大いに振る舞われるので、基本的に大人のパーティーとなる。
参加するのも十五歳以上に限定された。
(とはいえ、酒が飲めるのは二十歳以上からなんだよなぁ。変なところでゲーム業界のレーティング守りやがって……)
十八、十九で結婚する者もいるというのに、お酒は二十歳からという設定に違和感を覚える。
だが、これも原作のゲームが一般向けという事を考えれば仕方がない。
元々がメインシナリオライターの設定がおかしいと言われるくらいだ。
世界観とそぐわない設定であっても、飲酒に関して厳しいのは気にされなかったのだろう。
お酒の出る大人向けのパーティー。
となれば、当然子供のアイザックに出番はない。
家族は王宮でパーティーに参加するために出かけていった。
王宮に行く事のできない爵位を持たない・継げない者――次男・次女以降の子供達――の独身者は、相手を求めて大貴族主催の婚活パーティーに参加する。
家庭のある者は毎年交代で家族と過ごしたり、婚活パーティーの運営を手伝ったりしている。
そんな状態なので、子供は蚊帳の外に置かれる。
さすがにほったらかしにはされないが、夕食後は「ガキはさっさと寝ろ」という空気を醸し出される。
大人が楽しそうにしている――伴侶を必死に探す独身者は除く――のに、子供だけのけ者というのはアイザックも寂しく感じていた。
(こういうもんだとはいえ、よその子供はよく大人しくしていられるな)
おそらく、ベビーシッターのような者を雇っているのだろうが、親がパーティーに行くのに自分は留守番というのによく耐えられるなと、アイザックは思った。
前世の記憶があるアイザックですら、祖父母と両親が出掛けて寂しく感じている。
本物の子供に耐えられるのかと思う。
もちろん、アイザックは大人だけが集まるパーティーの必要性を認めている。
子供の前ではできない話ができるし、場合によっては子供には見せられない姿を晒す事もできる。
議会のない王国において、パーティー会場は様々な爵位の者が集まって行政について語り合える場となっている。
国王や大臣だけではカバーできない細かい部分の調整などを行うらしい。
その場に出席できないこの身がもどかしい。
そして、何よりも寂しいと思わされるのは友達関係だ。
ネイサンが寂しくないように、ネイサンの部屋には友達が泊まりに来ているが、アイザックは一人だ。
これは「幼いとはいえ、男女を同じ部屋で泊まらせるような事はできない」という、異議の唱えようがない正当な理由によるものだった。
別の部屋に泊まらせればいいのにと思ったが、女にがっついてると思われるのが恥ずかしくて言えなかった。
アイザックの男友達はダミアンだけだが、まだ二度会っただけ。
しかも、ウォリック侯爵家の傘下なので、アイザックのために泊まりに来るような事はない。
ウォリック侯爵家は、メリンダの実家であるウィルメンテ侯爵家と志を同じくする盟友。
友人であるルシアとキャサリンの交流は許されているが「ダミアンがアイザックの友達になる事のないように」と圧力がかかっていると、二度目の来訪時に語っていた。
メリンダの手が、ウォリック侯爵家傘下のフォスベリー家にまで伸びていたのだ。
嫌がらせも、ここまで来ればたいしたものだ。
地味だが、じわじわと効いていると言わざるを得ない。
その分、アイザックの怒りもじわじわと溜まっていっている。
(来年は動きがある年でありますように……)
アイザックが何かを行うには、まだ幼過ぎる。
自発的に何かをしようにも、両親の許可が下りない。
――動く事が許されるきっかけが欲しい。
アイザックにしてみれば、12月24日はクリスマスイブ。
寝る前に“権力を握るきっかけが欲しい”とサンタクロースに願いながら眠りについた。
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1月1日。
新年を迎えるにあたり、特別な感慨はなかった。
大晦日の年越しそばも無ければ、お年玉もない。
せいぜいが教会に「良い年でありますように」と祈りに行くだけ。
大人になってからの正月のように、特にイベントといった気分のものではない。
(いや、正月に飲みに来る客の相手をしなくていいだけマシか……)
居酒屋チェーン店に正月休みなどない。
むしろ、書き入れ時なので死ぬほど忙しかった。
こうしてゆっくりできるだけずっと良い。
だが、祖父母や両親はそうはいかない。
新年の挨拶に訪れる貴族達の相手をしなくてはならないからだ。
年末年始の挨拶には、ルシアやメリンダもウンザリした顔を見せずに対応していた。
そういう貴族としての義務を嫌な顔をせずに果たせるところはアイザックも感心している。
新年会が行われるこの日は、忘年会を兼ねた協定記念日とは違うところがある。
子供が主役だというところだ。
その理由は、十歳になった子供達を祝うという事だった。
幼い子供は病気や事故で死んでしまう可能性が高い。
そのため、十歳になった子供は「ウチの子は無事に育ちました」とお披露目される。
そして、新年と共に皆で祝う。
忘年会では、その年にあった嫌な事を忘れようと大人達は酒を飲んでいた。
しかし、新年会では酒は控えめとなっている。
主役である子供達に配慮してだ。
アイザックはこの新年会で、ようやくパーティーに出席する事ができる予定だ。
基本的に十歳未満の子供はパーティーに出席しないが、身内が十歳になった時は特別扱いで出席する事ができる。
乳兄弟である、リサが十歳になったからだ。
とはいえ、それはウェルロッド家で行われるパーティーの事。
王宮で行われる式典には、まだ出られない。
そのため、王宮に向かう前に挨拶に来たリサを送り出す事しかできなかった。
屋敷の前で、馬車から降りたリサとアイザックが話している。
その隣では、ルシアがアデラとその夫であるオリバーと話していた。
「おめでとう、リサお姉ちゃん」
「ありがとう」
リサは嬉しそうに礼を言った。
この世界は娯楽が少ない。
テレビやラジオもなく、コンサートなどもたまにオペラのようなものがあるくらいだ。
数少ないイベントの中で、自分が主役の一人として参加できることを、リサは心から喜んでいた。
だが、不満な点もあるので、微妙なところだ。
「ドレスも似合ってるよ」
「えっ、そう?」
リサは少し戸惑いながら答える。
彼女は薄い緑色のドレスが気に入ってなかった。
女の子らしい赤やピンクのドレスを着たかったが、そういった色はもっと上の爵位の家の娘が着る事になる。
パーティーで目立たせるためだ。
アイザックの乳兄弟とはいえ、男爵家の娘であるリサは地味な色を選ぶしかなかった。
その事に不満が残っていたから、褒められて嬉しい事は嬉しいが、少し複雑な思いもあった。
アイザックもアデラからその話を聞いていた。
だから、不満を感じたまま式に出席するよりも、少しでも気分良く送り出してやろうと考えている。
「ほら、こうするとよくわかるよ」
アイザックはリサの髪を少し摘まむと、前面に持ってくる。
「赤紫の髪が薄い緑色のドレスのお陰で映えるよ。あくまでもドレスは脇役で、主役はリサお姉ちゃんなんだから、お姉ちゃんの魅力を際立たせる良いドレスだと思うな」
アデラもアデラなりに考えていたのだろう。
地味な色を選ばないといけないなりに、娘が少しでも目立てるように気を使っていた。
自分が主役で、ドレスは脇役。
そう言われてみると、リサも悪い気はしない。
確かに赤のドレスだったら、髪の色が目立たなくなってしまう。
自分自身ではなく、ドレスが主役になるだろう。
「うーん、そうね。そう言われてみれば、そんな感じも……」
リサの機嫌が少し和らぐ。
アデラは「似合ってる」と言っていたが、リサには「男爵家の娘だから、この色のドレスで我慢しろ」と言っているように感じていた。
だから、ドレスに不満を感じていたのだ。
ちゃんと似合っているという理由がわかれば悪い気はしない。
「派手な色で目立とうとするより、ちゃんと自分に合った色を選べるのって凄いよ」
リサは“選べなかったんだけどなぁ”と思ったが、褒めてくれているのに否定するのも悪い気がした。
「うん、ありがとう」
「母がこの色を適当に選んだわけではない」と教えてくれたお礼を籠めて、含むところのない満面の笑みでアイザックに答えた。
少し照れくさい。
だが、良い気分だ。
「アイザック様。そろそろ式典に向かう時間ですので行って参ります」
今までルシアと話していたオリバーが言った。
「遅れたら大変だもんね。いってらっしゃい。どんな感じだったか、帰ったら聞かせてね」
「うん、行ってくる」
まずリサが手を振りながら馬車に乗り込む。
次にアデラが乗り込むが、その際にアイザックに目礼を送る。
リサの機嫌を直してくれた感謝だろう。
アイザックも目礼で返す。
最後にオリバーが、ルシアとアイザックに深いお辞儀をしてから馬車に乗り込んだ。
彼らの馬車が敷地を出るまで手を振りながら見送った。
(俺が大人になったら、年末年始のこの流れを主催するのか……。たまんねぇな)
三月には王立学院の卒業式、四月には入学式もある。
その他、官僚の異動なども三月付近にある。
ゲームでは攻略イベントくらいだったが、あれはニコルが男爵家の娘だったのと、ゲームだったからよけいなイベントがなかっただけ。
侯爵家の息子としてこの世界に生まれ変わってみると、下級貴族の方が楽で良かったのではないかと思う時がある。
そんな事を考えながら見送るアイザックにルシアが声をかける。
「ねぇ、アイザック。髪の色がドレスに映えるとか、リサが主役とかよく思いついたわね。リサの機嫌も直って良かったわ。ありがとう」
「本当の事ですから」
アイザックはニッと笑い、笑顔をルシアに見せる。
(若い子は本人が主役っていうのは本当だからね)
アイザックは高校生くらいの女の子がけばけばしい化粧をするのに反対だった。
酷い場合は、小学生でどぎつい化粧をしている場合もある。
――若さこそが最高の彩り。
――派手な化粧をしたり、宝石で着飾るのは美しさに自信が無くなり始めた年頃からすればいい。
それが彼の持論だった。
まだ十歳になったばかりのリサの可愛さが、ドレスの色程度で霞む事はないと思っていた。
――リサが可愛いのは当然。
自然にそう言えるのは良い事だと思うが、同時にルシアには心配事でもある。
(優しいのは良いけれど、時には優しさが残酷な結果を招くのよ)
アイザックにそう言おうとして、ルシアはやめる。
賢い子とはいえ、まだ子供だ。
もう少し大きくなってから、言うべきだと考え直したからだ。
ランドルフが学生時代に、数多くの女の子に優しい対応をした。
そのせいで、自分に気があると勘違いしてしまった子も多い。
ランドルフは「愛している」と一言も言っていないのにだ。
お陰で、前もって「愛している。政略結婚する事になっても、ずっと傍にいてほしい」と言われていたルシアは、そんな子達を見るのが心苦しかった。
――今のままでは、きっとアイザックも知らぬうちに多くの子を勘違いさせてしまう。
ルシアはアイザックが十歳になる頃には、ちゃんと教えておいてあげようと思った。
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