第10話 お留守番

 たとえ王都に行かなくても、残った者達で新年のパーティーは行う。

 今回はウェルロッド家を代表して、ルシアが一段高い壇上で年始の挨拶をする。

 その横にはアイザックも立っていた。


「新年おめでとうございます。料理なども色々と用意しておりますので、楽しんでいっていただければと思います。新しい年も、皆さんにとっても素晴しい年でありますよう祈念いたしまして、乾杯!」


 ルシアに合わせて、出席者が乾杯の唱和を行なう。

 メリンダ派が優勢とはいえ、新年の挨拶にケチをつけるほどではない。

 みんなが普通の反応を返した。

 ホッとした表情でルシアはアイザックと共に壇上から降りる。

 そこでアイザックは声を掛けた。


「お母様、お疲れ様でした」

「ありがとう。やっぱり、人前で話をするのは緊張するわ」


 ルシアは手に持っていたシャンパンのグラスをグイっと飲み干すと、メイドの持っているトレイに置いた。

 彼女は大人しい性格で、人を引っ張っていくようなタイプではない。

 慣れぬ人前での挨拶で緊張していた。

 こういう時は「メリンダのように堂々とした態度を取れる人が羨ましい」と思っていた。


「あなたはこの子の母親なんだから、慣れておいた方が良いわよ」


 ルシアの義姉であるカレンが声を掛けた。


「あら、なんでかしら?」

「もう少し大きくなれば、アイザックはもっと注目を浴びるようになるわ。母親のあなたもね」


 メリンダのネイサン推しが強いが、本来は当主になるべき存在。

 しかも、アイザックの知能はすでに四歳のものではない。

 来年は王都で注目を浴びる事は疑いようがなかった。

 そうなれば、母親であるルシアも注目の的になるだろう。

 カレンは義妹を意地悪くクスクスと笑った。


「もう、義姉さんのイジワル」


 ルシアはそう言うが、顔は笑っている。

 元々仲は良かったが、子育てを通じてさらに仲が深まった。

 ある意味、実兄のアンディよりもカレンと仲が良いかもしれない。


「アイザックもお疲れ様。挨拶は終わったから、子供部屋で遊んでらっしゃい」

「挨拶回りに付いていかなくても良いんですか?」


 アイザックとしては不満だった。

 せっかくの領に残っている者達との顔合わせのチャンス。

 逃すのはもったいないと思っていた。


「大丈夫よ。それにほら。今はネイサンが居ないのよ。男の子のお友達を作ってきなさい」


 ルシアは優しくアイザックの髪を撫でる。

 五歳以上の子供は王都へ行ったが、まだ四歳以下の子供はこちらに残っている。

 ネイサンの取り巻きとなっている、アイザックと同い年の男の子達もだ。


 継承権争いが優位と見られるネイサンに媚びを売りたい親の思惑や、ルシアを嫌うメリンダの圧力によって、アイザックには同い年で同性の友達がいない。

 多少年が違っても、親が自分の子供にネイサンの友達になるように仕向けるからだ。

 将来の当主の側近になる事ができれば出世といえる。


 ちなみに娘をネイサンに近づけないのは、どうせ妻にはなれないからだ。

 ランドルフとルシアの結婚が異例中の異例。

 ウェルロッド侯爵家とウィルメンテ侯爵家の血を引くネイサンならば、同格の家から妻を娶る事は想像に難くない。

 それならば、万が一の保険としてアイザックの相手をさせている方がマシだと思われていた。


 メリンダにとって、アイザックは目の上のたんこぶ。

 婿養子として引き受けてやって、恩を売ることができるかもしれないし、ウェルロッド家の血を獲得する事もできる。

 無理にネイサンに娘をあてがうよりも、無難な結果を残せそうだと思われていた。


 アイザックに女の友達ばかりなのは、そのような理由からだ。

 だが、ルシアは後継者争いで支持してくれる友達を作れと言っているわけではない。

 純粋にアイザックが同性の友達を作れない事を心配していた。


「わかりました。それでは行ってきます」


 正直なところ、ティファニーやリサといった女の子と共に過ごすのは楽しい。

 たとえロリコンと後ろ指を指されようとも「可愛い女の子に囲まれるのは幸せだ」と感じている。

 だが、馬鹿な事を言い合える男友達が欲しいと思う事もある。

 アイザックも、母の気遣いを無駄にしようとは思わなかった。



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(なんだ、ここは……)


 大人達がゆっくりと宴を楽しめるように設けられた子供部屋託児所

 そこはまるで戦場だった。


 気の触れたように甲高い声で笑い声を上げる子供。

 親と離れて寂しいのか、泣き声を上げる子供。

 何らかの理由で喧嘩をする子供。


 そして、その子供達の間を使用人達が衛生兵のごとく走り回る。

 見知らぬ顔もあるので、侯爵家の使用人だけではなく、手伝いに来ている者も混じっているのだろう。

 アイザックとして生まれ変わってからは、ティファニーのような大人しい子としか接点がなかった。

 子供らしい子供を大勢見て、アイザックは頭痛を感じていた。


「アイザックー」


 ティファニーが部屋に入ってきたアイザックを発見し、手を振ってきた。

 他にも何人かの女の子と一緒にいる。

 まずアイザックはそちらへ向かう。


「やぁ、みんな。新年おめでとう」

「おめでとう」


 挨拶を交わし、アイザックはみんなを見る。


「いつも可愛いけど、おめかしするといつもと違った可愛さがあるね」

「本当? ありがとう」

「お父さんがこの髪飾り買ってくれたの」


 彼女達はアイザックの言葉で自分の服装の気に入っているところをアピールし始める。

 普段着ないパーティー用の服の事を話したかったのだろう。


(うんうん、微笑ましいもんだ)


 アイザックは前世で女の子相手に本気で「可愛いね」なんて言った事がない。

 いや、恥ずかしくて言えなかった。


 だが、今世は違う。

 前世の年齢を考えれば、彼女達は親戚の子供のような存在だ。

 親戚の子に「可愛い」というくらいなら、前世でもできた。

 今回はその延長線上に過ぎない。

 いつか本気で言う日が来た場合、アイザックには言えるかどうか……。


「あいつ、本当は女なんじゃないか? いっつも女とばっかり遊んでるし」


 そんな声が背後から聞こえてきた。

 アイザックが振り向くと、そこにはネイサンの取り巻きである五人の男の子達がいた。

 彼らもアイザックと同じ四歳。

 本来ならば、アイザックの友達となっていてもおかしくない年齢だ。

 しかし、友達になれそうとは言い難い、馬鹿にするような表情をしていた。


(そういえば、子供の頃って女と遊ぶ奴は女々しいとかなんとか、そういう感情あったよな)


 これは彼らが悪いのではない。

 そういう風潮に流される、人間という種族の習性が悪いのだ。


(けど、減点1な)


 アイザックは暴言を吐いた子供に減点を与える。

 子供だから多少の事は仕方がない。

 アイザックだって精神的には、一応は大人。

 だから、子供のやる事や言う事は大目に見てやるつもりだ。


 だが、度を過ぎれば別。

 一定以上減点された者は、将来の粛清対象にする予定だ。

 妙なところで器の小さい男である。


「それじゃあ、一緒に遊ぼうよ。いつも兄上とどんな遊びをしてるの?」


 だが、大きいところも見せる。

 男の子が言った事に腹を立てるのではなく、一緒に遊ぼうと受け入れようとした。

 子供相手に目くじらを立てるのは大人気ないという、精一杯の見栄でもあった。


「ネイサン様とは鬼ごっこやったり、決闘ゴッコをしたりしているんだ。女とばっかり遊んでいるお前にはできないだろう?」


 無駄に偉そうだ。

 親が「ネイサンは偉い。大人しく従え」とか教育しているのだろう。

 

 そのせいで――


「ネイサンは偉い=アイザックは偉くない」

「ネイサンの友達の自分も偉い=アイザックよりも偉い」


 ――というような答えを導き出したのだろう。


 子供らしい浅はかな考えだ。

 たとえ継承権をネイサンに譲ったとしても、侯爵家の子であるアイザックが彼らに劣るはずがない。

 ランドルフなら軽く注意して終わるだろうが、モーガンに知られれば親は厳しく叱責されるはずだ。

 もっとも、アイザックに告げ口をするつもりはなかった。

 そんな事をするくらいなら「将来、自力で叩き潰してやる」というモチベーションにする方が良い。


「そうだね。女の子にはあんまり乱暴な事はできないから。兄上もいないし、一緒に遊ぼうよ」

「ネイサン様に知られたら嫌われちゃうから嫌だ」

「それに女と遊ぶような奴とは遊べないよ」


 ネイサンに嫌われるという理由は理解できたが、女と遊ぶ奴とは遊べないという理由にアイザックは思うところがあった。


(お前ら、あと十年もすれば女の顔色を窺うようになるっていうのに……)


 幼い頃は男女別々で遊んでいても、思春期になれば女の子の事が気になり始める。

 その時になってから「小さい時から女の子と仲良くしておけば良かった」と後悔しても遅いのだ。


 ――幼馴染との甘酸っぱい恋愛イベント。


 そんなイベントフラグを叩き折っている事に気付いていない。

 しかし、それを教えてやろうにも、相手は本物の子供。

 イベントフラグの重要性を教えてやっても、きっと理解できないだろう。

 他人事ながら非常にもったいない。


「そっかー、残念だ。それじゃあ、兄上が良いよって言ったらよろしくね。代わりにさ、親と離れて泣いている子の話し相手になってあげてよ。一人でいるより、誰か一緒の方が良いだろうから。喧嘩やいじめはなしでね。兄上の友達なら、それくらい簡単だよね」


 アイザックは友達ができない事に挫けなかった。

 それよりは、上手く利用して今の状況を変える事を選んだ。


「と、当然だろ。行こうぜ」


「ネイサンの友達なら簡単だろ」と言われてしまっては、それしか拠り所のない子供にはなかなか言い返せない。

 逃げるように去っていった。


「アイザック、大丈夫?」


 ティファニーがアイザックに声を掛けた。

 男友達と女友達。

 その違いがあるというのは、なんとなく理解できる。

 アイザックが寂しいのではないかと心配したのだ。


「大丈夫だよ。それよりもさ、僕達も小さい子と遊んだりしてあげようよ。新しい友達ができるかもしれないしね」


 去年のアイザックは別の部屋でティファニー達と過ごしていたので知らなかったが、三歳以下の子供もこの部屋に連れてこられているようだ。

 なので、使用人に任せるばかりではなく、年の近い自分達が話しかけてやる事で少しでも落ち着かせてやろうと思ったのだ。


「うん、そうだね。私達が一番お姉さんだもん」


 年上の子供はみんな王都へ行っている。

 四歳の自分達がしっかりしないといけないと、ティファニーや他の子も思ってくれたようだ。

 子供がお姉さんぶる姿に、微笑ましいものを感じた。

 そして、ティファニーを見ていたら一つの疑問が生じる。


(幼馴染との甘酸っぱい恋愛イベント。俺にあるとしたら多分ティファニーだろうな。……彼女には婚約者ができるはずだ。なのに、そんなイベントが起きるのか? それとも、俺が婚約者になったりするのか?)


 公式サイトには「アイザック・ウェルロッド」などというキャラはいなかった。


 ――自分が存在する事で、周囲にどのような影響を与える事になるのか。


 今まで考えなかった事だ。

 しかし、一度疑問に感じてしまったら、その事は頭からなかなか離れてくれそうになかった。

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