GWにショッピングセンターにて ③

 身体が止められたかと思えば、次の瞬間には母さんと父さんも動き出した。

 周りの人たちもそうである。すぐに硬直が解除されたのは良かった。僕は立ちっぱなしで動かないでいるなんて難しかったから。




 ふぅと安堵の息を吐いたわけなのだけど……、左右の母さんと父さんの様子がおかしい。ボトッと荷物を床へと落とす。

 そして虚ろなままに歩き始めた。






 うわ、これ、明らかにおかしい事態になっている。母さんと父さんがまるで操り人形のように動き始める。

 これ、どういう状況なのだろうか。ただの常識改変とは違い、周りの人が操られているというか。ただそれにしても普通に動いている人もいて、いまいち分からない。




 人によっては、明らかに挙動不審な操られ方をしているけれど、人によっては無意識のうちに操られているとかそういう感じなのだろうか。

 でもそれはそれで怖いよな。

 気づかないうちに操られていて、その操った者の意のままにされている。




 そういうのは恐ろしい事だと思う。

 僕は、母さんと父さんの真似をしながら動いている。どちらにせよ、こういう事態になった場合、僕が何か出来ることはない。

 僕はこの状態を打破する方法も持たないし、そもそも左右の母さんと父さんが操られているのに僕が操られていなかったらおかしいし。






 そういうわけで歩き出した母さんと父さんについていった。ちなみに周りを見れば同じようにどこかに向かっている人たちもいる。





 あれだな、なんだか意識のないゾンビたちが目的地に向かってぞろぞろと歩いているようなそういうのに見える。

 というか、何で僕、こうしてただ買い物に来ただけでこういう謎の行進巻き込まれているんだろうか。






 そして向かった先には、ショッピングセンターの開けたエリアである。

 そこの中心部にいたのは、先ほど見かけた踊っている人たちを見ながらケタケタと笑っていた存在である。






 近づいてみるとその女性がこの世のものとは思えない見た目をしているのが良く分かった。

 ただただ美しいだけではなくて、今まで見たことがないような雰囲気というか、何処にいても違和感しかないというか。……それなのに常識改変でも効いているのか、全く周りがその人を気にしていないのが不思議で仕方ない。

 というか、なんかこの人、本持ってるんだけど。さっき僕が行った本屋で買ったんだろうか……いや、もしかしたらそのまま持ってきたのかもしれない。目の前にいるこの真っ白な髪の人が、買い物をするのが想像出来ない。






 しかも何で読んでいるのBL?? でもよく見れば周りに違う漫画も散乱している。というか、カバーに包まれたままだし、やっぱり手当たり次第に持ってきた感じか??








「ふぅむ。この世界の女子はこういうのに興味があるのかぁ」






 ……そしてその辺にいた男性陣でBLを実践させてるんだけど。しかも呟いている言葉は、いかにも興味津々って感じ。

 興味本位で目の前の光景を生み出している感じなのか? それにしてもやっぱりこの子、杉山たちと同じで異世界から来たってことか。




 これだけの人を操る行為を、目の前のたった一人だけでやっているのだろうか。そう考えると目の前の存在が恐ろしいと思う。

 ……っていうか、この目の前の子が、女神様の言っていたあの子なのだろうか? このままどうにか乗り切れたらいいなぁと思っていた。






 ……のだけれども、何だか目の前の光景を見ていると、僕、このままこの目の前の子の望むままに行動出来る自信がない。BLとか無理だしなぁ。

 というか、母さん達は漫画の中の恋人たちのポーズみたいなのをやらされているし。何だか両親のそういうシーンを見せられているだけでも僕は何とも言えない気持ちになってしまう。しばらく母さんと父さんを見ていると気まずい気持ちになってしまうかもしれない。







 途中からその女性も混ざって、一緒にポーズをとっているその女の子は、楽しそうにケタケタ笑ったかと思えば、つまらなさそうな顔をする。……もしかしたらこの目の前の子は、こういう風にこの場をかき乱しているけれど心から楽しんではいないのかもしれない、などと会話を交わしたこともないのに思った。








 ――そんなことを考えているとその子が僕の前へとやってきた。










「――じゃあ、貴方と貴方で、これやってみて」






 ……そう言って言われたのは、幸いな事にBL的なものではなかった。そのことに僕はほっとする。だけれど、それは変な組体操みたいな、男性の上に僕が無理やり立つみたいな……そういう難しいやつ。というか、普通に考えてこんなショッピングセンターにやってきている人たちって、そういう組体操の心得とかないだろう。

 なのに、平然と寝転がって足の上に僕を乗せようとして……いやいやいや、無理だって。僕はインドア派だよ!! 運動なんて大嫌いなんだよ。なんて思いながらも、僕はこのまま女神も杉山にも一目置かれている存在に目を付けられるわけにもいかないと一生懸命、やってみようとする。






 でも、普通に無理だった。






 思わず落ちて声をあげた僕を見て、その子は目を見開いた。

 そして僕の方に近づいて、「むぅー?」とまじまじとこちらを見ている。






「貴方……」




 その子が何か言おうとした時、大きな音がした。






 ガラスが割れるような音。その音と同時に大きな猫の姿をしたような魔物が入ってきた。






 なんとか悲鳴を出せないように我慢する。

 まだ、大丈夫のはず! 僕が平常心を保っていると勘違いしてくれるはず! と何度も何度も心の中で言い聞かせる。






 その間に、目の前の女の子は怯えるわけでもなく、平然とした様子でその魔物を蹴りつけた。

 そうすれば、一瞬で、その命は奪われた。ショッピングセンターの壁にめり込まれた魔物に、恐怖心しか感じられない。




 ……というか、僕が見かけたあの不自然な破壊跡ってこの子かなぁ。なんて現実逃避しながらそんなことを考えていた。






 魔物の命を簡単に倒した彼女は、また僕の方に近づいてきた。

 僕のことなんて気にも留めないでいてくれたらよかったのに!!






 そしてぺたぺたと僕の顔を触って、身体を触る。






「むー?」




 なんとか平常心を保とうとしているけれど、正直こんな状況で声をあげずにいる僕を褒めてほしい。

 こんな綺麗な子に顔を近づけられれば、挙動不審にぐらいなるし、どうしたらいいのかも分からない。






 そう思っていたら、「飛んで。天井に頭ぶつけるぐらい」という無茶ぶりをその子がかましてきた。

 いや、無理!! なんなの、この自分の命令を皆が訊くのは当然みたいな態度は……。いや、というかさっきも思ったけれど、組体操とか普通出来なさそうな人が普通にそれが出来てたってことは、この目の前の女の子の命令は絶対で、それを無理やり出来るようになるとか……?






 いやいやいや、無理! じーっとこっちを見る女の子。






「飛んで。お願い。この漫画みたいにめり込ませてね!」





 良い笑顔でなんてことを言うんだ。しかも天井を突き破るリアクションの漫画を見たせいかよ! 普段から漫画を楽しんでいる僕だけど、流石に自分でそのリアクションは出来ない!!








 ああ、もう無理!!






「ご、ごめんなさい!! 無理です!! 僕は普通の人間だから、君たちに関わる事もする気はないし、君たちの邪魔なんてしないから見逃してください!! お願いします!!」






 もうどうしようもない。そう思った僕はその場で土下座した。

 このままこの子の遊びに付き合っていたら幾ら命があったとしても足りない気がする。こういう無茶な命令をされているのが、常識改変がきいている僕以外だったら僕はスルー出来たかもしれないけれど……流石にこの状況で気づかないふりは、杉山たちが来てからスルー能力を鍛えられていた僕にも無理だった。






 ああ、さようなら、僕の平和な平凡ライフ!




 なんて思いながら床を見ていたら、目の前にいた彼女がかがんだのが気配で分かった。

 そして恐る恐るとでもいうような手つきで僕に触れる。

 そのまま戸惑う僕を立たせる。






「私の目を見て」




 目を見つめるように言われる。真っ赤な目。その子の顔には戸惑いが見られた。

 どうして戸惑っているのか、そんな恐る恐るなのか、僕には分からない。






「いい? 貴方はこのまま飛べるの。天井に頭を突き刺せるの。私のお願いだから、できるよね?」




 真っ直ぐに、何か不思議な力を持つような赤目がじっとこちらを見つめる。








「ごめんなさい!! 無理です!!」




 だけど期待に応えることは普通の僕には無理だった。

 それを聞いた彼女は驚いた顔をした。





「本当に? 本当に出来ないの?」

「無理です……許してください」

「……私の言葉、聞けないんだ。そっかぁあ」




 その声に終わったなという気持ちになった。けれど、妙に彼女の声は楽しそうだった。弾んだ声で、僕の頬に手を伸ばす。

 そしてそのまま、唇を奪われた。






「はっ!? ななな、なにしているんですか!?」

「ふぅん。キスしても、普通に自分の言葉話せるんだ。そっかぁ」






 僕は驚いた。

 あまりにも――目の前の少女が嬉しそうに笑うから。満面の笑みをこぼして、僕のことを見ているから。



 嬉しそうに、楽しそうに笑っている彼女。






 そんな彼女を見ながら、僕は色々ありすぎたせいだろうか、頭がくらくらしていた。

 そして気づけば、僕はそのまま意識を手放してしまった。






「ふふふ。みーつけた。私のダーリン」





 ……意識を失う直前に聞こえてきた、そんな言葉はきっと幻聴だったと思いたい。



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