薄井君は気づいているけど、気づかないふりをする。~高校三年生に上がったはずが、二度目の高校二年生を過ごしている件~
池中 織奈
はじまりの日 ①
ピピピピピ。
目覚ましの音が鳴る。
それを僕――薄井博人(うすいひろと)は布団から手を出して止める。
まだ、正直言って眠たい。
今日から春休みが終わり、高校三年生が始まる。
気づけば高校三年生。これから大学受験を迎えると思うと、少しだけ気分が重い。
視力の悪い僕は眼鏡をかけている。枕元に置いていた眼鏡を手に取り、つける。まだ意識ははっきりしていない。
なんとかベッドから降りて、部屋を見渡す。
壁にかけられた、家電屋さんからもらった壁掛けカレンダーが視界に映る。
……何で去年の年なのだろうか。ふと目に留まって、そんなことを思った。僕がスマホのカレンダーをあてにして、部屋にあるカレンダーをあまり気にしないにしても、四月になるまで去年のカレンダーをかけていることに気づかないなんてことはあるのだろうか? あったら僕は相当ぼけていると思う。
そう考えながら充電していたスマホを引っ張って、日付を見る。……これも去年。僕が寝ぼけているのだろうか? うん、寝ぼけているんだな。
そんな風に僕は一人で結論付けて、母さんと父さんのいる一階に下りることにした。
僕の家は、母親、父親、僕という至極一般的な家庭である。幸いにも父親の稼ぎだけで一家三人暮らしていけるだけのゆとりはある。そういうわけで母さんは専業主婦として家事を一生懸命やってくれている。
「おはよう。母さん、父さん」
「おはよう。博人」
「おはよう」
おはようと挨拶をすれば、母さんと父さんが返事を返してくれる。
僕がまだ寝ぼけていることが分かっているのだろう。母さんから「顔を洗って目を覚ましてきなさい」と言われ、リビングの隣にある洗面所に向かった。そして顔を洗う。
顔を洗うとすっきりした。
そしてまじまじと鏡を見て、少し違和感があった。……僕はついこの前、春休み中に髪を切りに行きなさいと母さんに言われて、なじみの理髪店に切りにいったばかりである。
だというのに、何だか髪が長い。……意味が分からない。
よく分からないまま僕はパジャマのままリビングに向かい、母さんの用意してくれた朝食を食べる。
今日はお弁当も作ってくれているらしい。僕の通う高校では、学生はお弁当か、学食か、購買で昼食を手にする。僕の場合は、母さんが半分ぐらいは作ってくれる。それ以外は、学食か、食堂で賄っている。
隣で食事をとる父さん、向かいで食事をとる母さん。……当たり前の日常のはずだが、やはりどこか違和感がある。それにリビングにあるカレンダーも、なぜか去年の年が書かれている。
母さんは俺と違ってマメな性格だから、こういうのは年が明けてすぐに変えるタイプだ。だからこそ俺もそれを見て、年が変わったんだと思い出してカレンダーを変えることも度々ある。
不思議な気持ちになり、母さんに問いかけようとした時、母さんから信じられない言葉をかけられた。
「博人、今日から高校二年生ね」
母さんは確かにそういったのだ。
僕は一瞬固まった後、反論した。
「は? 母さん、僕は今年から高校三年生だろう?」
「まぁ、何を寝ぼけているのよ!! 今年から二年生でしょう」
しかし僕の反論は母さんには響かなかった。僕が寝ぼけていると思われているらしい。……しかし僕の頭には鮮明に、去年の――僕が高校二年生だった頃の記憶が残っている。
「博人、疲れているのか? ゆっくり寝るんだぞ」
父さんにもそんな風に言われて、心配されてしまった。
僕の頭は混乱している。しかし僕の両親は基本的に真面目な分類である。間違ってもからかうために、こんなことをしでかす人間ではない。僕はテレビのニュースを見る。……そこでキャスターが読み上げられている日付も去年だった。
……もう一度ポケットに入れているスマホを手に取る。カレンダーを確認する。去年だった。
頭の中は?で一杯だが、騒いだところでどうしようもないので一度頭を冷やすことにした。朝食を食べ終わった後、いつもよりはやく部屋に戻った。
母さんと父さんが不思議そうな顔をしていたが、それどころではない。
僕は自分の部屋の本棚を確認する。
僕は友人というものを作らずに一人で過ごすことが好きだ。ライトノベルや漫画を読むのが好きで、お小遣いはほぼそれに使い切っている。親戚の手伝いをすることで得ているバイト代もそれに使っている。
丁度、去年は僕が楽しんで読んでいたバトルマンガが面白い章に突入していた。僕はコミック派なので、コミックをよんで興奮していたものである。
発売日初日に本屋さんで購入した数巻分が、本棚にはなかった。
スマホで検索をかける。最新刊の発売日は三か月後になっていた。しかも僕が続きが気になる!! もうすぐ発売日だと楽しみにしていた僕にとっての続きは、おそらくまだ一年以上先に発売することになっている……という事実に気づいて僕は益々混乱した。
「高校二年生の春に戻ってる……?」
僕の頭に鮮明に残る高校二年生の記憶。それが些細な事なら夢なのだろうか、白昼夢だろうかと納得できただろう。しかし僕は一年分の記憶をちゃんと覚えていた。
激しく混乱していたが、始業式に参加する準備をしなければ遅刻してしまう。僕にとっての去年の春の記憶など、ほぼ曖昧だが……、とりあえず支度を済ませて登校することにした。
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