06:第一印象を覆す方法


 偶然の産物とはいえ、俺は無事に想い人(猫)の名前を知ることができた。

 だが、物事はそう上手く運んでいくものではない。

 名前を知ることに必死になっていたが、名前がわかれば仲が深まるわけではないのだ。それは人間相手でも同じことだろう。


「俺……もしかしたら嫌われてんのかもしれない」


 教室の机に突っ伏して項垂うなだれる俺を、友人二人は特に心配するでもなく見下ろしている。


「嫌われてる……ってことは、会うことはできたのか?」


「ああ、偶然というか運良くな……だけど、顔見た途端に逃げられちまった」


「顔見て逃げられるって、愛人あいとくんその子に何かしたの?」


「した……といえばしたかもしれないし、してないといえばしてない」


 正直に言うと、思い当たる節がないわけではない。

 毎日のように出窓から見下ろした先に、自分のことをじっと見つめてくる男がいたとすれば。

 カヌレにしてみれば、気味の悪さや恐怖を感じたとしても、不思議なことではないのかもしれない。


 そんな男が、安全なはずの自宅の中に突然上がり込んできたのだ。

 少なくとも、好印象ではなかったことは確かだろう。


(手土産の一つも持参すべきだっただろうか……いやでも、あれは俺にとっても突然のことだったし……)


 カヌレに会えるとわかっていたら、自宅の窓を割ってでも正装をして、猫缶のひとつも持っていった。

 猫缶にも色々と種類はあるのだろう。今度すめらぎに、カヌレの好みを聞いてみなければ。


「逃げられたってことは、愛人がどうってより男に免疫が無いとか?」


「ああ……確かに、人見知りだとは言ってたな」


「じゃあ、急に距離を詰めようとすんのは悪手あくしゅかもな」


 れんの言う通り、俺はいきなり距離を詰めようと焦りすぎたのかもしれない。

 生のカヌレを目の前で見られた興奮のあまり、配慮が足りなくなっていたのだ。


「プレゼントとかしてみたらいいんじゃないかな? もちろん、重くないやつで」


「重くないやつ……消耗品とか?」


「そうそう。その子との間を取り次いでくれる人はいるんでしょ? だったら、怖がらせちゃったお詫びに~とか、理由つけてさ」


「なるほど……じゃあ、放課後早速買いに行ってみるからお前ら付き合って……!」


「あ、ボク用事があるからパスで」


「オレもバイトあるからパス」


 カヌレの前に、俺は友人との距離を考え直すべきなのかもしれない。








 放課後、俺は駅前のショッピングモールに足を運んでいた。

 消耗品といっても、カヌレがどんなものを好むのかわからない。ひとまずは、ペットショップを訪れてみることにする。


 ショーケースの中にはまだ小さな子犬や子猫たちが、昼寝をしていたり客に向かって遊んでほしそうにアピールをしている。

 その姿を可愛いと思いはするのだが、やはりカヌレのように大きく心が動くことはない。


(消耗品……っていうと、やっぱり爪とぎとか……? もしくは遊べるものがいいのか?)


 棚に並ぶ猫用品を見比べながら、俺はうんうんと頭を悩ませる。

 生まれてこの方動物を飼ったことがないので、何を買えば喜んでもらえるのかがわからないのだ。


 無難な猫じゃらしが目につくが、これでは普通すぎる気がする。

 いくつか比較する中で、灰色のネズミの人形がついたオモチャが目に入った。

 猫といえばネズミだなんて発想が安易かもしれないが、俺はそれを手に取ってレジへと歩き出す。


「あれ……犬飼いぬかい?」


「皇……!?」


 テープを貼ってもらい店を出ようとしていた俺は、偶然にも皇と遭遇した。

 彼女も俺の姿を見て驚いていたようだが、手元の猫じゃらしを目にすると不思議そうな顔をする。


「……アンタの家も、猫飼い始めたの?」


「いや、これはその……この間、カヌレを驚かせたお詫びっていうか……」


 彼女に事情を話してカヌレに渡してもらうつもりだったとはいえ、まさかこんな場所で早々と見つかることは想定していなかった。

 何となく気まずさを感じていた俺は、バレてしまっては仕方がないとそれを皇に差し出す。


「迷惑じゃなかったら、カヌレに渡してもらえないか……?」


「…………」


 それを見た彼女は、少し何かを考えてから俺に背を向けて店を後にしようとする。


「お、オイ……! 皇……!」


「……お詫びなら、自分で直接渡したらいいでしょ」


「え……ってことは、また家に行ってもいいのか?」


「アタシから渡しても、ただのお土産になっちゃうでしょ」


 そう言いながら歩く足を止めない皇の後を、俺は追いかけていく。

 まさか、こんなにも早くまたカヌレに会える機会が訪れるとは思ってもみなかった。


「そういえば、皇も用事があってペットショップに行ったんじゃなかったのか?」


「……アタシもカヌレのオモチャを買いにきたの。だから、用事が無くなったのよ」


「そうだったのか」


 爪とぎか他のものがいいかと悩んだりもしていたが、皇が猫じゃらしを買うつもりだったというのなら、結果オーライなのかもしれない。


「……カヌレ、喜んでくれるかな」


「遊ぶの好きだし、少なくとも嫌がられることはないでしょ」


 カヌレに嫌われて、落ち込んでいた俺の姿を思い出したのかもしれない。

 そういう彼女の言葉は、どこか俺を励まそうとしているようにも聞こえた。

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