恋愛負け組の俺が恋したのはアイドル級ツンデレ転校生の飼い猫だった件~猫耳美少女に変身しないし喋らないけど本気で好きなんだからしょうがない~

真霜ナオ

01:恋に落ちた日


『恋とは一体どのようなものだろうか?』


 俺の突然の問い掛けに対して、画面の向こうの友人たちは、次々にスタンプを連投してくる。

 それは『大丈夫?』と心配する謎の生物だったり、『とりあえず寝ろ』と言うアニメのキャラクターだったりした。

 スタンプの通りに心配をしているわけでないことはわかる。

 彼らは俺の質問を、画面の向こうで半笑いで見ているのだろう。


「今日はとことん土砂降りか……空模様そらもようまで、俺の心を表していやがるぜ」


 俺・犬飼愛人いぬかい あいとは、先週した失恋をずっと引きずり続けていた。


「もう何回目だ、失恋すんの……」


 恋に臆病というわけでもなければ、むしろ積極的な方なのだが。

 どうしてだか結果がついてくることはなく、気づけば連戦連敗。

 彼女いない歴=年齢を更新し続けている高校二年の秋。天気は荒れ模様。


 隣のクラスの広橋さん。

 マドンナ的存在である彼女と付き合おうだなんて、恋愛初心者の俺にはハードルが高かったのかもしれない。

 だが、彼女と恋をすることが無理だなんて、一体誰が決めたのだろうか?


「チャレンジしなけりゃ、恋してないのと一緒だろ」


 自室のベッドで横になる俺は、窓ガラスを叩きつけるように降る雨を眺めながら、傷心しょうしんに浸っていた。



 翌日、俺は休みたい気持ちをこらえて学校に向かうことにする。

 今日も雨だったら休んでやろうと思っていたのに、どうしてだか清々すがすがしいほどに秋晴れの空だ。

 天が俺に学校に行けと言っているのだろう。


「うわっ……!?」


 家の門を出たところで、走り去るトラックに思いっきり水を引っ掛けられる。

 まるで漫画かコメディ映画かというほど、足元から頭のてっぺんまでずぶ濡れになってしまった。


(……今日は厄日やくびか)


 こんなにも晴れた空の下。溜まった雨水をこれだけ浴びているのは俺くらいのものだろう。

 俺に気付かず去っていったトラックは、描かれた白い猫のイラストを見るに、どうやら引っ越し業者のようだった。

 見れば、向かいの家に誰か引っ越しをしてきたらしい。


(そういえば昨日、母さんが誰か挨拶に来たって言ってた気がする)


 失恋のショックで落ち込んでいた俺は、新たな隣人になんてまるで興味が無かったのだ。

 その時、丁度いいタイミングで向かいの家から人が出てくるのが見える。

 それを見た俺は、まだ夢の中にいるのかと思った。


 家の中から出てきたのは、長い金髪を編み込んだハーフアップに碧眼の、日本人離れした容姿の美少女だった。

 少しきつめの顔立ちをしているが、そこらのアイドルも顔負けのルックスだ。


(うわ、超可愛い……あの子がお向かいさんなのか?)


 彼女は玄関を出ると、自宅の二階を見上げた。そして、そこに向かって手を振ったのだ。

 誰か家族が見送っているのだろうか?

 視線の先が気になった俺は、何気なく顔を上げて大きな衝撃を受ける。


「ッ……!!」


 彼女の視線の先には、大きめの造りをした日当たりの良さそうな出窓があった。

 その中央に、小さな影が見えたのだ。

 ピンと立った三角の耳に、毛並みは焦げ茶のようにも見える。


 手を振る彼女を見下ろしていたのは、一匹の猫だった。


 その姿を見た瞬間、俺の心臓は大袈裟おおげさなほどに鼓動こどうを強める。

 あんなにも美しい生き物を、今まで見たことがあっただろうか?


 俺は、自分の内側を支配するこの感情をよく知っている。

 脳天に雷が落ちたような、心臓を撃ち抜かれたような感覚。

 それは紛れもなく、恋に落ちた瞬間だった。


 そして、その相手は金髪の美少女ではない。

 出窓の向こうからこちらを見下ろす猫だったのだ。




 ◆

 



 濡れたシャツを取り換えて制服をドライヤーで乾かしていたら、危うく学校に遅刻するところだった。

 正確には遅刻だったが、教室にまだ担任がいなかったのでセーフだ。


 友人たちには失恋を引きずりすぎて寝坊したのかとからかわれたが、俺はそれどころではない。

 あの美少女に猫のことを尋ねようと思ったのだが、気づいた時には彼女の姿は無くなっていた。

 向かいの家なのだから、話をする機会は巡ってくるだろうか?


(というかそもそも、あの子って日本語喋れるのかな……?)


「ほら、お前ら席につけー。転校生を紹介する」


 遅れて教室にやってきた担任が、そんな言葉を口にした。


(そういや、転校生が来るって言ってたな。だから遅かったのか。ラッキーだったけど)


 ざわつく教室を担任の声が一喝いっかつする。

 それで一度は静かになるが、転校生が入ってくればまたざわついてしまうのは仕方がないことだろう。

 だが、俺はクラスメイト以上に動揺することになる。


「今日からクラスメイトになります、皇 真姫すめらぎ まひめです。よろしく」


 教室に入ってきたのは、家の前で見たあの金髪美少女だったのだ。

 そういえばあの時、この学校の制服を着ていた気がすることを今になって思い出す。

 その整ったルックスに、特に男子たちが大騒ぎしているのがわかる。あの見た目ならそれも当然だろう。


 そんな教室の中で、俺だけが彼女を違う目で見ていた。

 だって彼女は、俺が恋したあの猫の飼い主なのだから。


(……これって、運命かもしんない)

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