冷えた夜の待ち人・参

終始不思議な心地だった。

悲しみに暮れてやってきた人気のない食堂。

入った瞬間見えた、壁から掛けられた曼荼羅模様の布。

シャンデリア風になっている照明。

そして、たった一人のウェイター。

全く統一感のないバラバラな店内なのに、どこか心落ち着く。

俺の語彙力では不思議としか言い表せない空間だった。

あのウェイターの声がまた良かった。全て話してしまいたくなるような、暖かい、太陽みたいな声。

無意識に俺が封じ込めようと、忘れてしまおうと思っていた全てを、気付けば話してしまっていた。

そして最後には、よく分からない言葉をかけられたあと、促されるまま扉から出た。


そこで俺の目に映ったのは、寂れた夜の街並み、ではなく、白く光る部屋で目を丸くしている、唯莉先輩だった。


「大輝、くん?」


情報の理解が追いつかない。

ここはどこだ? 俺らは何をしている? 

先輩の腕から伸びる細く透明な管を目で辿る。あまり医療に詳しくない俺でもわかる。点滴だ。

入院? 何故?


「先輩、これは……?」


俺の回らない頭で考えても仕方ないので、先輩に答えを尋ねてみる。


「昨日集合場所に向かってたんだけどね。大輝くんになんて伝えようか、とか、どうやって伝えようか、とか。色々考えながら歩いてたのね」


つまり、約束を破った訳では無い?


「でね、私、うっかりしてて、赤信号に気付かなかったの」


あぁ、なるほど。その先は聞きたくない展開か。


「でも、私はギリギリで気付いて、慌てて歩道に戻ったの」


あれ、予想と違う。ならどうして点滴に繋がれている?


「でもね、私の横を歩いてた女の子が車道に飛び出したの」


僕は固唾を飲んで次の展開を待つ。


「私は、気が付いたら走ってた。その子を突き飛ばして、助けたかった」


先輩ならしてしまいそうな、優しさに溢れた行動。


「でも、間に合わなくてさ。私もその子も、結局は撥ねられちゃって」


最悪の展開だ。


「あの子は大丈夫なのかな。どうしよう。私のせいだったら……」


涙が膨らんで、やがて決壊して溢れ出した。僕は背中をさすってあげる。


「ありがとう。本当にごめんね……」


それから暫く、先輩の小さな体と、流れ出す嗚咽を抱き締めながら、落ち着くのを待った。


「ありがと。長い間泣いちゃってごめんね」


首を横に振る。


「ふふっやっぱり優しいね」


「それは先輩だよ」


「どうかなぁ〜?」


この雰囲気。これが好きなんだ。先輩になら、何でも話せてしまう気がする。


「ドタバタだけど、ここで返事しても良いかな?」


僕は頷く。


「遅くなったけど、私は大輝くんが好き。笑った時に目が細まるのも、脚を組むのが少し下手なのも、ぶっきらぼうな態度を繕ってるけど、本当はとっても優しいのも、全部好き。だから、私とお付き合いしてくれませんか?」


「もちろん、よろしくお願いします!」


「元気でよろしい!」


そう言って先輩はひたすら笑った。つられて僕も笑えた。


明日から、また楽しみだなぁ。


ありがとう。僕が愛する唯莉。

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