つくりばな食堂

鈴響聖夜

冷えた夜の待ち人・壱

ここは、人生を迷い悩む人にだけ姿を表す、摩訶不思議な喫茶店。

そこで働くたった一人の男性。それが僕、夜凪悠弥やなぎゆうやだ。この店のオーナーにあたるのだろうか。まぁ、僕以外に従業員がいないのだから、きっとそうだろう。


「お客さん、来なければいいなぁ」


自分用にブルーマウンテンを挽きながら、静かに呟く。

この店に人が来るということは、誰かが苦しんでいるということ。みんなが幸せでいた方がいいに決まっている。悩みの無い人なんて、よっぽどの能天気か、僕のように暇を持て余していて、それをなんとも思わない人間だけだろう。

だんだんと崩れていく豆は、人間の悩みの種が膨らむようで、何とも言えない感情になってくる。


「でも、誰も来ないと僕の生活も危ういんだよなぁ」


誰か来てくれと心の片隅で思ってしまうのは駄目な事だろうか。

挽き終えた珈琲の香りを楽しみながら、壁から垂らしてある曼荼羅まんだら模様の布を眺める。親が開店祝いにと押し付けてきたものだ。綺麗だとは思うが、それだけだ。誰も来なくて、生活が苦しくなったらこれは売ろう。よし、味も上出来だ。

丁度それを飲み終えた頃、微かに流れるクラシック風な音楽を遮るようにドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


「つくりばな食堂」本日開店だ。

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