コインランドリーの中の人生

柴田 恭太朗

第1話 DJのいるコインランドリー

 目の前がぐるぐるまわっている。なんだこれ?


 真紅スカーレットのパンティがぐるぐるまわっている。凝った刺繍をほどこされた三角の薄布が、ゴウンゴウン音を立てるうす暗い円筒のなかで、垂直の半円をえがきながら繰り返しまわっている。女はこれをショーツとか呼ぶんだったか。カッコつけやがって、パンツはパンツだろう。


 円筒のなかではひっきりなしに小競りあいがおきている。ベージュの肌着インナーをかきわけ躍りでた真紅のブラが、肩ひもを深海イカの触手のごとくふるいながらキテレツなダンスをはじめる。


 そう、目の前にあるのは洗濯機だ。なるほど俺はコインランドリーにいる。見知らぬ女が使用中の洗濯機のなかを見つめているわけだ。ちなみに、ランジェリーは洗濯ネットに入れたほうがいいぞ、いたむから。昔の女からそう聞いたことがある。


 いや待て待て。そんなことはどうでもいい。どうして俺はコインランドリーにいる?

 さきほどから頭がズキズキと痛む。額の左側を、そっと触れてみる。ザラッとした手ざわり。包帯だ。傷があるのか? だがすでに誰かが手当をしてくれたらしい。手にふれたガーゼがジクジク湿っている、まだ血は止まっていないようだ。きっと血が外に染みだし、ガーゼを赤く染めていることだろう。


 ガラリ、キィィ。油のきれた戸車をきしませながら、コインランドリーの引き違い戸があいた。両手で大きな手さげ袋を抱えたおばさんだ。俺の顔を見てギョッとして立ちどまる。ためらいがちにこちらの様子をチラチラ横目でうかがいつつ、壁ぞいに大まわりして、俺からもっとも離れた洗濯機マシンにたどり着く。


 そんなに俺が怖いか? まあムリもない。額から血をにじませた男と密室でふたりきりになれば、気味わるくも思うだろう。


 いいから落ちつけ。自分が覚えているかぎりの記憶を探ってみよう……。


 ◇


 記憶の中の俺は、渋谷のハコにいた。いわゆるクラブだ。


 ドッドッと耳を圧する強烈なドラムス、跳ねるベースにおおいかぶさる憂鬱で不機嫌なメロディ。怪鳥の雄叫びに似た電子音が空間を『曲げる』。意図的に音程を音痴はずしたフレーズ。まともに聴きこんでしまうと胃の底から吐き気を催す。ジャンルでいえばサイケデリックトランス。


 カラフルなライトがきらびやかに明滅するフロア。キレのいいリズムに追随し躍る群衆。休みなく反応する彼らのボディ、ヒザをはずませ、頭を小きざみに上下にふる男女。


 DJをしていた記憶はある。俺は『群衆を熱狂させる男クラウドシェイカー』の異名を持つ人気DJだ。自分でいうのもなんだがカッコいい。超絶カッコいい。DJブースにあがれば、待ちわびた群衆から盛大な歓声があがる。片腕を空に突きあげれば、同じ動作でこたえる群衆。Say Ho!と誘えばハコはホエザルの巣窟と化す。楽しい。アドレナリンでまくり。まずはBPM138ノリノリのダンスチューンでお前らをあっためてやるぜ!


 そこでプッツリ……

 記憶がない。


 なぜ俺はコインランドリーにいる? 目の前にある洗濯機は依然としてゴウンゴウンと騒音をたて、真紅の深海生物がクネクネ踊りをつづけている。

 どうしてこうなった? なぜ俺はケガをしている?


 そうかアイツか。俺はひとりの女の名を思い浮かべる。

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