第9話


「あら〜…みんな、えらい、えらい☆」


 食べ終わったら、ちゃんと後片付けして、食器を下げ、テーブルを拭いて、椅子を元の位置に戻し……

十歳以上の子になればご飯の支度をしたり、食器を綺麗に洗って吹いて片付けるところまでが当番制できちんと分業化されている。


 他にも洗濯や掃除は全部分担、分業化されていて、当番制で回っている。


 それを全く知らなかった明からしてみれば

この光景は初めて見るものであり、こういう感想が出てくるのは仕方はないだろうけど。



「…なんだよ、おばさん。何が偉いんだよ?適当なことを褒めて付け入ろうなんて、甘い考えする限り俺達はあんたを認めないからな?」


 最年長組の琉生るいに、横をすり抜け際にそう言われてしまい、ショックで石みたいに固まる彼女の方をぽむっ★と叩いた俺は



「…もっと自然体でいろよ。下手なこと褒めようとすると十倍返しぐらいのダメージ喰らっちまうぞ?」


と、アドバイスを送る。



 保護された子供達は、どんなに手厚い保護を受け、安心して生活できる環境にいたとしても “親がいない” 負い目を消すことは出来ない。

 常に自分達は社会の底辺の存在で、国にお金を出してもらって生き長らえされているんだ、というような考え方をしてしまうケースが多いのが現状だ。

 事実、そうやって施設の中で謙虚に生きろ、とか、感謝しろ、なんて形は違えどそんな内容を教えられたら…思春期が来れば尚の事卑屈になるのは当然だろうし。

 だから、変に余計なことをして褒めようとすれば、『下に見られた』『上から目線で見下されている』と感じてしまいがちになる。



初めは俺もそうだった。


何も知らなかった俺は、明のような間違いをして、嫌われてしまった。



「…バカねぇアンタ、あの子達が何を嫌うのか解らないなんて。

彼らの立場になってみれば何が嫌なのかなんて考えなくても分るわよ?」


姉貴にそう言われ。


 俺はしばらくここで炊事係として生活させてもらったことがある。


そして…俺は考えるのを止めて。

普通に世話をして、普通に会話し、普通に悪いことをした子に怒り、然り、怒りすぎた時は謝った。


 そうして、炊事係という肩書と、『コイツは自分たちの味方だ』という認識をようやく勝ち取ったんだ。



 ちなみに姉ちゃんは初めから超上から目線で、威張り散らしていたけれど…



「私はアンタ達とは違うっ!強いし、お金もあるっ!

自分でぜ〜〜んぶ勝ち取って、アンタ達にお恵みに来たの!

・・・何でかって?

そりゃあ、それは私が強くて凄いから、それをいつもイジケてるであろうアンタ達に分からせてやろうって思ったからよっ!」



 はじめはメチャクチャだっ!て呆れていたけれど……



 嘘や偽りのない、真っ直ぐな受け答えと問答無用のお節介と世話焼きでこの女性はこういう人間だ!と認識させたからか・・・

誰一人として彼女に反抗する子供はいなかった。


 逆にすぐに懐かれてしまい、


「つよねえちゃん」


と、呼ばれて人気者になっているのが “格闘界の楊貴妃” のここでの立ち位置となっている。


 もっとも、俺も彼女の真意を知っているわけじゃないし、ここの子供達全員がそれを理解している訳ではないのだろうけど……。




「私…そんなつもりなんて無いのに……」


がっくりと肩を落とす明を慰めたのは、意外にもさっき冷たい言葉を投げかけた琉生だった。



「・・・アンタ。おねにいの彼女だろ?そんくらいのことで凹んでたら俺達どころかおねにいにも嫌われちまうぜ?

アンタ、頭いいんだろ?おねにいから聞いてんだけどさ…アキラっていう男みたいな名前の勉強ができる女子がいるって。

・・・俺、算数で分かんねえことがあってさ…教えてくんない?」



 もしかしなくてもコレは琉生の作戦勝ちなんだろうけど…落とした後、持ち上げられ、プラスして何かを吹き込まれたらしい彼女の立ち直りは、兎に角早かった。



「・・・おっけー!お姉さんに、まっかせなさい!算数だろうが英語だろうが何でも教えちゃるっ!」

「お〜!流石はおねにいの彼女だ!話が分かってくれて、嬉しいぜ」


・・・ビミョーに引っかかるワードがちらほら聞こえんでもないが……

まあ、施設の子供たちと仲良くなるきっかけをもらえて、よかったな、明。






「・・・ところでさ〜…おねにいのやつ、今日はまた一段と女性っぽいんだけど……

もしかして、あの胸、本物か?!」


 ひそひそと、だけどちゃんとこちらに聞こえるように明に質問をする琉生に、明はサラリと答えた。



「あ?うん。あれは本物。

何でかはよく解んないけど、瞳ちゃんは本物のひとみちゃんになっちゃったのよね〜…」


「・・・やあったぜ!流れ星に願い事ぶつけておねにいを女性にしよう作戦、大成功だ!」


ガバっと立ち上がってからこちらへ走ってきた琉生が、むぎゅわっ!と俺の胸を掴んできたからたまらない。



「うんわぁひゃあ?!」


慣れない感覚に、無意識で変な声が出る。



「へっへっへ〜〜♪これでおねにいは俺の嫁さんになるんだ!すげえだろっ!」


「・・・この、うつけがあっ!」


とりあえずいたずらっ子である琉生にゲンコツを軽く落とした後、



「……ぬわあんでそんな、たあけなおねがいごとなんてしやあした?おかげでこっちは、どえらげにゃあめいわくしとるんだが?」

「あっ…おねにいが名古屋弁になってる…」


本気で怒った時、俺はばあちゃん譲りの名古屋弁が出てくることが多々ある。



どいつもこいつも……

暇人が多いのか?


どうして、揃いも揃ってみんなおんなじお願い事をする??



・・・なんでそんなに俺を女性化したいと思うんだろうか?



頭、痛い・・・。



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