第10話 親子の縁の色
「鼓太郎、一度外へ!」
「わかりました!」
時枝の声にはっとして、鼓太郎は暁月を連れて外に出た。先に出ていた二人にもあの縁は見えていたようで顔を青くしている。太くドロドロとしていて、見るだけで少し気分が重くなる見た目をしていた。
「あれは酷いねぇ。どのように育てたのか」
「そう…ですね……あれほどの物が、鋏で切れるのでしょうか……?」
「おそらく、かなりの勢いをつけないと無理だ。しかしそうすると、誤って近くの縁を切ってしまう可能性が高い」
「それでは普通の縁も切ってしまうということですか」
「そうなるだろうねぇ」
「待て。……何の話だ?」
時枝と雪の話が分からず混乱する暁月に鼓太郎は状況を簡単に説明した。
「お母さんに繋がっている縁は明らかにおかしい。先にあれを切る必要がある」
「そんな、何も見えなかったぞ」
「そうかもしれないが、信じてくれ」
鼓太郎は暁月を見てから、雪に視線を移した。
「……雪」
「はい。こちらに」
名を呼んだだけで雪は鋏を取り出し、鼓太郎に手渡した。普段とは異なる勇敢な様子に、暁月は戸惑っている。
「母親に繋がった悪縁は、鼓太郎が切るよ。鼓太郎は立派な縁切りなのさ」
「本当に……。南里、君って……」
「まだ見習いだけどな」
鼓太郎は自慢げに鼻を鳴らして鋏を掲げた。その姿に暁月は息を飲んでいる。その後、心配そうに鼓太郎を見た。
「しかしどうする。簡単に近づけないし、落ち着いてくれるとは限らないけど」
「寝る時間は?」
「私が寝るまでは寝ないで起きているようだ。朝はすでに起きているから、いつどのくらい寝ているのかは分からない」
「そうか……」
切るべき縁はわかった。あれを切ることで暁月との関係も一緒に解決しそうな気もしている。早く対処しなければならないが、いい方法が見つからない。
「やるなら今日中だ。あれは死縁といって、命を蝕むよ」
「死縁……?」
「体に巻き付いて、生きる力や生きたい思う心を吸い取るのさ。吸いつくされたら、もう生きたいとは思わないだろうね」
「そんな……」
暁月が絶望の表情を浮かべる。それを見て、鼓太郎はまた決意を固めた。やはり何としても、親子として助けたいと思う。
「時枝さん」
「なんだい?」
「あの縁と繋がっていても、こちらの話は理解できますか?」
「多少は出来ると思うよ。しかし先ほどの様子だとどうだかね」
「それで十分です。暁月。危険だとは思うが、ついてきてくれないか?」
「鼓太郎様、しかし……」
鼓太郎の言葉に反応したのは雪だった。雪の言わんとすることは鼓太郎にもわかる。依頼人である暁を危険な場に連れて行くのだから、それは躊躇われるだろう。怪我を負わせる可能性だってある。
「雪。二人をつなぐ縁はどれかわかるか?」
「それが……黒い靄がかかっていてわからないのです」
「ならばなおさら、暁月が必要だ。繋がっている親子の縁を誤って切るわけにはいかないのだから。それに、二人の解決には、暁月と共に挑まなければならない気がする」
「それでいいのかい?」
時枝が暁月に向かって訪ねると、彼女は迷わずに頷いた。
「私なら平気です。危険でも構わないし、なんだか…今の南里に任せてみたいと思う」
「よし。こちらに」
鼓太郎は深呼吸して暁月の家の戸を叩いた。返事を待ってゆっくりと開ける。
「……なんだぁ、さっきの」
少し落ち着いたのか、暁月の母親は鼓太郎を見て静かに言った。話が途切れないよう、鼓太郎は口を開く。
「夜分にすみませんでした。春さんと大切な話をしていたのです」
「大切な話ぃ?」
「お母様。あなたのことですよ」
それを聞いて、母親は複雑そうな顔をする。少し話会いたいと言い、4人は部屋に上がり込むことに成功した。動けるのは彼女が背中を見せた時。一瞬たりとも見逃してはならない。
鼓太郎の部屋の奥に暁月が座り、鼓太郎はすぐにお手洗いを借りると告げて部屋を出る。この配置で座れば、奥に暁月、その手前に母親、さらにその手前に天井から伸びる縁の順で鼓太郎に悪縁が近くなる。親子の縁を誤って切ることなく、悪縁を一思いに断ち切れるだろう。奥に暁月に座ってもらうことで、母親の視線はそっちに向くようにしている。
「しばらくお待ちください」
「ああ」
一瞬背中を向けた母親の隙をつき、鼓太郎は鋏を悪縁に向けた。勢いよく刃を動かし、振り下ろす。その強度はすさまじく、高校生である鼓太郎の力でも手こずるほどだった。
シャキンッ!!!
太い糸は切られ、母親は縁を切った衝撃で倒れこんだ。それを時枝と雪が支えて外に出る。
「暁月!」
視線の囮になってくれた暁月を連れて鼓太郎も外に出ようとしたところで、状況が変わっている事に気が付き、鼓太郎は足を止める。そしてゆっくりと暁月に鋏を向けた。
「えっ……!!」
切った縁が消えずに残り、天井から暁月の身体に巻き付いていた。縁の見えない彼女は体が動かせない恐怖に怯えている。
「縁が暁月に巻き付いた。すぐに切るからじっとしておいてくれ」
「わ、わかった……」
暁月は目を閉じて解放されるのを待っている。
「切るぞ……」
鼓太郎がゆっくりと近づき、それを断ち切った瞬間。
ガラガラガラッ!!
大きな音を立てて屋根が崩れていく。外に出る暇すらなく、鼓太郎か暁月を庇うように畳に腕をついた。
「な、南里…っ!!」
「大丈夫だっ!! 目を閉じていろ!」
暁月を何とか言いくるめて鼓太郎も体に力を入れる。せっかく母親を救えたのに、暁月に大事があっては意味がない。それに、この危険な場所に連れてきたのは自分なのだ。
「ぐっ…!!」
「南里!!」
ドスっとものすごい衝撃があり、鼓太郎は背中と足に走った痛みに何とか耐えた。天井からの音が止み、大人の叫ぶ声が外から聞こえる。
「はるっ…!!! 春ーーーー!!!」
「……おかあさん」
聞こえたのは、娘を心配する母親の声だ。足音の後に息をのむ音が聞こえる。
「春!!! どこにいるんだ!!! 頼むから返事を!! 春!!!」
涙の混ざった必死な声がする。それを聞いて鼓太郎も暁月も、母親に何かしらの変化があったことを察していた。明らかに縁を切る前と今とで声色が異なっている。
「呼ばれているぞ。返事は?」
「うんっ…! おかあさん!!! ここ! ここにいるよ」
「春…!!! 瓦礫をすぐにみんなでどかすから、もう少し頑張ってくれ!!」
その言葉の少し後、ゆっくりと鼓太郎の身体に乗っていたがれきがどかされた。建物自体が古くなっていたからか、姿勢を何とか保っていられたが、そろそろ限界が来そうである。
「暁月、ここから抜けられるか?」
「あ、ああ!! 南里、大丈夫か!? 怪我したんじゃ…!」
「大したことはない。それよりも早く、顔を見せに行ってこい」
「わかった……!! すぐ戻るから!」
覆いかぶさっている下から暁月に抜けてもらい、足音が遠ざかるのを聞くと、鼓太郎はそのまま倒れこんだ。負傷したのは主に背中と足だろうが、全身が痛い。視界が暗くなってきたなと、自分の意識が遠のいていくのを冷静に感じていた。
「鼓太郎!!!」
「おい!! しっかりするんだ!! すぐに医者が来る!!!」
「東演の生徒が怪我をしている! 誰か! 手伝いを!!」
時枝の声と、大人たちの声がする。まだ何とか周りの言葉が聞き取れた。
「あの縁は……」
「鼓太郎様、無理に話さず安静に……!」
雪の声がする。鼓太郎はそれに安心して言葉を続けた。上手く話せているのか判断はつかないほど、全ての感覚が濁ったように感じる。
「ゆ……雪、二人の、親子の縁は、何色だった?」
鼓太郎が途切れ途切れに聞き、雪はその手を握って答えた。何度も名前を呼ばれているのが分かるが、言葉が聞き取りずらくなってきている。それでも、鼓太郎は雪の声に集中した。
「橙色でした。とてもきれいな美しい縁です」
「そうか……。切らなくて、っ済んで、本当によかった……」
それだけ交わして、鼓太郎は静かに意識を落とした。叫ぶような声は不自然に途切れ、そのあとは何も感じなかった。
続く
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