第二十九話 恋する乙女のもやもや
〈広瀬視点〉
『なぁ、広瀬……いや、美乃梨』
透が私の顎に手を添えて、クイっと傾ける。
ドクンドクンと心臓の鼓動が強く胸を打っていた。
『……愛してるぞ』
透は無表情にそう言って、私の唇を塞いだ――
「んっ、と、透……これ以上は、ダメよ……んあ」
アラームの音に、意識が覚醒する。
……ってあれ、今のは……夢?
「っ……‼ わ、私、な、なんて夢を……!」
したことがないのに、妙に生々しい唇の感覚を思い出して、ベッドで悶える。
恥ずかしいという気持ち以前に、私はもう一度したい、という欲求に支配された。
「透と、キス……はっ! わ、私朝から何考えて……っ!」
私の一日は、こんな風に幸せな夢から目覚めて始まる。
……客観的に見たらだいぶおかしな起床だけど、私自身が幸せならおっけいです。
「……と、透ぅ」
欲しがるように好きな人の名前を呟くと、体がぽっと熱を帯びる。
「う、うぅ……私って、案外乙女なのかしら……」
そんなことを思いながらベッドで悶えること五分ほど。
この時間込みでの起床時間だったため、ある意味予定通りの時間にベッドから抜け出して、リアルな透の幸せそうな表情を見るために、今日も今日とて気合を入れた。
最近透がおかしい。
なんだか妙にボーっとしていることがあるし、何を考えているのか分からない表情を浮かべていることがある。
それはおそらく、というか確実に友梨が風邪を引いてからそうなった。
やっぱり、二人っきりにするのはマズかっただろうか。
……いやいや何考えているのかしら私⁈ あれは友梨のためにも、正しい判断でしょう⁈
乙女特有の悶々と立ちこめる相容れない感情に、胸がいっぱいになって苦しい。
そんなときに、一人で廊下を歩く透の姿を見かけた。
……尾行しよう。
こんな感情を私に抱かせた透への八つ当たりと、ただの興味本位で思い立った私は、幼い頃に戻ったかのようにワクワクしながら尾行を開始した。
「ぬぬぬ……」
私に気づいている様子もない透は、また何を考えているのか分からない様子で一人歩く。
透が何を考えているのか、頭を悩ますたびに胸が苦しい。
私はいつから、こんなにも女々しくなってしまったのだろう。
そういえば、朝だってそうだ。普段の私なら、朝から、あんな……。
「っ……!!!!!」
お、思い出すのはやめよう。
朝と同じことを繰り返しそうだ。
またしても葛藤していると、不意に角のところで透を見失ってしまった。
焦った私は急いで角を曲がる。
――ぼすっ。
「いたっ……」
固すぎない何かにぶつかった私は、それに身を預ける形で何とか立っていた。
知っているこの匂い。
思わず顔を押し付けてしまいそうになるのを堪えて見てみると、そこにはターゲットの姿があった。
「何してんの、お前」
「……お散歩?」
「学校で散歩する奴がいてたまるか」
チョップを頭にもらう。
「い、痛いわよ……」
「人をストーキングした罰だ」
……どうやらバレていたらしい。
こんなしょうもないことで計画が頓挫してしまうなんて……。
私は本格的にどうかしてしまったのかもしれない。
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