第十話 やや優勢の広瀬!


「ねぇ透。この学校のことよくわからないから、案内してくれないかしら?」


「……パンフレットあるぞ」


「それが幼馴染に対する態度?」


 幼馴染をやけに強調して言う広瀬。


 それに弁当を食べているクラスメイト達は全員ピクリと反応し、箸を動かす手を止めて俺に鋭い視線を向けてくる。

 

 加えて俺には聞こえないくらいの声量でコソコソと話し始め、正直生きた心地がしなかった。


 だが、そんな周りには気づいていないと言わんばかりに、広瀬が続ける。


「ねぇ、お願い?」


 甘い声で囁き、そっと俺の手を握る。


 勿論、衆人環視の下で。


「おいやめろって。変な噂されるだろ?」


 そう突っぱねて、広瀬の手から逃れる。


「別にいいじゃないの。もう手遅れなんだから」


「手遅れにさせてんのお前だろうが」


「……そんなの知らないわ」


「嘘つけ」


 ふんっ、と拗ねたようにそっぽを向く。


 しかし、払った手をもう一度握られ、乞うように、


「とにかく、お願い?」


「…………アイチューブに学校紹介動画が」


「実際に見て回りたいのよ」


「……なら広報の先生にたの」


「何でもしてあげるから、ね?」


 耳元で広瀬がそう囁く。


 それはまるで誘惑するようで、生暖かい吐息が耳にかかる。


「「「⁈」」」


 クラスどころか、廊下から立ち見する奴までもが、鋭い視線を向けてくる。


 ワッ、と学校中が湧いたように、温度がわずかに上がった気がする。


 どうやら謎のハーフ美少女転校生の噂は半日の間に学校中を駆け回ったようで、おまけにこの様子で余計に話題を広めていた。


 距離を詰めてくる広瀬。


「おい! 流石に教室でそれは……」


「じゃあ、家ではいいのかしら?」


「っ……! い、家でもダメだ!」


「透は否定ばっかりね。……でも、私はそんなの守ってやらないわ。ふふっ」


 悪魔……いや、プチデビル的笑みを浮かべる広瀬が、さらに距離を詰めてくる。

 

 そっと俺の胸板に手を置き、ニヒヒと笑みを浮かべたその時――




「それ以上はダメ!」




 間に割って入ったのは、頬をぷくーっと膨らませた早坂だった。


 ややご立腹の様子で俺たちを見下ろす。


「あら友梨。おはよ」


「……美乃梨、何やってるの。ここ、学校だよ?」


「学校も関係ないわ。私はいつでもどこでも、透とイチャイチャしていたいの!」


「イチャイチャ……ず、ずるいぃ……」


 今確かにずるいって言ったよねそうだよね。


 広瀬が何かに気が付いたのか、頬を緩ませて早坂の前に立つ。


「はは~ん? さては友梨――嫉妬してるわね?」


「なっ……」


 やや優勢の広瀬。


 この物語の主人公であるはずの俺が解説に回るというこの状況。


 最近俺の影が薄い気がします。


「そ、そんなことないもん! 嫉妬なんてしてないもん!」


 言い返し、詰め寄る早坂。


「いいや、嫉妬してたに決まってるわ!」


 堂々と胸を張る広瀬。


 二人はだんだんと近づき、今にもくっついてしまいそうな距離で口論を始めた。


 ……俺の目の前で。


「……はぁ」


 俺はため息をついて、沸き立つ周囲を見ながら解決策を思案した。


 しかし、どれだけ考えてもこの圧倒的修羅場を鎮圧する方法が思い当たらず。


 もう一度ため息をついて、天井を見上げた。


 グッバイ安寧の日々……ぐすん。

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