第八話 変わった朝の風景

 ベッドに忍び込んでいた二人をしっかりと叱った後。

 

 俺はこっそりと二人の目を盗んで家を出て、学校に登校した。


「おはよう、伊織」


「おっはーとお……え、なんでお前そんな疲れた顔してんの?」


「……これには深すぎるわけがあるんだよ」


 話せば長くなる、とも付け加えておく。


 すると伊織は俺の顔を見定めるようにじろじろ見て、なるほど、と呟いた。


「どうやらこの土日で、色々あったんだな?」


「あぁ。ほんとに、色々あったんだ……はぁ」


「……そう、みたいだねぇ」


 しみじみと頷く。


 そんな伊織を横目に、自分の席に座った。


「詳しい話は、今度聞かせてくれよ?」


「時間があるときに、たっぷりとな」


「ははっ、楽しみにしてるよ」


 白い歯を輝かせる。


 全く、この男は顔だけはいい。


「そういえば、聞いてくれよ透。俺、加奈子ちゃんにフラれた……」


「おぉ。浮気がバレたとか?」


「なんで浮気してる前提なんだよ……」


「だって、お前だろ?」


「それは俺がどんな奴か知らない読者のみんなには伝わらないと思うけど?」


「安心しろ、ちゃんと女好きクソ野郎って教えてある」


「えぇ⁈ それは人聞きが悪いなぁ……」


 否定しない辺り、自分のキャラ性とでも思っているのだろう。

 

 というか、突然のメタ発言やめろ。


「まっ、加奈子ちゃんは運命の人じゃなかったってことなんじゃね?」


「……そうだよな。うん、よし。切り替えて、新しい女の子を探そう!」


「……このクズが」


「本当に軽蔑しきった目で俺を見るのやめような?」


 伊織は、昔から「俺は運命の人を探す! 俺は運命の人と出会うために生まれたのだから!」と言って、片っ端から女の子に声をかけている。


 ……それでなぜ、軽蔑しないのだろうか。


「伊織に運命の人は現れるんかねぇ」


「まもなく現れるに違いないね、きっと!」


「どっからその自信は出てくるんだよ……」


 呆れながらため息をつくと、教室のドアが勢いよく開かれた。


 そこには、マラソン走った後みたいに息を切らした、早坂の姿があった。


 学園一の美少女らしいスマイルを顔に浮かべつつ、色んな人からの挨拶を軽く処理し、ずんずん進軍してくる。


 そんな早坂が立ち止まったのは、友達のところでもなく、自分の席でもなく……俺の席の前。


 ……その笑顔の裏に隠された感情が、なんだか恐ろしい。


「おはよ、透くん?」


「お、おはよう」


 目が笑っていないとは、きっとこういうことなんだな。


 気づきたくなかった。


「ねぇ、なんで先に登校しちゃったの?」


「え、え?」


「ねぇ、どうして?」


 声音は至って優しい。


 だけど、目が怖い。とにかく怖い。


「……それは、その……なんというか……」


 というか、これはみんなが注目する中する話じゃない。


 もし早坂と許嫁であることがバレて、おまけに一緒に暮らしていることも知れ渡ろうもんなら、これから毎日殺気立った視線を送られるに違いない。


 そんな未来はぜひとも避けたい。

 

 だからこそ、今日も二人にバレないようにこっそり早めに登校したというのに。


 どう弁明したらいいものかと困惑していると、早坂は薄っすらと頬を赤らめて、視線を斜め下に落とした。



「……一緒に、登校したかったのに」



 俺だけに聞こえるくらいの小さな呟き。


 ちらりと俺の方を見て、照れた様子でそらす早坂の姿は恋する乙女そのもので、教室中が唖然とする。


 つぶやきが聞こえなかったにしても、間違いなく先週と明らかに距離感の違う俺たちは異質だった。


 ……えぇ。どうすりゃいいんだよ。


 初日にして、俺にはもう手に負えない状況に達していることを痛感させられた。

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