第四話 とんでもない修羅場


 閑散とする、昼過ぎのマンションの一室。


 むふぅ、と頬を紅潮させている広瀬だけが生き生きとしていた。


 かくいう俺は、悪いことなどしていないはずなのに、浮気のバレた男みたいな心境になっていて、流れる汗を止めることができない。


「(学園一の美少女が許嫁になった翌日に、疎遠になっていた幼馴染が実は女の子でしかも結婚の約束を幼い頃にしていたことが発覚して修羅場過ぎるんだが……)」


 早速のタイトル回収である。


「とにかく、早坂さんには申し訳ないけど、親御さんと話をつけて――」



「ちょっと待ってくださいっ!」



 声を荒げる早坂。


「……私は、許嫁を解消する気はありません!」


「…………へ?」


 腑抜けた声が出る。


 この許嫁の関係はあくまでも『仕方なく』であり、てっきり解消したいと思っていたのだが……。


「……でも、私の方が先に、結婚の約束をしていたわ!」


 同じくテーブルをダンッ! と叩き、お互いに睨み合う美少女二人。


 そして二人の視線の矛先は、浮気男(仮)になっている俺へと……。



「「どういうことなの⁈」」



 ……おいおい待ってくれよ。


 なんで異性に興味がない俺が、女性関係の修羅場の渦中にいるんだよ。


 ひとまず深呼吸をし、冷静に対処することとしよう。


「とりあえず、落ち着いてく」


「落ち着けるわけないじゃない!」「落ち着けるわけないよ!」


「……ひとまず聞きたいんだが……、広瀬、俺、お前と結婚の約束してなくないか?」


「………………え」


 ガクリと肩を落とす広瀬。


 ありえない、とばかりの表情を浮かべている。


 そして表情は移り変わり、肩を震わせて目に一杯の涙を浮かべた。


「……し、したわよ……し、したんだから!」


 そして広瀬は語りだした。


 数年前の、幼き頃のことである――










 砂場でおままごとをしてるときだった。


『ねぇ、透くん』


『なぁに、広瀬くん』


『……あのさ、もしボクが女の子だったらさ、大きくなったら、結婚してくれる?』


『うん、いいよ』


『ほ、ほんとに?』


『ほんとだよ、で、今どういうおま』



『やったーーーー‼』



 飛び跳ねる広瀬。


『約束だからね?』


『え、あ、う、うん』










「……と、いうわけよ」


 目を真っ赤に腫らしたまま、へへんと腕を組む広瀬。


 すっかり泣き止んでいて、なんなら元気になっていた。


 だが、俺は言わざる負えない。



「非常に申し上げにくいんだけど……それ、勘違いだと思う、ます」



 すると広瀬は魂が抜けたみたいに椅子に座り、固まる。


「嘘……」


「なんていうか、これは俺が悪いんだけど、冗談というか、何も考えていなかったというか……」


「…………」


「それに、おままごと中だったから、そういう設定なのかと……」


 石化したみたいに、動かない。


「わ、私、頑張って綺麗になって、いつか会いに行って、すぐに結婚して、子供作って、透と幸せあばあばあばあばあばあばあばあばあば……」


「ひ、広瀬⁈」


「……う、うぅ」


 俺が広瀬の顔を覗くと、また目尻に涙を貯めた。


「その、なんだ……ごめん」


「っ……‼」


 俺の一言に、また広瀬が立ち上がった。


 泣くのを堪えるように下唇を噛んで、俺の方をずばっと差す。





「じゃ、じゃあ、私今すぐにでも透と結婚するわ! だから別れて!」





 ほのかに笑みを浮かべ、余裕を見せる。


 しかし、それに負けじと早坂が、



「嫌です! 松下く……いや、透くんは、私と結婚するんです‼ ううん、するの‼」


 

 な……。


「じゃ、じゃあ何、あなたは透のことがす、す、す、好きなの⁈」


「何言ってんだ⁈」


 そんな訳ないだ




「す、好き、だから!!!!!!!」




 ……あへ?


 俺今、告白されてる……?




「ふ、ふぅ~ん……で、でも、私の方が好きよ!!!!」




 グハッ!!!


「わ、私の方が好きだもん!」


「私の方が愛してるわ!」


「ま、負けてないから!」


「負けるわけないわ!」


 ……一体どうしてこうなったんだろうか。


 二人の視線は、当然のように――






「ねぇ、透くんはどっちが好き⁈」「ねぇ、透はどっちが好きなの⁈」






 ……はぁ、修羅場すぎる。

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