第二話 波乱の夜


 あるマンションの一室にて。


 積まれた段ボールの山を見て、俺は唖然とした。


「マジで引っ越されてる……」


 あの父親たち、本気でやりやがった。


「ほ、ほんとにここで……」


 ちらりと俺の方を見てくる学園一の美少女。


 どうやら俺は、今日できたこの許嫁と一緒に暮らすことになったらしい。


「とりあえず、これからどうする?」


「ど、どうしようか……あはは」


「あはは……って、笑えねぇ」


「……まぁでも、こうなったら仕方がないんじゃないかな?」


「…………え?」


 衝撃的な一言。


 早坂は視線を斜め下にやって、


「お父さんたち本気そうだったし、実際、こうして引っ越されちゃってるし……!」


「まぁ、それはそうなんだけど……」


 ただ、一つ気になっていることがあった。



「早坂はさ、嫌じゃないのか?」



 こんなクラスメイトとは言え、見ず知らずの男と一緒に住むなんて、嫌に決まっている。


 ……俺は確かに下心なんてないが、そんなの早坂からしたら知ったこっちゃないだろう。


 しかし、早坂は小さな口を尖らせて、




「…………嫌、じゃないよ」




 ま、マジか。


 強制的に同棲させられていることより驚きだ。


「それって、どういう……」


 すると、慌てて。


「い、いや! べ、別にへ、変な意味じゃないからね! その、ほんとに……」


「そ、そうだよな! 変な意味じゃないよな!」


「そ、そうだよ! 全く松下くんは、困った人だなぁ……」


「あはは……」


 もはやこの場においてすべてが変(・)なのだが。


 俺たちはひとしきり笑った後、大きく息を吐いた。


「まぁ、確かに俺たちには、どうすることもできないもんな」


「そ、そうだね」


 顔を見合わせて、そらして。


 もう一度大きく息を吐くと、心がだいぶ落ち着いてきた。


「とりあえず、お互いにルールとか色々決めて、上手くこの同棲を乗り切るしかないな」


「うん、そうだね」


 はじけるような笑みを浮かべる早坂。


「それにしても、今日は色々ありすぎて、眠くなってきちゃった」


「確かに」


 大きくあくびをする。


 そのときに強調された豊満な胸に、思わず視線が吸い取られてしまった。


 異性に興味がないはずの俺が、なぜか見てしまった。


「ひゃぁっ! ま、松下くん⁈」


「い、いや、これは違うんだ! その、なんというか、生理現象というか……」


 男の本能が煩わしい。


 生殖能力とかいらないから、頼むからこれをどうにかしてくれ……。


「…………ま、松下くんも、男の子、なんだね」


「エロ本見つけた母親みたいな反応やめてくれ……」


 ジト目で俺のことを見る。


 それがなんというか、妙に背徳感を醸し出していて……顔が熱くなった。


「いやほんとに、異性に興味がないのは確かなんだ!」


「……ほんとに?」


「あぁそうだ!」


「ふぅ~ん……そうなんだ。……まぁ、いいか」


 納得してくれたようだ。


 ほっと胸を撫でおろすと、早坂が釘をさすように言ってきた。


「でも、一応許嫁だからって、そういうことしちゃダメだからね!」


「は、はいっ!」


「よ、よろしい」


 やはり学園一の美少女が許嫁になったからだろうか。


 やけに意識してしまっている俺がいる。


 異性に興味がないはずなのに。


「じゃあとりあえず今日は、寝よっか」


「あぁ、そうだな」


 いつもの優しい笑みを浮かべて、立ち上がる。



「じゃあ、その……これからよろしくね、松下くん」


「こちらこそ、よろしく」



 おやすみ、とお互いに言って、自室に向かった。


 なぜだろうか。


 

 俺の顔が、やけに熱っぽかった。



 








 その夜。


 俺は昔からの友達であるアイツにメールを送った。



『なんか俺、学園一の美少女の許嫁になったんだけど』



 数年前に海外に行ったっきり、会えていないアイツ。


 今は一体、何をしてるんだろうか。



「いつかまた、会いてぇな……」



 もしかしたらとんでもないイケメンになってるかもしれないな。


 なんて思いながら、瞼を閉じた。









    ***









――ピコン。


 スマホの画面を見ていると、久しぶりに透からメッセージが来ていた。


「透! 私の想いが通じ……え」


 手からスマホが零れ落ちる。


 私は壊れたロボットみたいに、わなわなと体を震わせた。


「お、お嬢様⁈ どうかなさいましたか?」


「……リチャード。今すぐプライベートジェットを用意して」


「は、はい?」


「今すぐ‼」


「は、はい‼ で、でもどうして……」


 私は拳を強く握って、目に一杯の涙を浮かべて言った。




「日本に帰るのよ! 私のフィアンセに会いに‼」




 約束と違うじゃない、透‼

 


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