転生したら伯父とホラゲ攻略することになった件

hibana

第1話 ゲームといったらホラゲだね、ってなんないでしょ普通。


 前世の記憶が残っている、というとかなりスピリチュアル的な話になってしまうけれど、私は自分の前世を覚えている。

 前世の私は七歳で死んでしまった。海で溺れて死んだのだ。両親と一緒に海に行ったはずだが、なぜだか最後は一人で遊んでいたし、誰も助けには来なかったのを覚えている。

 七歳というのは微妙なところで、私は前世の自分のことをそれほどはよく覚えているわけではない。

 ただ、死後の私に神様が言った言葉だけはよく覚えている。


『こんなにちっちゃいのに可哀想に。色んなものに恵まれなかったんだねえ。君、ゲームは好き? よしよし、次はたくさんゲームやらせてあげようねえ』


 そして私は生まれてからずっと楽しみにしてきた。バリバリ現代の世界観でファンタジー系のゲームイベントが起こるのは難しそうだったので、恋愛ゲームかな? 他のシミュレーションゲームかな? できれば恋愛がいいな、という風に。


 そして前世の年齢を大きく超えた十七歳。私こと来米くるめ佳乃子かのこは物々しい雰囲気の洋館を前にし、「嘘すぎ」と呟いた。


「絶対ホラーゲームじゃんこれ!!」




 数時間前に遡る。

 私は母と伯父に連れられ、親戚の集まるBBQに来ていた。しかしこれがつまらないのなんの、私は早々に嫌気がさして川辺で黄昏ていた。


「こんなとこで何してんだ、佳乃子。七美ななみが探してたぞ」


 声をかけてきたのは久志ひさし伯父さんだった。江良えら久志ひさし。私が生まれたときから、ずっと同じ家で暮らしている。父のいない私にとっては、父代わりというか、それ以上に大切な人だった。

 ちなみに七美というのは私の母で、伯父さんにとっては妹だ。江良は母の旧姓でもある。父と離婚は成立しているらしいが、名前を戻さなかったそうだ。


 つまんなくて吐きそう、と私は足元の小石を蹴りながら言った。「そりゃそうだろうが」と伯父さんは腕を組む。

「要二おじいなんか毎回毎回『男はできたのか』って聞いてくるし」

「そりゃお前、ないんだよ。他に話題が。大体異性の話か仕事の話かゴルフの話しかできねえんだから」

「じゃあ喋らなくていいのに」

「そう言うな。お前の誕生日とクリスマスには必ず小包でプレゼント寄越してくれたろ。ちょっと話し下手なだけで、お前のことをずっと気にしてるんだ」

 私は膨れ面で「はいはい」と答える。そんなことはわかっているのだ。私たち母娘は、伯父さんを筆頭にかなり親戚の世話になった。だからといって素直に感謝できる年頃でもない。

 伯父さんは肩を竦めて「まあ、ここにいたいならいろ。焼きそば貰ってきてやる」と言った。

「お肉も貰ってきてよ」

「我儘だな」


 私には父親がいないついでに、おじいちゃんやおばあちゃんという人もいない。ずっと母と伯父さんと暮らしてきた。何があったのかというのは、今のところ真剣に聞いたことがない。

 それでも私は人生を悲観したことはなかった。母も伯父さんも愛情深い人だということはわかっていたし、前世の私にだっていい思い出はそれほどなかったからだ。


「……ん?」


 ふと、伯父さんが空を見上げる。「今、濡れたな。雨か?」と言った次の瞬間には、大粒の雫がそこらじゅうを濡らしていた。

「おいおい、一日中晴れだって言うから今日にしたのに」

「通り雨?」

「山の天気はなんとやらってとこだな」

 我儘を言っている場合ではなくなってしまった。私も伯父さんと一緒にBBQ大会に戻ることにする。それにこの雨でBBQはお開きになるかもしれなかった。


 しかし、どこまで歩いても辿り着かない。そんなはずはないと躍起になって二人で歩いたが、BBQの痕跡すらない。

「雨だから片付けて帰っちゃったのかな」

「俺たちを置いてか?」

 伯父さんは携帯電話を出す。「圏外だな」と言うので私も自分の携帯電話を見ると、充電がなくなっていた。

 私はここでようやく、強烈な違和感を覚える。携帯の充電がない? ありえない。私とて現代っ子。携帯の充電がないイコール死、というぐらいの感覚は持っている。昨日の私が充電を怠るはずがない。

 しかしないものはないのだ。私は携帯電話の故障を疑った。


「俺たちがBBQをやってたのは山の麓だ。すぐ車道に出るだろう」

「そうだよね」

「とりあえずこの雨じゃ川の近くは危ない。川から距離を置きながら下りよう」


 しかし。しかしである。いくら歩いても車道に出ないどころか、どんどん山深くなっているような気すらした。

 そうして私たちの目の前に現れたのだ。例の洋館が。




 突然『ホラーゲームじゃん』と叫んだ姪に驚いたのか、伯父さんは「なんか言ったか?」と私の顔を覗き込んできた。私はぶんぶんと首を横に振り、天を仰ぐ。


 前世の私はもちろん知らなかったが、今の私は履修済みのジャンル。ホラーゲーム。これはもう導入としては完璧である。むしろここからホラーゲームが展開しなかった方が驚きである。

 それにしても、だ。『君、ゲームは好き? よしよし、次はたくさんゲームやらせてあげようねえ』と言ってホラーゲームが始まったらそれはもう詐欺で訴えられてもおかしくないと思わん? いやホラーゲームが悪い訳じゃなくて……。


「このままだと風邪を引くし、仕方ない。あの家で雨宿りさせてもらおう」

「断固拒否」

「何??」


 言っちゃあなんだが私はホラーゲームへの理解は高い方だと思う。ホラゲでやっちゃいけないこと一位は怪しい建物に近づくこと。二位は一人で行動することだ。絶対ダメ。てかなんでそんなことするかわからん。

「あの洋館に近づくぐらいなら遭難した方がマシ」

「そんなことはないだろう……」

「いやマジで。他の道探そうよ」

 いやでも、と伯父さんは渋る。私は「とにかくあの洋館だけは無理!」と叫んで歩き出した。ほとんど走り出していたと言っていい。伯父さんは「あ、おい」と私を追いかけてくるようだった。


 逃げるように前へ前へと進んでいると、いきなり視界が広がる。車道だ。『なんだ道があるじゃん』と喜び勇んで車道に出ると、とんでもないスピードを出した自動車が私にぶつかってきた。私は吹っ飛んで、何もわからないまま目を閉じる。


 暗転。




 え?

 は?


 なっ…………

「何……今の…………」


 轢かれた。車がぶつかってきて。私……

 死んだ? 今、何が起こって……?


「震えてるじゃないか、佳乃子。仕方ない。あの家で雨宿りさせてもらおう」


 隣には伯父の姿。私のことを気遣わしげに見ている。

 私はものすごい勢いで頭を回転させて、「……そう、しましゅ……」と答えていた。


 嫌な汗が止まらない。今のは夢だったのだ、と思い込むことはできそうにない。それだけのリアリティがあった。

 しかし、しかしである。これが夢でないのなら、可能性としては一つだ。

 このゲームから逃げることは出来ない。たとえ死んでもループする。


 本当にそうなのか試してみたいが、もう一度逃げ出して車に轢かれてみる勇気はない。

 ガクガク震える足を何とか動かして、私は伯父さんについて行った。


 伯父さんは洋館の屋根がある玄関前で立ち止まり、「俺の上着は水を弾くから」と言って私にそれを羽織らせた。あたたかくてくしゃみが出る。

「中に……入らないの……?」

「人の家に勝手に入ったら不法侵入だぞ」

 私の伯父はまともな人だった。


 私たちはその場に腰を下ろして、しばらく雨が止むのを待っていた。ふと伯父さんの顔を見ると、音もなく眠っていた。私は驚いたが、すぐに自分も目が開けられないほどの眠気に襲われていることに気づく。

 どうやら伯父さんがまともな人であったがために強制イベントに入ったらしかった。



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