短編集

corvus corax

第1話 青空の君へ…

「マジ?同じ誕生日とかめっちゃ嬉しいわ!」


それが俺が最初に印象に残った輝幸の言葉だった。

黒い髪に黒い目、雰囲気が暗いと幼い頃から言われ、もともと友達作りが得意でない俺は、とりあえず大学ではどこでも隅っこにいる。

そんな俺に声をかけてくれたのが青木 輝幸。

はたから見たら陽キャと思われるだろう金髪の髪で、話しかけてきた顔は元気そのものだ。


「お前いつもすみっこにいるなー、名前は?」

「浅川…創輝…」


周りの雑音にかき消されそうな声で、どういう漢字を使うかまでとりあえず答えた。

それでも輝幸はきちんと声を聞き取ってくれたようで


「創輝!!おぉ!俺と同じ漢字入ってるじゃん!で、誕生日とか血液型は?」

「4月…20日、A型」

「マジ?同じ誕生日とかめっちゃ嬉しいわ!運命かもな!」


輝幸はキラキラした目で俺にそう言う。

運命とか、友達とか、どうでもよかった。

ましてや同じ漢字と同じ誕生日ってことで運命を感じられても…。

でもまぁ…大学で一人だと不便なこともあるから、とりあえず一緒にいるか…そんな感じだった。


輝幸と同じキャンパスライフを送る毎日に、少しずつ充実感が増していく。

俺の心の中でどうでもよかったその気持ちも変化し始め、毎日のように一緒に食べる食事も、一緒に行く店も、共有する話題も、輝幸という存在が大きく大切になっていった。

そんなある日…


「なぁ創輝、20になったらさ、ぜってー一緒に最初の酒飲もうぜ!!」

「は…?」

「だって楽しみじゃん酒飲めるようになるの!大人たちがうまそうに酒飲んでるの見て、楽しそうで、俺あれ絶対創輝とやりたいんだ!」

「お…おぉ…、まぁいいけど」

「よっし!約束だからな!」


またもやキラキラした顔で輝幸とそんな約束を交わしたのは、友達になってから最初の秋だった。

日に日に変わりゆく季節の温度差に、そろそろ温かいコートでも買いに行こうかと輝幸と話をしていた矢先、実家の母から突然連絡がくる。


「創輝!?創輝大変…お父さんが脳梗塞で倒れたの!」


その一報で、俺は実家にすぐ帰る必要ができた。

輝幸にもしばらく会えないことを伝え、早々に今住んでいるアパートを後にする。

実家近くの病院に駆け込んだ俺は、父のいるだろう病室に走りこんだ。


「母さん!父さんはっ…!!」


病室で静かに横たわっている父。

酸素マスクをつけ、枕元には父の鼓動と共に音を発するバイタルサインモニター。

どうやら一命はとりとめたようだ。

ほっと胸を撫でおろす俺に、母が詳しい事情を説明してくれた。


「先生が言うには、一応山は越えたから、大丈夫だろうって…。でも、もしかしたら体に障害は出るかもしれないって…」

「そう…なんだ…」

「ねぇ創輝、大学に行くことを諦めてとは言わないから、少しの間、実家に帰ってきて手伝いをしてもらえないかな…」

「うん、いいよ。俺にできることなら手伝う」


春までには帰れるだろう、そう思ってその日から実家の手伝いをし始めた。

病院に行く母の送り迎えや、日用品や食品の買い出し、家の掃除や料理等、最初は戸惑ったが母が教えてくれたおかげでなんとか慣れていった。

目を覚ました父も、動かない足を引きずりながら、毎日リハビリを頑張っている。

少しずつ歩けるようになった父は、年明けには退院できそうだ。


「あけましておめでとう!今年はいい年になるといいな!」


年はじめの挨拶を輝幸にしたら、いつも通り明るい声で挨拶を返してくれる。

その明るい声に、目まぐるしく過ぎていく毎日にも癒されていた。


年を越して1月の中旬、リハビリを頑張った父の甲斐もあって、病院を退院できることになった。

やっと大学に戻れることと、久しぶりに輝幸に会えることに、心の中でワクワクしていた。

大学に戻れる日が決まったことを連絡しようと、輝幸に電話をかける。

が、何度かけても輝幸は電話に出ない。

父が退院して数日後、俺は大学へ戻った。

相変わらず輝幸とは連絡が取れないままだ。

何かあったのだろうかと待っていると、俺のスマホに輝幸の名前が表示された電話がかかってくる。


「もしもし?輝幸?」

「…あぁ…えっと、浅川創輝さんですか?」


電話を出た先で話をしているのは明らかに女性の声。

はいそうですと伝えると、その女性は輝幸の姉だと名乗った。

そしてその次の言葉を、俺はすぐに理解することができなかった。


「ご連絡遅くなってごめんなさい。輝幸は数日前…事故で亡くなりました」


持っていたスマホを地面に落とし、画面にヒビが入る。

それでも震える手でとりあえずスマホを拾い、輝幸の姉が言っていることに耳を傾けた。

姉が言うには俺に渡したい物があるのだそうだ。

その日すぐに行くと住所を聞き、大学を早退する。

頭の中で亡くなったという事実を受け止められないまま、姉から教わった住所に向かう。

行ったら実はどっきりでしたと輝幸なら言ってくれるのではないか。

そんな期待は儚くも崩れ去った。

輝幸がいた家のリビングに、輝幸の遺影と遺骨が置かれている。

その前に立った俺は立っていることができなくなり、その場にへたり込んだ。

なんとか線香をあげ、手を合わせる。

それを見計らって、輝幸の家族から手紙を手渡された。

恐る恐る封を開け、中身を取り出す。

広げてみると、創輝へと描かれたその手紙はルーズリーフだった。

あいつらしいな…、そう思いながら手紙を読む。


―創輝へ―

手紙書くなんていつぶりかな、俺文章得意じゃねぇから変でも許してな!

創輝が家族の手伝いしてるって聞いて、俺偉いな~ってすごい関心してたんだ!

なんかこういうこと書くの照れくさいな…

でもさ、創輝の姿思い浮かべてると俺も何か頑張らなくちゃって気持ちが出てきて、介護のほうに興味持ち始めたんだ!

だからいつか人の役に立てるように勉強して介護士目指そうかなって思ってる。

だから創輝も頑張れよ!

俺離れてても創輝の事応援してるからな!


その手紙を読み終える前に、俺の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「…う…っ…うっ…、あぁ…ああぁ…!!」


大事な親友を失ったとてつもない悲しみで、大声で泣き叫んだ。

声がかすれる、のどが痛い。

でももっと…もっと…輝幸を失ったほうが苦しくて痛い。

身体が引き裂かれるくらいに。

これからずっと、親友として一緒に頑張れる未来を思い描いていた。

それなのに…どうして…。

悔しくて、寂しくて、切なくて、悲しくて。

いろいろな思いが渦巻く。


輝幸…俺は…、君の事が大好きだったんだ…。


ひとしきり泣き叫んだ後、輝幸の家族が俺に感謝の気持ちを伝えてくれた。

そんな感謝だなんて、救われたのは俺のほうだったのに。

また線香をあげに来てやってと言われ、約束をしてその日は自宅アパートへ戻る。

その日から俺は輝幸を失った悲しみで大学を休学した。


やっと暖かくなってきた4月、桜は満開で、心地のいい風が吹いている。

去年から今年にいろいろあったせいで大学は留年することになってしまった。

それでも時が経つにつれ、少しずつだが元の生活に戻れるようになってきた。

母が心配して駆けつけてくれたこともあった。

支えもあって、大学には行けるようになったが、やはり輝幸との日々を思い出すと辛い。

でもやりたいこともできたんだ、だから今はそれに向かって頑張っている。


4月20日、俺は近くのコンビニで比較的飲みやすいと教わったカクテルを買った。

輝幸との約束を果たすために。

空は青いし陽も高い。

でも俺と輝幸の名前にはピッタリな時間だろう?


「なぁ輝幸、俺介護士になろうと思うんだ。父さんのこともあるしさ、何より、お前が目指そうとしてた職だから」


そう言いながらカクテルの缶を開け、グラスに注ぎこむ。


「初めての酒、一緒にやるって約束だったからな。ありがとう…輝幸。俺頑張るよ……、乾杯」


そう言いながら、俺は青空に向かってグラスを掲げた。

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