第二十七節 うしないえたもの
私は絶句した。怒りというものは、燃え上がるものだと思っていた。だが今、私の身体を満たしている怒りは、雪のように冷たく白い。全身が真っ白になるかのような怒りだ。
「
「…はい。」
「………。オスロエネに行くと良い、
「…はい、分かりましたわ、
「勘―――。」
勘違いしないで、と、続けようとして、
ああ、そうか。絶望したのは、私だけでは無かったのだ。
そうだ、離縁しよう。私では守れない。脚の骨の足りない私では、守れない。
預けられたのに、任されたのに、私では出来なかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
神の声すら、私を慰めてはくれなかった。私はいつの間にか、その場で眠ってしまった。
ぺたぺた。ぺちぺち………。
「おーちゃ、おーちゃ。」
「ん…?」
頬を叩かれ、私は目を覚ました。ぼやけた、少し陰った視界の中に、
「どうした、腹が減ったか。」
「おーちゃ。」
「
そこまで言って、誰も居ないことに気付き、私は何があったのかを思い出して、瓶の中に吐き戻した。
「おーちゃ、おーちゃ。」
「おとちゃん。」
「………!」
一瞬で吐き気が治まった。
「
「おとちゃん。」
「
「おとちゃん!」
答えた。
「
ところが、二階に
そこで、だんだんと眠る前のことを思い出してきた。そうだ、
―――誰かって誰だ?
まさか、こんな短時間に、もう出たのか? そう思い、私は部屋の中を探した。
無かった。
急な不安に襲われ、私はエルサレム中の医者を探した。しかし、いなかった。
「おとちゃん?」
「………。帰ろうか、
「う!」
「夕方、会堂に連れて行ってあげよう。説教を聞かせてあげるからね。」
「う! う!」
―――ああ、どうして私は、いつも間違えるのだろうか。エルサレム司教なのに。
結論から言うと、私の説教は大失敗だった。私の息子の耳のことは皆知っていたが、
しかしその女弟子は、
帰ってくると、灯火がついていた。
「
一階には誰もいなかった。
「
「!」
「無理しなくていい。
「………。」
私が近づいても、
「は…っは…っは…っ。」
「おとちゃん?」
「
「う!」
「? ?」
「
「
「?」
「おとちゃん、おとちゃん!」
「おばちゃん。」
「おわたん。」
「おばちゃん。」
「おばたん!」
「そう、やっぱり聞こえてるんだね………。」
私は
僅かに部屋を開けている間に、随分と虫が集まってきていた。医者は灯火をよく近づけて、
「心労ですな。あまりのことに、神が憐れんで下さったのです。」
「心労………。」
「…メシア
「………。それは、どういう………。」
「司教様、貴方は恵まれすぎた。メシア
「…神は、中傷なんて信じない。」
「おお、それもそうでした。」
皮肉るように、医者は言った。
「お気をつけなされ。今や破竹の勢いのナザレ派。誰がどのように妬み、悪霊を送っているか分かりませぬ故……。」
「………。」
「
何故こんな無能に、エルサレム司教なんていう座を与えたんだ…?
「神よ、何故私の家族を、こんなにも打ちのめすのですか…? 貴方の一人子を拷問死させるだけでは、足りなかったのですか………?」
神は答えない。メシア
神は、その一人子をお与えになり、全ての民を救われた。
私達は、
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