第二十四節 家族のいみ
それから半年ほど経って、
「
「ええ、そうですね。よく飲みますよ。」
誰もが、『
「キビ兄は立派だよ。それだけで、父親だよ。」
誰もが寝静まったころ、和が私に言った。眠る赤子と、
「名前、そういえばどうするの?」
「
「ああ、そっか。そしたら、セン兄にも子孫が出来るのか。」
「そそそ。うーん、だけど何て名前がいいかな………。」
「………。ねえ、そしたら、わたしと
図星である。
真実はどうあれ、私は生まれたからには、子供はどんな子であったとしても、私の子だと言い張るつもりだった。それは弟妹に対しても同じだ。
妹と言えば、メシア蘖復活の折に、カナに手紙を書いた。私がエルサレム司教になったことも手紙に書いたし、何だったら婚約したことも書いた。だが、一向に雅からの返事はない。便りがないくらいに充実しているだけなのか、それとも、手紙を読むことが出来ない状況なのか―――。
頭がぐるぐるしてきた。止めよう、今日は寝よう。と、私は葡萄酒を一気飲みし、そっと自室に戻った。
寝床に戻ると、
いつぞや見た乳房とは、全く違う大きさと形。私は少し、気分が軽くなり、そしてすぐに、重くなった。
やめだやめだ。寝ようとしたではないか。
翌朝、激しい物音で目が覚めた。すわ、また揉め事か、と思って、身体がぐっしょりと濡れたようになる。階下で、激しい言い争いから発展し、物が投げられているらしい。
「なんだなんだ、どうしたんだ!」
「
男弟子の一人が、小さく蹲っている女を指さして言った。寝ぼけた視界がはっきりしてくると、それが
「
震えている
「そうです、貴方の妻です。貴方の妻が、不貞を犯していたのです! その男の子は、司教の子供ではありません。貴方は騙されています!」
途端に、あの無残な光景が蘇る。しかし、私がここで吐き戻してしまったら、それは肯定と同じだ。
「泣かせるな! 耳が穢れる!」
「黙れ!!
「謂れのない中傷をするな、何を根拠にそんな事を言っている! まだ子供が産まれたばかりだぞ!」
大丈夫だ、と、私は心の中で繰り返す。
あの迫害の日は、慎みの期間が終わる、まさにその日だった。その日に出来た子だと言い張れば、どんな計算をしても証明しようが無いはずだ。あの時、あの場にいたのは私達だけだった。だから誰も、助けが入らなかったのだ。私は無様にも、途中で意識を奪われ、
「
「何のことだ。」
大丈夫、大丈夫だ。誤魔化せるはずだ。
「アレは、私どもの声には泣かなかったのに、司教に押しつぶされて泣き出しました。」
「耳が聞こえていないのです! メシア蘖さまの血を遠回りにも引いている子が、穢れているのです!」
「そんな穢れた子供が、メシアの家系から出るはずがない!」
「
「
「
「有り得ない、有り得ない、有り得てはいけない!! そんな子供は、産まれてはならない!!」
なんだ。
なんだ、これは。
何を言われているんだ、私は。
一番辛いのは
しかも、彼女が本当に、婚約者以外の者に暴かれたことを指摘している者はいなかった。穢れた子供が産まれたから、不貞を犯したと言われている。順序が逆だ。しかし皆、それが正当性があると思っている。
なのに、何故彼女が責められている? 何故、何故、何故―――。
ああ、そうか、と、思った。分かったよ、と、心の中でメシア蘖に、否、ヒコに言った。
お前が、家庭を持たなかった理由。男狂いだと噂されても、お気に入りの女を作らず、私達に甘えていた理由。舌っ足らずな言葉で、
蘖自身が、穢れていなければならなかったのだ。穢れているように見えなければならなかったのだ。子供の悪霊が取り憑いているかのように、大酒飲みで大食いの悪霊が取り憑いているかのように、敢えて振る舞っていたのだ。
何故なら、どの家にどんな穢れが産まれても、それは罪ではなく、神の栄光のためだからだ。
どんな子供にも、メシア蘖が語りかけ、時には自分の姿が見えるように、最前列に座らせた。悪霊の憑いた子は当然癒やし、寡の息子だろうと金持ちの娘だろうと、大切な子供が死んだならば生き返らせた。全ての子供は、生まれてきて、生きていい者なのだ。
だから、メシア蘖の子孫に相応しくない子供と呼ばれる者がいないように、蘖は自分の人間としての自由を捨てたのだ。全ての女の産む子供の父になるために、誰一人として選ばなかったのだ。
「………。そうか。」
そうだ、あの子は神の子だ。母は最後の最後まで、蘖の本当の父を語らなかった。だからこそ蘖は、私生児として、私達穢れた子供と同じように年長者に特に蔑まれながら、それが当たり前の、取るに足らない生活をしていた。
あの子にも出来るはずだ。蘖のような暮らしが。蘖のような生き方が。蘖のように、家族に愛される様に、神に愛される生き方が出来るはずだ。
「三日後に割礼の儀式をしてイスラエル人にする前に、殺しましょう!」
「それは無理だ。あの子には、名前がもうある。あの子はイスラエル人だ。」
「ではその名は!」
「名前はなんというのですか!」
欽と和には申し訳ない、と思いながらも、私は言った。
「
「いいえ、いいえそんなはずはありません! メシアは大王の家から来ると預言に―――。」
「
私はそう強調し、二階へ上がった。勿論、二人の元へ行くためだ。扉を開ける前から、
―――本当に、聞こえていないのだろうか。私は思い出したことがあったので、扉を開けた。
「
「キビ兄、奇跡起こせるの!?」
和の反応に、気落ちしないようにする。気落ちしていては、出来るものも出来ない。私は
「開け(エッファタ)。…坊や、お前の名前は
私はそう語りかけたが、
だめだ、幼すぎて思い出せない。
「ね、眠いだけだよ! それより、
和が作り物の笑顔で、私に問いかける。
「ええ、今、
彼女達を悲しませてはいけない、と、私は歯を食いしばって、
そして、ずっと涙を湛えている
「この子は確かに、私の子ではないかもしれない。なら、この子は私の妻の子だ。なら、私はこの子の父親だ。何も問題はない、この子は神の子だ。」
―――強姦された女性が産んだ子を、『神に預けられた子』と表現するのが、適切なのかどうか、私は今でも分からない。
しかし
「家族なんだから、当たり前でしょ!」
「司教である前に、兄ちゃんなんだから! おい達に任せといて!」
メシア蘖は、この役目を二人に負わせる為に、忌み子と呼ばれ続けるように、その穢れを落とさなかったのだろうか………。
その為に、
「はい、
とうとう嫁に行くことはなくなった和が、我が子のように、戸籍上の甥と遊ぶ。
「あう! あーう!」
―――だが、その口から、意味のある言葉は、この三年間出ていない。私の信仰は、足りなかった。
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