第二十一節 破瓜

 その日は照りつける日差しが強く、何時もより早めに皆、昼休みに入った。私も部屋に戻る。若枝わかえは昼食を持って部屋に入ってきた。

「あれ、今日はここで食べるのか?」

「はい。今日で慎みの期間も終わりますし、その………。ええと、会話、などを………。」

「あー………。うん、ソウダネ。」

 そういう訳で、私と若枝わかえは、木陰で食べるように、膝の上に弁当を乗せた。

「………。」

「………。」

 気まずい。否や、若枝わかえとは知らぬ仲ではないのだ。明日には夫婦になると言うのに、こんなに会話が無くて大丈夫なのだろうか。

若枝わかえ。」

「はい。」

「………。好きな食べ物って何?」

「油漬けなら何でも好きです。」

「………。マグダラ村産でもいい?」

「はい。」

「………。」

 会話が終わってしまった。こんな時、瞻仰せんぎょうならどうやって会話を紡ぐのだろう。

 と、ふふっと、若枝わかえが笑った。

「な、なんだい。」

「だって、」

 理由を聞こうとして、突然下の階が騒がしくなった。さっと弁当箱を包み、杖を取って、私は様子を見に行こうとして―――突然開いた扉に弾き飛ばされた。杖がころころと掌から転がっていく。

「きびす司教はどこだ! 隠すと殺すぞ!」

 私は驚いて何も言えなかった。背中に若枝わかえが隠れている。

「隊長、少なくともこいつじゃないですよ。ほら、脚。」

 後ろから、一兵卒らしい男が、私の左脚を指さして嘲弄した。

「穢れた男が、長になれるわけがない。」

 私は顔がかっとなるのを感じた。羞恥か憤怒かは分からない。だが、ずかずかと隊長以外に四人ほどの男が入ってきて、扉を閉めた。

「おい、お前。後ろにいるのは、お前の妻か?」

 私は正直に首を振った。まだ慎みの期間が過ぎていない、婚約者だからだ。…というより、そこまで頭が回っていなかった。妻かと問われて、まだだと答える為に、首を振っただけに過ぎない。

「妻でもない女か………。おい、下はまだ手こずっているのか。」

「そうみたいです。反抗も大きいみたいです。」

「んじゃ、この五人だけでいいか。」

 五人、という数字に、私は大昔見た悪夢を思い出した。それこそが、ここにはいない瞻仰せんぎょうからの警告だったのかも知れない。私は咄嗟に杖を拾い直し、杖で一番手前にいた一兵卒の首を殴りつけた。ぐえ、と、変な声を出し、一兵卒は首を拉げさせ、はくっはくっと、奇妙な呼吸をして痙攣している。

若枝わかえッ!」

 窓から飛び降りれば、若枝わかえだけでも逃げられるはずだった。だが、隊長と呼ばれた男が、若枝わかえの方を向いた私の右脚に足払いをかけた。添え木は折れなかったが、杖が折れてしまった。たったそれだけのことで、私は立っていられなくなり、ドタンと床に突っ伏す。窓から逃げようとしていた若枝わかえが、驚いて戻ってきてしまった。

「き―――旦那さま!」

「へえ、お前、こいつの下女か。」

 どう答えたら良いのか分からず、私は若枝わかえに縋り付いて上半身を起こした。私は若枝わかえを護るように、上半身の後ろに押しやったが、若枝わかえは寧ろ私を抱いて支えて、勇ましくもきっと睨み付けて、言ってのけた。

「だったら何だと言うのです。ここにはお金も何もありません。お帰りください!」

「きびす司教を捕らえにきた。ここにいるはずだ。」

きびす司教さまでしたら、今は市中で教えに行っておられ―――。」

「嘘を吐くなァッ!!!」

 唐突な大声に、ビクッと若枝わかえが震え上がる。私を抱いている手が震え、私は尻を引き摺って、若枝わかえの前に出た。

「こんな真っ昼間から、男娼みたいな働き方をする奴が司教な訳が無い!」

 私は咄嗟に叫んだ。

「メシアひこばえさまは、娼婦の味方でした! その弟子である方が、娼婦と同じ時間に働きに出ていて何の不思議がありましょう!」

「あの男なら出来ただろう。だがその弟子に、同じことが出来るわけがない、救世主になりたかった男に惑わされるような、男の腐った奴!」

 私が何か言うより先に、若枝わかえが手元の弁当箱を隊長の顔に投げつけた。直撃こそしなかったものの、弁当箱の中に残っていた油は顔にべっとりとかかった。

「出て行けこの野蛮人! 人が下手に出てりゃ良い気になって、猪口才な! いないものはいないのよ!! とっととそこの転がってる奴拾って帰りなさい!!」

「………。」

 隊長の顔が、油で火傷をしたかのように赤くなっていく。次の瞬間、隊長が今度は私の腹を蹴飛ばし、若枝わかえ諸共押し倒した。

「男を侮辱するなんて、弁えない女だな。悪い主人め、二人諸共懲らしめてやる。」

 殺してやる、と、聞き間違えたらしい。隊長は縄を取り出した。若枝わかえだけでも逃さなくては、瞻仰せんぎょうから預かった彼女だけでも逃さなくては、と、私は起き上がるために、背を向けた。

 仕方がないのだ。私は、一度俯せにならなければ、杖なくして立ち上がれない。しかし、その隙に、隊長が私の腰の上にのしかかり、腕を後ろ手に縛った。まずい、これでは立ち上がれない。というより、這いずることも禄に出来ない。

「旦―――きゃあっ!」

「止めろ! その娘はここの共同体とは関係ない! ただの借りてきた雇い人だ!」

 咄嗟に出た嘘が、それだった。もっと頭が良ければ、瞻仰せんぎょうのように冷静でいられたなら、他の答えもあったのかも知れない。三人の一兵卒達が、若枝わかえの肩を掴んで引き倒し、別の兵士が髪を掴んで座らせた。

「痛い痛い痛い! 女の髪をなんだと思ってるのよ!」

「お前こそ女がどんなもんだって思ってんだよ! さっきからべらべらべらべら、律法も教わらなかったのか!」

 別の一兵卒が、髪を持ち上げられたままの若枝わかえの肩を蹴り飛ばした。若枝わかえは悲鳴を上げたが、それで終わらなかった。咄嗟にその脚を掴み、えいっと下へ引っ張る。

「うっ。」

「ぎゃあああああっ! この、この、ズベがァァァァ……っ!!!」

 素人目でも分かる。関節が砕けた。膝が真逆に折れ曲がり、一兵卒が一人、痛みに転がっていく。髪を持っていた兵士が怯んだが、逆にもう一人、何かの準備をしていた兵士が若枝わかえの腕を掴み、高々と持ち上げた。若枝わかえの身体が、少し浮かぶ。若枝わかえは大人しく立ち上がったが、それでも男の方が上背が高いので、やはり引っ張られた。

「痛いって言ってるでしょ!」

「隊長、うるさいですけど、いいんですか?」

「いい、いい。そういうのがいい。」

「あ、さいですか。じゃ、いつもどおりで。」

 その会話を聞いても、私は若枝わかえの身に何が起こるのか、よく分かっていなかった。何故なら私の中では、強姦とは男同士で起こるものだという思い込みがあった。瞻仰せんぎょうのあの人生が、告白が、強烈すぎた。

 隊長に言われるがままに、膝を砕かれた兵士が号泣しながら寄ってくる。隊長は自分の剣を抜いて、私の首の傍に剣を突き立て、その柄を握らせた。

「おい、女。少しでもこのオレの機嫌を損ねてみろ、お前の旦那さまの首が血を吹くぜ。」

 やいのやいのと罵っていた若枝わかえが、ぴたっと罵声を止める。私はうつぶせで腹が潰されたまま、声を絞り出した。

若枝わかえ! 気にするな! 逃げろ、逃げろ、逃げろ!!」

 すると、隊長は大笑いしながら、私の目の前に若枝わかえを横たわらせた。髪を持っていた方が足下に回り、若枝わかえの膝を恥部が曝されるほどに折り曲げる。

 私はその時漸く、何が起ころうとしているのか―――否や、それが女にも起こりうるのだということを理解し、狂ったように叫んだ。

「止めろ止めろ止めろ! その娘には婚約者がいる! 止めてくれ、私がお前達の相手をするから!!」

「ハッハハハ! 男が股の代わりなんぞ出来るわけないのにナ! お前の主人、狂うのが早すぎじゃねえか?」

「死ね!」

「まあ、上の口の悪い女は下の口はいいもんだ。おい、いつもの。」

「はい、さっき作りました。」

 そう言って、両腕を押さえていた兵士は、若枝わかえに布で巻いた何か棒きれのようなものを咥えさせた。少し太いらしく、苦しそうな嘔吐きが聞こえる。若枝わかえの奥歯の震えが、棒を僅かに震動させ、一本だけ自由になっている脚が、隊長の肩を蹴る。

「うーっ! うーっ! ううーっ!」

 ずりずり、ずりずり、と、隊長が何故か、服の裾を捲っていった。脱がすのではない、捲っていったのだ。服のすぐ下には、婚約者である私が、私だけが明日の夜、灯火の慎み深い光の中で見るはずだった裸体がある。その裸体が美しいのかどうか、私には分からない。が、少なくともそれが、太陽という煌々とした光の中で、くっきりと、婚約者以外の男にも見られているということが、私自身にも激しい羞恥をもたらした。

「隊長、その犯り方、好きですね。」

「服を破くと、後々面倒だ。何かあっても、すぐに元に戻せるようにしておいた方が利口だぞ、覚えておけ。」

「はあ。」

 太く分厚く、体毛の濃い隊長の指が、若枝わかえの乳房に食い込んだ。私はそれを見て、全身が逆立つ様な寒気を覚えた。寒気のあとに来たものは、目の前がだんだんと黒く、狭くなっていく視界だ。

「触るなァッ!」

 私は右足と、顎だけで前へ這いずった。慌てて、剣を持っていた兵士が、私の首を刺そうとする。構わない、とにかく、この視界が、若枝わかえの姿を捉えられなくなる前に、見えている間に、傍に行かなければと思ったのだ。隊長はべたべたと若枝わかえの握った乳房に唾液をつけながら、ちらっと私の方を見ると、ゲラゲラ笑い出し、兵士を制して、若枝わかえの耳を引っ張り、私の顔を見せさせた。

「見ろよ、お前の旦那さま! 顎で移動してやがる! 中風だってもう少しまともな動き方するぜ? 無様だなあ。女の管理が出来ねえ奴は、生き方も汚い。」

 若枝わかえは泣いていたし、震え上がっていた。だが、目つきは鋭かった。

 こっちに来るな、私は大丈夫だ、身の安全を考えろ。

 ―――貴方は、エルサレム司教なのだから。

 そんな事を言っているような気がした。私は後先考えず、答えてしまった。

「そんなこと出来るか! 私はお前の婚約者だ!! お前のことを護ると約束したんだ!!」

「………へえ?」

 その時の私は、面白い余興を考えついた隊長の変化に気付いていなかった。視界はどんどん見えなくなっていく。早く若枝わかえの傍に行かなければ。それしか考えていなかった。

「婚約者ってことは、この娘、処女か。」

「隊長、これで三回連続アタリじゃないですか。私にも犯らせてくださいよ。」

「嫌だね。でもお前、もう一個の処女の方はやるよ。」

「えー…。まあ、位置的にもそれがいいですかね。」

 よいしょ、と、腕を掴んでいた兵士が、腕を高く持ち上げつつ、片手で鎧を脱ぐ。脚を押さえている方は、形を変える乳房を見ながら、一人で励んでいる。

 若枝わかえ若枝わかえ若枝わかえ

「フーッ、フーッ、わ、私の女に触るな!!!」

 芋虫よりも遅く、若枝わかえの身体がべたべたになっても、若枝わかえ以外が見えなくなっても顎と右太股の内側で進み続けた。すると、若枝わかえの身体を舐め回していた隊長は、私の髪を掴み、私が汗だくになりながら進んできた、たった二歩の距離の何倍もする場所へ放り投げた。

「カタワの男より、出世男の上流ちんぽの方が悦ぶから安心しな。お前の嫁さん、初めてでナカイキ出来ると思うぞ。オレ処女好きだし。」

 ああ、まだ嫁にしてなかったんだっけか、と、言われ、兵士達が笑う。若枝わかえの声は聞こえない。隊長の背中と、汚い尻だけが見える。だがそれでいい。

 放り投げられて、体勢が変わった。今の私は、右膝を曲げて、持ち上がる事が出来る。

「触るなって………。」

 良く見ろ、集中しろ、この一撃で殺すつもりで、全員叩きつけてやるつもりで、このくびが折れても構わない。怒りで震える歯を打ち鳴らし、腹に力を溜める。若枝わかえの悲鳴が上がり始める。

 乱されるな! 集中しろ! 一撃必殺しか、道は無いんだ!!!

「言ってんだろうがぁぁァァーーーーーーーッッ!!!」

 ずっと片脚だけで生きてきた。だから、片脚だけで十分だ。杖が無くても、手が後ろで縛られていても、右脚さえ自由になっているならば、私は動ける。左太股の半分までしか無い骨を背中に反らせ、添え木を浮かせる。右脚で臍から下に全ての力を込めて、突進する。頸は突き出し、鼻先よりも歯を突き出す。

 ドスンッ!

「うおお!?」

「キャアアアアーーーーーーッッ!」

「うわあっ!」

「あ、あぐ…っ!」

 体勢を崩した隊長が若枝わかえに被さり、若枝わかえがその後ろにいた兵士との間に挟まる。筋肉とは呼べないような隊長の下腹に、若枝わかえの下半身がぴったりとくっついている。悍ましさよりも、怒りが勝った。私は仰向けに転がったので、背中で這いずって生き、その汚い尻に噛み付いて引きはがそうとした。

 が―――何故か、隊長はご満悦で、私の顎に指を引っかけ、ぐっと引き寄せた。

「へへ、ありがとよ。押し出されてて困ってたんだ。」

「フーッ、ふー、ヒー!」

 顎が押さえられ、歯が浮かず、声が出せない。ベヒモスよりも獰猛に唸ると、隊長は腕を捩って私の頭を掴み、俯せにさせて引き寄せた。

「お前の突進のお陰で、女になれたぜ。やるじゃん、旦那さん。」

 女にしたのはオレのちんぽだけどな、と、高らかに隊長が笑う。白く汚れた陰毛の奥に、嫌でも分かる、若枝わかえに食い込んだそれは、明らかに本体が見えていなかった。不随物は若枝わかえの太股の付け根に触れているのが僅かに見える。

 では、見えていない本体はどこにあるのか? ―――胎の中だ!

 若枝わかえが必死で護っていた堤防を、私の突進が突き崩したのだ。呼吸が出来ない。苦しい。嘘だ。私は若枝わかえの婚約者だ。若枝わかえは私の妻になるはずだった。何故若枝わかえは、私ではない男のものを埋め込まれているのだ。決まっている、私が押し込んだからだ!!

「おーい、そっちも入ってるのか?」

「は、入ってます……。根元まで全部。上に座ってるからじゃないですかね。抜けようがない。」

「ちょっと見えやすいように、普通に座らせてみな。」

「はーい。」

 よいしょ、と、隊長が若枝わかえの両腕を引っ張る。丁度正座をしている下半身裸の男の間に、若枝わかえが不自然な膝立ちをしているような体勢になった。若枝わかえの尻が元々どんな形だったのかは知らないが、今は一兵卒の股間に潰され、真っ平らになっている。若枝わかえは隊長の身体と一兵卒の身体の間を、俯きながら揺らいでいて、表情が分からない。

若枝わかえ…? 若枝わかえ、どうした? 何か言ってくれ!」

「おい、轡取ってやれ。多分その方が楽しい。」

「はーい。」

 背後にいた一兵卒が若枝わかえの轡を取ると、どろり、と、唾液が伝って落ちた。

若枝わかえ若枝わかえ!」

「う……ああ…っ。」

「な? カタワのちんぽよりも気持ちイイだろ? ああ、比べられねえか? んじゃ覚えな、これがお前が咥えるべきちんぽの形だ。」

「い………い………。」

「ホラ! 『イイ』ってさ!」

 ぐぐぐ、と、臍下から糞が口にせり上がってくる。吐き出そうとしたとき、若枝わかえが叫んだ。

「痛い!!! 痛い!!! 痛いィィ!!! 抜いて、抜いて! 出てってよぉ! うわあああああん!!!」

 若枝わかえが激しく泣いた。私は口から黄色い糞を吐いた。床と顔の距離が近く、顔にそれが跳ねる。喉に詰まり、激しく咳き込んだ。

「クセェな。おいお前、シコッてないで、掃除しておけ。オレ達はこっちで愉しむから。」

「へへへ………。」

 若枝わかえが膝達になったので、手持ちぶさたになったらしい別の一兵卒は、だらしなく陰茎を濡らし、陰毛が白く、沐浴をしたようになっていた。一兵卒はチャリチャリ音をさせながら鎧を着込み、こふこふ咳き込んでいる私の後頭部の髪を掴んで持ち上げ、吐瀉物と鼻先をくっつけた。

「へへ、へ、おく、奥さん、と、や、や、やりたかったら………。全部、舐めて、掃除しろ。」

「―――~~~~ッ!!!」

 私は若枝わかえと同衾するために夫婦になるのでも、子供を産ませるために夫婦になるのでもない。私達は、私達の大切な人に、お互いを預けられたのだ。声にならない怒りが再び込み上げ、私はもう一度吐いた。その間にも、若枝わかえの泣き声が反響している。声は掠れ、咳き込みながら、赤子よりも激しく泣き叫ぶ。私は右脚に力を込めようとしたが、それより先に、この吃音にずしりと太股に膝を乗せられ、糸が切れたように右脚すら動かなくなった。

「ふひひ、ふひ、ほら、舐めて、綺麗にしておくれよ……オイラが隊長に折檻されちまうよォ……。」

 私はそれを聞いて、呼吸を止めて口を引き結んだ。それに気づき、吃音は私の顔面を吐瀉物の中に強打する。

「掃除しろ! オイラが隊長に―――………。」

「わああああああ、うわああああああん!! ああああああ!!! やだああああああ!!!」

 声が遠い。若枝わかえの泣き声だけが近い。私は強い圧力を感じる右脚と上半身が、床の中に沈んでいくのを感じている。

 私の役立たずな左脚だけが、床の上に置き去りにされていた。


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