THE SiN

町屋 緑

【序章】やがて青澄む夜の下で

【一節】流転 ─ruten─

 夜だというのに、空には日中と変わらないほどの雲があった。

 空気は幾らか澄んで、風は冷えるほどではなく、かと言ってぬるくもない。何処か離れた先から届く喧騒だけが、小さく耳に届いていた。


 繁栄と衰退は、渾然こんぜんを経て一如いちにょに至る。

 文明の興隆こうりゅうとはいずれもたらされる滅亡の前触れであり、やがて衰退していく文明には、その随所に繁栄の欠片が遺る。


 今なお凋落の一途を辿る都市、コンコルディア。荒廃都市と呼ばれるまでに堕ちた因果を知る者は少なく、また多くの者は知ろうとさえしない。

 そこに住まう者たちはただ無自覚に呼吸を繰り返し、常軌を逸脱した営みを続ける。それが凋落に拍車を掛けているなどとは努々思いもせずに。


 繁栄と衰退は、渾然を経て一如に至る。

 たとえばそれは神話における創造と破壊、生命に纏う幽界と顕界げんかい、心を波打つ清廉さと堕落の概念にさえ一分の例外はない。その調和を乱し、摂理を脅かす者をあまねく宗教では悪と定義し、法と秩序もまた同様に断罪した。


「人の世を渡り歩き、いくらか知ったことがある」


 然して、その男は嗤う。


「人は野望を果たすために命をし、その野望が果たされた時、命より重いものなどはなかったと語る。そこに至るまでに払った代償が多ければ多いほど病的にな」


「人は学ばない生き物だからね」


「確かにそうかもしれん。であるからこそ、歴史は繰り返すことに価値があるとも言える」


「それは負け惜しみ? それともこの世界への慰めのつもり?」


「いいや、そのどちらでもない。これは答えに従った結果であり、俺が賭けたものは命よりも重い。君にも何れ、分かる時が来るだろう」


 繁栄と衰退は、渾然を以て一如に憑く。

 相対する答えを繋ぎ止めるは心を縛る規律か、はたまた人に宿る因果か。


 或いは──。


『THE SiN』


 人々は、その男を〝国憑くにつきの大罪人〟と呼んだ。

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