第四話
──汝、嘘偽りを述べるなかれ。
汝の誓言に忠実たるべし。
『騎士の十戒』
Book Cover for Leon Gautier's
"La Chevalerie"
アネットが『サー・ガウェインが自分に無償の優しさを与えてくれるわけがない』と思ってから数日経った。意外にもアネットはおだやかに過ごしていた。
彼女を知っている人なら、本来の落ち着きをとり戻したように見えただろう。しかしそれは諦めに近い境地だった。
アネットは騎士たちが話していたことを何度も思い出した。……彼らは、何か目的があって義姉を呼ぶつもりだった。自分はそれに巻き込まれただけ。
悲しむ必要はないと思った。サー・ガウェインは利用するだけの自分をレディとして扱い、礼儀を尽くしてくれた。それで充分だ。彼のためなら何だってできる。
──悲しむ必要なんてない。
さびしい心の中にガウェインへの恋が淡く輝いていた。
第四話
森の散歩道をアネットとガウェインは並んで歩いていた。どちらかが合わせるまでもなく、お互い心地よく感じる歩幅で歩けるようになっていた。
先日より寒くなって紅葉は美しかった。秋の陽がこぼれ、茶色い額縁のなかに琥珀や朱色が舞う。楽しげに音を立てて紅葉を踏み締めた。なんて美しい光景だろう。アネットは愛おしむように周りを眺めた。
物語のように美しい光景。隣には初恋の人がいる。その人は、優しげな視線を私にくれる。
「レディ・アネット。寒くはありませんか」
ガウェインは頬をりんごのように赤くしたアネットを見て言った。
「いいえ…」
少し寒かったが、ずっとこの空間に居たくて否定した。ガウェインはそんな彼女の小さな強がりを見抜いて手を握った。
「そうでしょうか。手はこんなに冷たいのに」
ガウェインの手は暖かかった。彼の熱がじぶんに分け与えられて、アネットは泣きそうなほど胸が切なくなった。
──初恋の人と過ごした日々。
アネットにとって一生の宝物だ。この一瞬一瞬を、ずっと忘れないでいよう。
「レディ・アネット」「サー・ガウェイン」
同時に言ってしまい、二人は見合いながら笑った。
「サーからお先にどうぞ」
「いいえ、レディからお先に」
ガウェインは遠慮しつつも彼女の性格を考えて先に言った。
「では、私から。けして重く考えないで欲しいのですが、貴女が私の館にしばらく留まっていることに対して、アーサー王とギネヴィア王妃がご関心を持たれました。
ぜひ甥のえらんだ女性を見たいと、十日後にこちらへ足を運ばれるとのことです」
突然の話にアネットは目をまん丸に開いた。「私とお会いになるということですか? 王様と王妃様が?」
とんでもないことだと表情が語っている。ガウェインは彼女を安心させようと慎重に言葉を重ねた。
「はい。ですが、陛下は甥とその恋人に会いにくるだけのつもりです。堅苦しくする必要はありません」
「………」
アネットは非常に困った顔をする。それはそうだろう。甥であるガウェインはともかく、宮廷に出入りする貴族でも王や王妃と話す機会はめったにないのだ。ましてや田舎領主の娘には想像すらできないだろう。
ガウェインはけっして無理強いをするつもりはなかった。アネットは黙っている。彼女の性格からして、会いたくないが王命だから逆らえないと考えているのだろう。「もちろん、貴女が嫌だったらお断りします」と優しく言った。生まじめで心の優しいアネットを困らせたくなかった。
「…いいえ」
アネットはか細い声で答えた。不安げな瞳はガウェインを捉えていたが、揺れてはいなかった。「お会いします。だって、サー・ガウェインに謝っていただくことになるのは嫌ですから」
「レディ・アネット……」
ガウェインは温かいまなざしで彼女を見た。「私のレディはさすがですね。すばらしいレディにお仕えできて幸いです。私は騎士として、貴女にどこまでも奉仕しましょう」
恥ずかしそうにアネットは笑った。「…はい。よろしくお願いします」
その笑顔はどこか儚げで、ガウェインは言葉を失ってアネットに見惚れた。まるで別人のように大人びている。ようやく見せてくれるようになった笑顔とも違う。少年のように胸が高鳴った。
──私はアネット嬢のすべてを知りたいと思っている。
頭の芯がぼうっとした。だが、冷たい秋風がふいてガウェインは我を取り戻した。
何を考えているんだ。自分は任務のため、嘘をついて彼女を利用している最低な男ではないか。年齢も離れていて初婚ではない。他の貴族に預けている大きな息子までいる。※
※中世では7歳になると、父親は息子を親しい騎士に預けて修行させた。
今の関係は、彼女がレディになる手助けをしているに過ぎない。もし彼女に足りない自尊心を与えることができたなら、素晴らしい女性に成長するだろう。
一方でガウェインは、アネットが自分を慕ってくれていることも知っていた。だが寄り添うのは、若くて立派で、彼女をしあわせにできる男性であるべきだ。ガウェインは成長したアネットが、見知らぬ男の隣で幸せな笑顔を浮かべる様を想像した。
──そのとき、きっと私は老いぼれているだろうな。
ガウェインは自嘲気味に考えて嗤った。
「サー・ガウェイン……でも…」
アネットの声で現実に引き戻された。
「きちんと礼儀作法を勉強したことがないので、王様や王妃様の前でどうすれば良いかわからないのです…。サーにご迷惑をおかけしないか心配です……」
自分に自信がなく、もじもじと話すアネットは以前のままだった。ガウェインは微笑んだ。自分が騎士として出来ることはまだ沢山ありそうだ。
「ではレディ、貴女の名誉のために礼儀作法をお教えしましょう。礼儀作法のほかに必要な物も用意いたします」
「はい…申し訳ありません……」
騎士として当然のことですよ。ガウェインは慈しむように手をとり、唇を寄せた。
■□■□■
それから十日のち、大ぜいの騎士や侍女を従えた華やかな一行がガウェインの館に到着した。
客間の上席に王と王妃が座り、従えている者を居並べると荘厳な雰囲気が漂う。アネットはその雰囲気に威圧されながらも、必死に覚えた口上を述べた。
「はじめまして、陛下、王妃様。クニス家領主エドモンドの娘アネットです。本日はお目にかかることができて、大変光栄でございます」
アネットの声は震えて堂々としたものではなかったが、彼女の懸命さが伝わってくる良い挨拶だった。アーサー王とギネヴィア王妃は、甥が選んだ少女の純真さを見抜いて微笑んだ。
「顔を上げなさい。私たちも貴女に会うのを楽しみにしていたよ」
王の親しげな言葉にアネットは応じる。ガウェインが用意してくれたドレスの裾をみださないよう慎重に立ち、再び礼をして深々とさげていた頭を上げた。
「………」
国王夫妻を前にして、アネットはまじまじと王を見つめた。想像よりずっと若い。王様は自分よりだいぶ年上だと聞いていたのに……。
失礼になりかねない見方だったが、アーサーは慣れた表情で受け入れた。
「私の見た目に驚いているのかい? おそらくこれは私の持っている聖剣の影響だ。初めて会った人は誰でもそんな顔をする。疑ってもいいが、私はこれでも甥のガウェインより歳上だよ」
金髪の青年はおだやかに言った。見た目はアネットと同じぐらいでも、言葉や雰囲気に威厳がある。アネットは緊張と驚きで固まっていたが、かれの隣に座っているギネヴィア王妃を見て、さらに息を呑んだ。
「──レディ・アネット。どうかしましたか?」
ガウェインは心配したように声をかけたが、ずっとアネットの反応を見ていた。彼女の反応を確認しているようだった。
「あ…いえ…」
アネットは控えめに顔を伏せた。「王妃様がたいへんお美しくて驚いたのです」
「それだけではない表情だな」
アーサーは王に相応しい直感でとらえた。「遠慮せずに言っていいんだよ」
優しい言葉だったが、抵抗できない力を含んでいた。隠し事はできない相手のようだ。アネットは失礼にならないか心配しながら言った。
「はい……実は、王妃様が“義姉”に似ていて驚いたのです」
もちろん王妃様の方がずっとお美しいです、とアネットは言葉を添えた。ガウェインとアーサーは意味深げな視線を交わした。
「まあ。私は貴女の姉にそっくりなの?」
緊張しているアネットを気遣うように、あかるくギネヴィアは言った。「ぜひお会いしてみたいわ。ねえ、アーサー、そうでしょう?」
「ああ。そうだね」
アーサーは頷いた。「もっとアネット嬢の話を聞きたいものだ。ガウェイン、構わないだろうか?」
「…私のレディが構わないのでしたら」
ガウェインは心配そうにアネットを見た。アネットの顔色は青かった。緊張というよりも戸惑いと、自信をうしなって悲しげにみえた。
──どうして、悲しげなのだろう?
ガウェインには分からなかった。彼の心配をよそにアネットは礼儀正しく答えた。
「……もちろんでございます、陛下」
ワインを片手にしばらく歓談した後、ギネヴィアがこんなことを言いだした。
「陛下。わたくし、アネットさんが気に入りました。もう少しお話ししたいの。二人にしていただけないかしら」
アネットはギネヴィアに名前を呼ばれ、びくりと肩をふるわせた。ひどく緊張している。それを恐れのせいと捉えたのか、アーサー王は柔らかく言った。
「アネット嬢、王妃はこう見えて優しい女性だよ。じぶんの“姉”と思って接すれば良い」
「陛下。こうみえて、は余計ですわ」
ギネヴィアは親しげに微笑んだ。それを見てアネットは、義姉のグレイスならこんな表情をしないと思った。目や髪の色、容姿が似ていても中身はまったく違う。そう思ってもやはり動揺は隠せなかった。
じゃあ私もひさしぶりに可愛い甥と話そうか、とアーサーが冗談めいて言う。年上にしか見えないガウェインをこう呼ぶことで、居合わせた者の緊張をほぐそうとしていた。
「そうだ、ガウェインは猟犬をとても自慢していたな。見せてくれるか?」
「はい。もちろんです」
話しながらアーサーとガウェインが退出する。騎士と侍女の半数がついていって、人の少なくなったところで、ギネヴィアはアネットに囁いた。
「…もっと親密に話したいわ。貴女のお部屋に行ってもいいかしら?」
数人の侍女だけ連れ、ギネヴィアが部屋を訪れた。アネットはこんな高貴な女性を部屋に招いたことがなかったので戸惑ったが、部屋を見渡し、一番立派な椅子を王妃にすすめた。二人がけの長椅子だった。向いに一人用の椅子があったが、座っていいか分からず立っていると、ギネヴィアは明るい声でアネットを招いた。
「アネットさんもこちらに」
微笑みながら、向かいの席ではなく自分の隣をさす。恐れ多くも断るわけにいかず、アネットは小さく膝を揃えてとなりに座った。
「ごめんなさい。我が儘を言って」
ギネヴィアは穏やかな声で言った。「でも、そのほうが貴女も話しやすいと思ったの。大ぜいの騎士や侍女に囲まれるのは窮屈でしょう」
「はい…」
王妃はアネットの小心さを見抜いているようだった。
「わたくし、甥の恋人に会えてとっても嬉しいわ。それに貴女のお姉さんにそっくりだと聞いて、ますます親しみが湧いたの。
でも、貴女、お姉さんのこと苦手でしょう?」
「………」
アネットはどう答えて良いかわからず、視線を下に漂わせた。自分の義姉に似ていると話した直後で、『苦手だ』と肯定して良いものだろうか。でもアネットは王妃の優しさや率直さを好きになりつつあった。
──大丈夫。似ているけれど義姉とはまったく違う人だ。
覚悟を決めてアネットは頷いた。ギネヴィアの優しい表情は変わらなかった。
「やっぱりね。身内でも苦手な相手はいるもの。アーサーも自分の姉が苦手なのよ」
「アーサー王の姉君……サー・ガウェインのお母様ですか?」
「ええ」
ギネヴィアは少し遠い目をした。「そのガウェインが一心にアーサーへ仕えているのを不思議に感じるかもしれないわね。でも、ガウェインも母親とは半ば絶縁しているのよ。きっと彼はじぶんの母親の話を貴女にしないでしょう?」
知らないガウェインの一面に、アネットはすこし身を乗り出した。彼に家族のことを聞かなかったのは、自分のこともあったせいだが、デリケートな事柄なので聞きづらいと思っていた。
「もっと聞きたい?」
「…はい」
「じゃあ、あとで私の質問にも素直に応えてもらうわね」
ギネヴィアは微笑んだあと、真剣な顔つきになった。「彼の父、オークニーのロト王がアーサー王に反逆したことは知っているでしょう?」
アネットは頷いた。アーサー王が即位したばかりの出来事だ。物心つく前のことだが、アーサー王が即位した直後に11人の王が反乱を起こしたのは知っていた。偉大な王様に反乱を起こすなんて、と驚いたが程遠い世界の話だった。今でもぼんやりとしか想像できない。
「ロト王をそそのかしたのはアーサー王の異父姉、モルゴース様だったの。ガウェインの母親よ。両親が反逆を企ててすぐ、ガウェインはアーサーに騎士の誓いを立てた。
それ以降、彼は父と母を恥じて、誰よりも忠誠を尽くしてきたわ。アーサーや、おなじオークニー兄弟たちがそこまで思っていなくても、長男である自分だけはそうするべきだと思っているのよ」
ギネヴィアはここでいちど話を区切った。アネットが置いてきぼりにならないように気遣ってくれている。彼女が話してくれたのは、王家の醜い話だった。けっして身内や親しい仲間以外に話す内容ではない。アネットに信頼を置いてくれたことが分かった。
「…ガウェインが真面目なだけにね。彼は、常にアーサーのために役立つことを意識してきた。
1回目の結婚もアーサーのためだった。幸いにもラグネル姫はガウェインにとって望ましい相手だったわ。ただ、彼女との結婚生活はあまりに短かった。再び独り身になったガウェインは、アーサーに一生を捧げるつもりでいるのでしょう」
家族や前妻の話をきいて冷たくなったアネットの手を、ギネヴィアは優しく包んだ。
「……過去はそうだったのよ。でも、今が大切でしょう?
私は、ガウェインが花よめを探していると聞いて、またアーサーのためなんじゃないかと心配したの。でも貴女のようにすてきな人でよかったわ」
アネットは、ギネヴィアが心からガウェインを心配していると分かった。だからこそ考える。ここで話を合わせて頷くことは簡単だ。でも、彼がなにか隠し事をしているのだとすれば……ギネヴィア王妃に打ち明けてしまったほうがいいのではないだろうか?
アネットの瞳は大きく揺れた。嘘をつけば彼女を騙すことになる。だが、ガウェインの行おうとしていることを邪魔したくない。
──秘密にしよう。
でもギネヴィアに自分のことで嘘をつくのはためらわれて、
「そんな存在ではありません」
と小さく、はっきりとした声で言った。
「私は、サー・ガウェインにとってすてきな人ではありません。もっとお似合いの方がいます」
会話に少し間があいた。ギネヴィアは驚いた顔をして、「どうしてそんなことを言うの?」とアネットに聞いた。
「どうしてって…」
アネットはギネヴィアから顔を背けた。義姉に似た顔を見ながら答えるのは、胸の奥であふれんばかりの感情を抑える蓋に手をかけるのと同じだった。
「私は……好かれるのにふさわしい人間ではありません。美人ではないし、才能もないし、面白い話もできません。サー・ガウェインに好かれる女性とはぜんぜん違うんです」
その言葉はアネットの口から出たのに、まるで呪いのように彼女の元へ返ってきた。
──好かれるのにふさわしい人間ではありません。
──サー・ガウェインに好かれる女性とはぜんぜん違うんです。
「アネットさん」
ギネヴィアは心配そうに言った。「顔色が悪いわ。もう自分のことを悪く言わないで」
アネットは押し黙った。だめだ、どうして私は自分のことだと明るく取り繕えないのだろう。今だって王妃様を不快な気持ちにさせてしまった。王妃様は『自分の甥にこんな暗い女は合わない』と思っただろう。
またアネットの悪い癖がはじまっていた。相手の気持ちを確かめずにじぶんで理由をつけて、離れられても大丈夫なように距離を置く。
だが、ギネヴィアは真っ直ぐアネットを見つめていた。アネットが関わってきた人々よりずっと人生経験があった。ずっと包容力のある女性だった。こんなふうに言う少女の気持ちに心当たりがあった。
「アネットさん。今度は、私の質問に答えてもらう番だわ」
彼女は優しいけれど嘘を許さないような瞳で言った。「あなた、ガウェインのことは好きかしら?」
アネットは迷わずに答えた。
「はい。お慕いしています」
「どんなふうに? 彼のどこが好きなの?」
「それは…」
「何でも素直に応えてもらう約束をしたわ」
ためらうアネットに対して、ギネヴィアは笑みを浮かべた。どんな気持ちでも恥ずかしくないと言うように。「聞かせて? 私たちだけの秘密にするから」
秘密、という言葉がアネットを突き動かした。──きっと王妃様は秘密を守ってくれるだろう。胸の中に温かいものが灯った。アネットは、身内の話を自分にしてくれたギネヴィアを信じてみたいと思った。
「全部です」声が震えていた。「“どこが”かは……わかりません。でも、全部好きなんです」
顔からは火が出そうなほど熱かった。でも、ギネヴィアの穏やかな眼差しに恥ずかしさは和らいでいく。真剣に聞いてくれているのが分かった。
「──そう。貴方はガウェインが騎士だからでもなく、優しいからでもなく、ただ好きなのね。 だったらそれは“しあせな恋”だわ。」
ギネヴィアの瞳は深かった。言葉には何重も意味が込められている気がした。アネットさん、と彼女は続けた。
「自分の心に素直になってね。後になってから、自分の本当の気持ちに気付くときもある。
とても難しいことだけど、もし素直な気持ちに気付いて間に合うなら……行動するかどうか悩んで欲しいの。その結果、やらないと決めてもいい。でも、“諦める”のとは違う。自分で選んだ答えは“選択”よ。
自分の選択ですすむ生き方が出来たら、結果はどちらでも後悔しないと私は思うの」
アネットは静かに聞いていた。自分と真剣に向きあってくれたギネヴィアの言葉を、受け入れたいと思った。
──自分の心に素直に。
でも、それは自分に自信がある人しかできないことだ。王妃様のように、美しさも才能もある人にしか。
「どうすれば王妃様のように美しくなれますか?」
自然と口が開いていた。自分を変えたい、という意志が胸を突き動かしていた。不思議な感覚だった。
ギネヴィアは一瞬目を大きくしたが、嬉しそうに答えた。「…ええ、だったら秘訣を教えてあげましょう。とくべつの才能も、生まれつきの美貌も関係ない方法よ。
周りから大切に扱われたかったら、“自分が扱ってほしいように”振る舞いなさい。レディのようにあつかわれたいならレディのように。大切に扱われたいなら大切に。
でも、自分を雑に扱えば、相手からも雑に扱われるようになる。どんな美人でも大切にしてくれる人には出会えないのよ」
「………」
アネットはこれまで自分をどう扱ってきたか考えた。胸が痛かった。私が大切に扱われなかったのは、そんな扱いで良いと相手に思わせてしまっていたから…ということ?
「どんな人も、初めから“好かれない”理由を持っている人は居ないわ」
ギネヴィアは言った。「私からみた貴女は十分すてきよ。ガウェインが好きにならない理由はあるのかしら」
アネットは褒められて恥ずかしくなった。
「そんな……私はそんな対象には見られていません」
「どうかしら? 未来のことは分からないのだから」
ギネヴィアは彼女の着ているドレスが『ラグネル姫のものだ』と見抜いていた。前妻のドレスを誰にでも貸すはずがない。どうやら自分の甥はアネットをにくからず想っているようだ。
最後に、と王妃は付け加えた。
「私はガウェインの幸せを心から祈っているの。だから彼には、アーサーのためでなく、自分にとって良い人を見つけて欲しい。もちろん貴女もね。
ふたりの幸せを祈っているわ」
アネットとギネヴィアが話している頃、つめたい秋空の下でアーサーとガウェインは白い息を吐いた。ガウェインの猟犬はひさしぶりに会ったアーサーを、くんくんと嗅いで異邦人の内情をさぐろうとする。嬉しい記憶を思い出したのか、アーサーの顔をべろりと舐めた。
「やあゲラート、元気だったかい」
「ええ。最近はアネット嬢にずいぶんと懐いていますよ」
ガウェインが目を細めて犬のかわりに答える。アーサーはその姿に微笑んだ。「最近の甥は、犬以外にも可愛いと思う相手ができたようだ。しかも人間のね」
「私はもう十分な歳ですから。アネット嬢は息子より十才離れているだけです」
そういう対象ではない、とガウェインはやんわり伝えたいようだ。だがアーサーは甥の言葉に頷かなかった。……ガウェインは優しい男だが、女性には一定の距離をもって接する。アネット嬢はそれより近しい。特別な存在であることは明らかだ。
アーサーは勇敢だが自分のために行動できない甥をみつめた。ガウェインには幸せになって欲しかった。
「……例の件は私のほうでも何とかしようとしている。ガウェインは、自分の望むようにすればいい。アネット嬢を本物の婚約者にして、送り帰さなくても良いんだよ」
「陛下、それはできません」
ガウェインは首を横に振った。
「アネット嬢にも負担が大きいでしょう。私は一度結婚しているし、彼女に宮廷でのわずらわしい思いをさせたくありませんから」
ガウェインは駆け寄ってきたゲラートを抱き上げ、仔犬たちのいる小屋へ足を向けた。
──できないのは、彼女の負担が大きいからか。
アーサーはガウェインの言葉を反芻した。どうやら彼自身の気持ちが理由ではないらしい。聞こえない声で、甥の背中に投げかけた。
「ガウェイン……それは一度“想像した”と告げているようなものだぞ。もっと自分に素直になればいいのにな」
国王夫妻は一晩滞在したあと、王都へ帰宅の途についた。たった一日過ごしただけなのに、アネットは王妃に離れがたさを感じた。さびしそうな顔をしたアネットを、ギネヴィアは本当の妹にするように抱きしめた。
「アネットさん」
じっと目をみて言った。
「──詳しいことは、怖くても私から聞くより、彼の口から聞くべきよ。彼があなたに話すべき時がきっと来るわ。そのとき、聞いてあげて」
ギネヴィアが言った“詳しいこと”とは、ガウェインの家族のことかもしれない。彼自身の気持ちかもしれない。だが、相手の気持ちを確かめずにじぶんで理由を決めつけてはならない、とアネットの悪い癖を言われているような気がした。
アネットは王妃に抱きしめられながら弱々しく微笑んだ。──やってみます、と言うように。
<続く>
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