第29話 夜の海辺

夜の山下公園には、平和が溢れていた。

潮風の匂いが心地よかった。

二人の話題は、互いの個人的な話に及んだ。


柿谷はデザイン系の専門学校を卒業していた。

幼い頃から絵を描くことが好きだったという彼は、Webデザイナーになるために、専門学校に通った。

卒業後、彼は無事にWeb制作会社にデザイナーとして就職したが、彼の就職先は劣悪なものだった。

パワハラとサービス残業が横行し、怒号と度重なる超勤により、彼の心はしだいに蝕まれていった。

優しい心を持った彼は、その性質ゆえに、不満を溜めこみやすかった。

極めて穏やかで純朴で、そんなところが人を癒すような、彼の静的な魅力につながっていた。

ナルシスはあらためて、彼のそんな性質に好感を持った。

彼の話し方は、まるでそよ風が木々の葉を揺らすときの、あの涼やかな音色のようだった。

青年は深く感じ入った。

彼ともっと仲を深めたかったし、彼の心をもっと知りたかった。


そんな思いから、青年はこう問いかけた。

「柿谷さんが描いた絵を見せてくれませんか?」

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