第48話 妖精さんになる前に

 服を脱ぐのも面倒なのでそのまま布団に倒れ込むようにIN。

 何せ村へ行って帰って、ついでにトローリングなんて事までしたのだ。

 疲れるのは当然だろう。


 ただ、とりあえず個室というのはいい。

 ちひや美愛と同じ部屋というのはやっぱりモヤる時があるのだ。

 今日みたいに疲れた時は特に。


 何故か疲れた時ほど性欲方面が気になる事が多い。

 種の保存本能なのだろうか、これは。

 なら生物として仕方ないというか必然なのもしれない。

 なんて考えつつ動く気力もないのでそのまま倒れた状態。


 そんな時だった。

 扉が小さくノックされた。

 音が小さかったので聞き違いかと思った位だ。


 念の為偵察魔法で確認してみる。

 ちひが扉の向こう側にいた。


 自家発電をはじめなくてよかった。

 そう思いつつ返答する。


「はい」


「ちょっといいですか」


 何だろう。


「ああ」


 とりあえず布団を出て掛け敷き両方の布団を半分にたたみ、そして扉を開ける。


「どうしたんだ、こんな時間に」


 何せこっちは疲れてもやもやしているのだ。

 これ以上もやもやさせないでくれるとありがたい。


「夜這いですよ」


 ん……えっ!

 何だその単語は、ちょっと待ってくれ。


「何だよそれは」


「折角告白してOKを貰ったのに、先輩何もしてこないじゃないですか。そんな訳で今日はヘタレな先輩に迫りに来ました」


 だから待ってくれ。

 だいたいすぐ隣の部屋に結愛が、その隣の部屋には美愛がいるだろう。


「美愛ちゃんも結愛ちゃんもぐっすり寝ています。既に確認済です。更に念の為に秘話魔法も起動しました。とりあえず音声的なものはこの部屋から漏れる事はないです」


 すでにその辺は対策というか考慮済か。

 しかしなんというか、理性とかその辺がおかしくなるぞ本当に。


「それにしても本当に何もないですね、この部屋。ベッドも無いんですか」


 ちひは扉を閉めて、そして2つ折りにした僕の布団の上に座る。


「この方が広く使えるからな」


 本当は美愛にベッドを貸したままで、僕の分を買っていないからだけれども。

 何せ醤油生産の為の資材すらちひに買って貰う位の状態だ。

 もう無駄遣いは出来ない。


「何なら次の買い物でベッドも買ってきましょうか。家賃代わりにそれくらいは出しますよ」


 さてはこの辺の事情、バレているな。

 なんて僕が思った時だった。


「まあそれはそれとして本題です。私から聞きます。先輩は私の事が嫌いですか」


 思ってもいない台詞が出てきた。


「何でまた」


「大事だと思っていなければ此処まで来ない。以前そう言ってくれたのは嘘だったんですか」


「嘘じゃない」


 この問いになら即答できる。

 でもこれだけでは駄目だろう。

 だから問い返す。


「何でまたそんな事を聞くんだ」


「だって告白したのに何もないじゃないですか」


 そんな事を言われても困る。


「だって美愛も結愛もいるだろ」


「美愛ちゃんと協定を結んだのは言いましたよね。それでもまあ、同じ部屋だと流石にまずいかなとは思います。でもこうやって全員個室になって、いよいよかなと思ったのに何もないじゃ無いですか」


 そう言われてもな。


「私って魅力無いですか」


「そんな事は無い」


 それは即答できる。 

 でもこれでは収まらないだろう。

 だから僕は付け加える。


「ちひの事が好きなのは確かだ。それは間違いない」


「ならたまには行動や行為、言葉でもいいから示して下さい。不安になるんですよ。美愛ちゃんだけじゃなくて私だって」


 そう言われても困る。

 まさか美愛や結愛の前でいちゃいちゃする訳にもいかないだろう。

 そもそもいちゃいちゃするなんてどうやるんだ。

 僕の辞書にも経験にも記述が無い。


 ちひの台詞は続く。


「女の子はケーキと同じで賞味期限があるんですよ。そんな事を公に言ったらフェミニストが文句つけてきますけれど、子供を欲しいと思ったら時間制限は間違いなくあるんです。このままじゃそんな機会の無いまま妖精さんになっちゃいます。


 折角美愛ちゃんともこの辺話し合ってちゃんと問題無いって先輩にも言ったのに、それでも何もない。本当にこれでいいのか不安になるんですし焦ったりもするんですよ。

 此処は病院が何でもやってくれる日本じゃないですから」


 なるほど、わかった。

 理解はした。

 これはここまで放っておいた僕が悪いのだろう。


 しかしこの辺をうまく収めるような経験も知識も僕には足りない。

 どうやればいいのだ。


 少しだけ考えて覚悟を決める。

 正攻法でいくしかないだろう。

 かなり恥ずかしいし柄にあわないが仕方ない。

 

「悪かった」


 まずはそう最初に一言。


「ちひがいて、美愛がいて、結愛がいる。そんな今の関係が居心地良かったんだ。だからこの関係が崩れるのが怖かった。正直大学時代以来だったな、今がいいと思えたのは」


 この辺は本当の事だ。

 上手く言葉に出来ているかわからない。

 でもちひには伝わっているだろう。

 そう思って、そして続ける。


「ただそれがちひを不安にさせていたなら。きっとそれは僕が間違っていたんだろう。

 だからここできちんと言おう。僕はちひが好きだ。これからずっと一緒に生きていたいと思っている」


 何とか通じたかな。

 そう思ってちひの方を見る。


「先輩はずるいです。そう言われたら私は何も言えなくなるじゃないですか」


 何とかなったようだ。


 ここで今日の話し合い終わりという手もある。

 しかしそれはきっと解決ではない。

 また同じ事の繰り返しになる可能性も高い。


 だからここはいつもの僕らしくない行動で決着をつけよう。

 こういう時の定番はムードで流すか勢いで行くか。

 勿論ムードを作るなんて技は僕の辞書にない。

 だから頼るのは勢いだ。


「言葉で言えないなら行動だな」


「え、何ですか行動って」


 認識が甘いな、ちひ。


「ところでちひは夜這いに来たんだよな」


 そう告げると同時に問答無用でちひを抱きしめる

 自分にも相手にも疑問を感じる隙を与えてはいけない。

 経験が少ないのが不安だが、ちひも多分経験無いので問題無い筈。

 多分きっと。


 思った以上に細いなと思いつつ、僕は位置エネルギー操作の魔法を起動する。

 対象はたたまれた布団の上部。

 上へ持ち上げた後、少しだけ運動エネルギーを付加。

 よし、布団が広がった状態になった。


「えっ、あっ、それは」


 腰に左手を回し力を込める。

 思ったより軽い手応え。

 そしてやはり壊れてしまいそうな位細い。

 そのままちひを布団の上に横たえて、そして……


 ちひが僕の方を見て口を開いた。


「先輩、似合ってない」


 あ、勢いとテンションが切れてしまった。

 顔を見合わせた瞬間、僕もちひも笑ってしまう。

 駄目だこれは。


「あのなあ。折角それらしく持って行ったんだから、ちひものってくれると有り難かったんだけどな」


「無理ですよ。お互いそういうキャラじゃないです」


 駄目だ、笑いが止まらない。

 特におかしいという事もないのだけれど。


 確かにそうだ。

 僕達のキャラじゃない。

 この雰囲気だけれど、仕方ないから続けてしまおう。


「それじゃまあ、今後ともよろしくという事で」


 ちひの唇に近づき、軽く唇をくっつける。

 そして……

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