ラジオ計画のはじまり
殿下はドタドタと2階に駆け上がりぼくの部屋に入ると、そのまま部屋を縦断し長靴を掴んで窓をがらりと開けてアーケードの屋根に積もった雪の上をぼすぼすと歩いて自分の部屋へと帰って行った。
ぼくは殿下の見た目とかけ離れた俊敏な動きに呆気にとられてしまったけど、殿下の濡れた長靴が置かれていた畳だけが色濃くシミになっているのを見つけて我に返った。畳がくさっちゃう!
「オヤジ!オヤジ!」
落石のような勢いで「小野塚テレビ電化」の1階店舗部分に肥満児が飛び込んでくる。
「なにやってんだオメエは⁉なんでまた2階から長靴持って降りてきたんだ⁉」
「そんげんことはいいろ!えーっと、えーっと」
「あ、さてはオメエまたカンジくんの部屋行ったろ?雪降ったらあぶねえ
「ごめんて!ごめん!」
殿下ははあはあと荒い息を整えながらやっと言葉を見つけた
「オヤジさ、カンジの母ちゃんから聞いたんだけど、中越地震のとき災害FM手伝ったんだって?」
「ああ、そうだよ。そんな昔のことなんでまた聞いてきたんだ?」
「そんとき配線とかやった⁉」
「ああやったよ、
「じゃあ今もできる⁉」
「うーん機材さえあればできるんじゃねえかなあ」
「さすがオヤジ!じゃあ今やってくれよ!ウチにも似たような機材あるでしょ⁉俺たちコロナで連絡手段なくて困ってるんだよ。スマホも持ってないし!ね?コロナ災害FM!どうだ!ナイスプラン!」
そう殿下がまくしたてると、殿下のオヤジは深い溜め息をついて言った。
「オメエなあ……ラジオってのはそうやすやすとできるもんじゃねえんだぞ?放送免許もいるし無線従事者って難しい試験に合格した人がいないとできねえし。だいいち勝手に放送なんて始めちゃったら電波法違反で捕まっちまうよ。ダメ!できねえ!」
「そんげんこと言わねえでさ!ねえ頼むよお父さま~」
「バカバカ言ってんじゃねえよ!部活も休みなんだろ?たまには勉強せえ!勉強!」
「……というワケで帰ってきたわけさ」
殿下は落語家のようにそう勢いよくまくしたてると、右手の人差し指と中指でタバコを吸う真似をして深くため息をついた。
「なるほどねえ……とりあえずお疲れ様でした」
母が殿下にお茶を出す。
「おばさんありがとうございます」
「捕まっちゃうのは嫌だなあ」
ぼくがそう言うと殿下がお茶をすすりながら答える
「なあに言ってるんだよ、俺たちは少年法で守られてるんだぜ?こんな頭脳犯ヤフーニュースに載るかもしれねえ」
「頭脳犯ねえ……」
ぼくは頭の後ろで手を組んで電灯を見つめた
「あんたたち話を聞いてたら面白そうだけど、アマチュア無線はどうなの?たしかしゃべれるわよ?」
「おばさん、それも思い浮かんだんですけど、やっぱりそれは1対1じゃないですか。ぼくがやりたいのは大人数に発信することなんですよ」
「なるほどねえ。さすが殿下の考えることは壮大だわ」
母は二杯目のお茶を淹れようとポットから急須にお湯を足す
「あ、おばさんもう結構です。ごちそうさまでした」
「あらそう?」
すると、殿下はぼくに
殿下はぼくの部屋に入るとどっかりとベッドに腰を下ろした。スプリングが泣くよ
「カンジ、俺のラジオ局開設計画は知ってもらったな」
「うん」
「だが、俺には機材もなけりゃ配線の仕方もわからん。なんかいい案はないか?」
「そうだねえ。とりあえず図書館にでも……って開いてないか。コロナで……」
「そこなんだよなあ。頼るところがねえっていうか」
「ここはもうおとなしく閉じこもってようよ……」
「なにいってんだ!コロナでしんどい状況の若きシチズンたちに!連絡手段と!娯楽を!提供したいんだて!みんな困ってる!」
「そうだなあ……」
ぼくは考えるフリをして腕を組んだりほどいたりした。なにかうまいこと殿下に燃え上がった火を消せないものか
そのとき、隣の部屋でくしゃみをする音が聞こえた。すると、殿下はひそひそ声で
「なあなあ、ノボル兄ちゃんまだいんのか?」
「……いるよ」
「ノボル兄ちゃんに聞いてみるってのはどうだ」
「えーっ、やだよー」
「なんでだよ。兄弟のくせして」
「……だって最近会ってないもん」
「だったらなおさらいいらねっか。冷え込んだ兄弟関係の修復に俺が一役買ってやるよ」
その後殿下が取った行動たるや!
「ノボル兄ちゃーん!圭一です!お久しぶりです!」
なにやってんだばかやろう!と慌てふためくぼく。必死で殿下にのしかかって手で口を抑えようとするも、重量級の殿下のパワーに即座に引っ剥がされてしまう。
「今僕たちラジオ作ろうとしてるんです!なんかいい案ありませんか⁉」
頼む!頼むからもうやめてくれ!とぼくは必死の抵抗を見せた。ベッドに仰向けに寝転がりながら大声を上げ続けるこのバカをなんとかしないと、ともう一回のしかかる。しかし、またしても腕力に負けてブーンとぼくのほうが仰向けに投げられてしまった。さあ3度目の正直とぼくが気力を充填させて今にも飛びかかろうとしていると、壁の向こうから
コッ、コーン、コッ
なんだなんだと顔を見合わせるぼくと殿下。
更に耳を澄ましていると
コーン、コーン、コッ コーン、コッ、コッ
と、リズミカルなノックが聞こえてきた。
そして
コーン、コーン、コーン コーン、コッ、コーン
と、もう一度不思議なノックが聞こえ、それっきり聞こえなくなった。
「なんだったんだ今のは」
殿下が恐る恐る口を開ける
すると、廊下でドアがカチャリと開いて、また閉まる音がした
「兄貴……もしかして」
ぼくはベッドから起き上がってそろりと部屋のドアを開けた。そして、隣の部屋の方を見ると、暗い廊下に本が積まれてあった。静かに廊下を歩いて手に取ると
『自由ラジオの作り方』
『モールス信号早覚えマニュアル』
ぼくは、兄貴の部屋のドアをコンコンと2回ノックした
すると、やっぱり部屋の奥の方から、ぱちんと指を鳴らす音が聞こえた。
部屋に戻って殿下に本を手渡すと殿下は色めき立った。
「やっぱりノボル兄ちゃんだ!」
そう言って、兄貴の部屋に向かって
「ありがとうございました!」
と、叫んだ
すると
コッ、コッ、コッ、コーン、コッ
というノックが壁の向こうから聞こえてきた。
殿下は、ラジオの本をパラパラめくると
「なるほど、
「えー明日にしようよー雪降ってるし」
「カンジばかやろう!そんなのんびりしてちゃあコロナ終わっちまうかもしれねえぞ!」
「終わったら終わったでいいじゃん……」
「なに言ってるん!それじゃ俺が活躍できねえじゃねえか!ほらいくどー!」
殿下は2冊の本を持ってドアの方へ駆け出したが、急に立ち止まり思い出したかのようにそのうちの1冊をぼくに手渡した。
「ラジオの方は俺が借りてくけど、これはカンジが持ってろよ」
『モールス信号早覚えマニュアル』
「いいよいいよ」
「バカ言うなよ、さっきのノボル兄ちゃんの不思議なノックはモールス信号だぞ。ノボル兄ちゃんのメッセージを汲み取れよ!カンジと会話したいから渡してきたんだろうが!」
ぼくはを本を手にしたまましばし呆然としてしまった。ラジオの本を置いてくれた兄貴の意図は分かったけど、もう一冊は一体どうしてくれたんだろうと思っていたからだ。そう思うと、自分のあまりの鈍感さにいらだちを覚える。
殿下は大張り切りで階段をどすどす駆け下りていってしまった。これに続けば、ぼくも殿下の計画に加担することになる。ぼくはいったいどうしようかと悩んだけど、これで兄貴と再び関われることになるかもしれないし、乗りかかった船だ、と心を決め殿下の後に続いた。
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