第4話 来客はいかつい魔術師

 約束の時刻きっちりに家の扉がノックされた。イシルビュートは椅子に座ったままに常備している小さな枝を扉にさし向ける。それだけで扉が独りでに開き、外にいた人物が招き入れられる。

 やってきたのは身の丈三メートルはあろうかという、髭面にローブ姿の大男だった。男は身を屈めて扉をくぐるとそのまま猫背で歩き、イシルビュートの対面の椅子へと腰掛ける。ローブのフードを取ると、ヒゲと同じく針金のように黒く太い短髪が姿をあらわす。ニヤリと意外にも人好きのしそうな笑顔を浮かべると、片手を上げて気軽に挨拶をした。


「おうイシル。調子はどうだ?」


「ぼちぼちだ。お前は相変わらず魔術師らしからぬ見た目をしてんな」


「お前に言われたかねーや」


 机を挟んで向かい合う、片や前衛の盾職と見紛うような屈強な大男と片やそこらの市民と変わらない軽装の男。どっちも一見して魔術師と見破れる人間はそうそういないだろう。


「そっちはどうだ」


「相変わらずよ。魔術機関は派閥争いに忙しくて碌に仕事もこなしちゃいねえ」


「国の最高峰の魔術機関が聞いてあきれるな。大した機関だ」


 イシルビュートは嘆息するとテーブルに肘をつく。


「それで、ドットーレ。今日はどんな用事で来た?」


「ああ、その前に」


 ドットーレと呼ばれた大男は室内をキョロキョロと見回して何かを探すそぶりを見せた。


「お前が昔に保護した女の子は今日はどこにいるんだ?」


「買い出しに行ってて留守中だ」


「なにっ!?」


 それを聞いたドットーレはかっと目を見開き、食い気味にイシルビュートへと詰め寄る。


「お前なあ……! どうしてわざわざいないように仕向けるんだよ、この前も、その前に来た時も留守だったよな!?」


「逆に聞くが、どうして会おうとするんだ」


「そりゃ可愛いからに決まってるだろ!」


 ドットーレはかつて一度だけ会ったクレアの姿を思い出し、顔を少し赤くする。いい年をしたおっさんがそんな顔をしたって全然可愛くない。気持ち悪いだけだ。

 

「クレアはお前なんかにやらねーよ」


「いっちょまえに親気取りか」


「親代わりで師匠だ。大体、お前がクレアに会った時あいつは十歳くらいだったはずだ。二十も年上のお前が好きになったらやばいだろ、犯罪だぞ」


 ドットーレはイシルビュートより年上の現在三十七歳で、年齢を差し引いてもドットーレの見た目は四十代半ばに見られるような外見なので、普通に犯罪だ。


「お前みたいなロリコン野郎に大事なクレアはやれん。どうしても会いたいなら俺を倒してからにしろ」


 キッと睨み付けると、ドットーレは観念したように両手を上げて首を左右に振った。


「わかった、諦めるよ。お前とやりあって勝てる自信は無い」


「おう、そうしろ。で、何しに来たんだ?」


 良い加減本題に入りたいイシルビュートは話題を切り替えた。トッドーレも顔つきを変え、至極真面目な表情を作る。


「テオドライト上層部で再びロレンヌと開戦するという話が上がっている」


「またか」


「火種はここの隣にある沼地の瘴気だそうだ」


 ドットーレが親指でぐいと窓の外を指差した。イシルビュートは渋い顔を作る。


「ここの土地をこんな風に腐らせたのは、テオドライトの魔術師が放った大規模魔術陣のせいだろうが」


「んなこと百も承知だろ。要するにロレンヌの土地が欲しいんだよ、何せあっちの国には海があるし山もある。資源が豊富だ」


 イシルビュートは頷いた。二国間の関係というのはもう何百年も昔から悪い。最初のきっかけが何なのか、それを知るものはもはや存在していないが目下テオドライトの狙いはロレンヌ側の肥沃な大地だ。

 テオドライトには鉱山があり、そこで産出される魔力を貯められる魔石を採掘して発展した国だ。同時に優れた魔術師も無数に抱えており、魔術大国という名を冠するにふさわしい国となっている。

 だが、国土のほとんどが固い岩盤でできているために食糧事情に乏しいのも事実だった。イシルビュートが生まれた村もいつも食べるものがなく、子供から年寄りまで飢えで死んでいっていた。魔術陣結界により魔物の襲撃の心配はほとんどないのだが、食べるものがなければ皆死んでしまう。そのあたりに関しては国はフォローを入れてくれない。


「だからって戦争していいって話にはならねえだろ。俺の村じゃあ兵の強制徴収か飢えで死ぬかの二択だったんだ。先の戦争の傷だって癒えていないうちから何アホなこと言ってんだか、国の上層部は能無しばかりか」


 優れた魔術師が数多いるのだから、隣国から土地を奪うことを考えるのではなく自国の大地を何とかする方法を考えればいいのにどうもそうはならないらしい。その辺りもイシルビュートが特級魔術師となった時に色々変えていこうと考えていたのだが、実現する前に追放されてしまった。


「あとは戦争の話の延長であの沼地の毒竜退治の話が出ている」


「あぁ、まあそれは無理だ」


「そんなに強いのか?」


「そもそもの鱗が堅くて頑丈な上に魔術も物理攻撃も防ぐ多重の魔術陣展開。距離を取れば<毒の息吹>、近づけば猛毒を有した鉤爪や尾での攻撃。並の人間じゃ束になっても倒せねえよ。前衛でロレンヌ側の騎士団の精鋭、後衛でテオドライトの特級魔術師五人ほどを編成して何とか、ってところか。いずれにせよ両国がいがみ合っているうちは討伐できるようなシロモノじゃない」


 ドットーレは顔をしかめた。


「そんなモンが間近にいるところでよく普通に暮らせるな」


「こっちから手を出さなきゃ襲われる心配はない」


「毒竜を抜きにしても、ここ、瘴気の濃度も尋常じゃねえぞ。空気が淀んで年中曇ってるしよお……草木もほぼ生えてないし、いくら便利な場所だからってこんなとこに住み続けるお前の気がしれん。ロレンヌの隅ででも居を構えた方が百倍マシだろ。クレアちゃんだって可哀想だ」


「クレアから離れろよ。俺はこの場所が気に入ってんだ、誰にも文句は言わせねえ」


 ため息をつくドットーレを尻目に、イシルビュートは腕を組む。どうにもこの男と話していると話題が逸れてしまう。魔術師養成学校に入学した時からの腐れ縁だが、親しみやすい分雑談も多かった。

 

「ともかく、沼地の瘴気が原因だっていうんなら何か方法を考えよう。あとはロレンヌ側の動向を探る」


「いつも悪いな、イシル。俺も諜報に行きたいところだが、何せこの巨体のせいで目立っちまって」


「適材適所だ。お前が行ったら一発で正体がバレる」


 三メートルも身長がある大男はそうそういるものではない。傭兵や冒険者に化けようが、否が応でも目につく。にしても。


「毒竜云々より瘴気を払うならテオドライト王家の十八番のはずだろう、十二年も放置して何やってんだか」


「それが……今、王家には聖力<せいりき>を持つ人間がいないんだ」


「いない? そんなわけないだろ。第二王女が当代きっての聖力を持ってると噂があったじゃねえか」


「いいや、いない。第一王女は魔術の心得はあるが聖力に乏しく、肝心の第二王女は十二年前に死んだ」


「死んだ? 初耳だぞ」


「公には病気で療養中ということになっているが、城内で姿を見かけた者はいない。もうすでに死んでいるというのがもっぱらの噂だ。俺もその噂が正しいと思ってる」


 イシルビュートは眉をしかめた。

 聖力は代々直系王家の姫にのみ受け継がれている特殊な力で、癒しの力と呼ばれるそれは瘴気を払い人々を癒す力を持っている。王家保有の門外不出の魔術陣と聖力の二つが揃って初めて使えるその魔術はまさに奇跡の力であり、歴史を顧みると傷ついた数万の兵を癒しただとか、流行病で国が滅亡に瀕した際に丸ごと病人を癒しただとか、はたまた現在のように瘴気に侵された場所を浄化しただとか、眉唾な話がいくつも転がっている。

 その奇跡の力ゆえに、王家の姫は「聖女」と呼ばれるようになった。

 どこまでの力を振るえるかは当代聖女の力の強さによるのだが、こうも誰も適任がいないとはあまりにもできすぎている状況だ。


「アシュロンの仕業か」


「だろうな。奴は今魔術機関の副官と、王宮の執務補佐の二役をこなしている。まあ、見た目も家柄も才能もあるアシュロンは王族や古参の貴族からの信も厚く、物腰の柔らかさと実績から王宮外からの人気も絶大だ。裏工作もお手の物って話だから、十中八九奴の仕業だろうなぁ」


「戦争反対派を追放した挙句に、開戦にこぎつけた人殺しがよくも人気を得たもんだよ」


 あの時に追放されたのはイシルビュートだけではない。何人もの人間が罠にかかって追いやられた。思い出すだに腹立たしい。ドットーレがその中に入っていないのは不幸中の幸いだった。


「ま、とりあえずロレンヌ側の動きを探ってくれ」


「ああ」


「じゃあ……次に会う時には、クレアちゃんに会わせてくれよ! じゃあな!」


 ガハハと大口を開けて笑いながら家から出て行った旧友を見つめ、閉じた扉に向かってイシルビュートは「誰が会わせるか」と呟いた。

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