水仙の首が揺れる夜に

口惜しや

第1話

私だけの空間私だけの世界。


「あのね?今日は公園に行ったんだけど…途中で雨に降られちゃってね、急いで帰ってきたの」

あどけないような天真爛漫な口調で無邪気に部屋で花を咲かせた水仙に話しかける。

彼女にとってはしゃべりかけられる数少ない対象なのだろう。

彼女にしてみてもそれがはたから見れば子供特有のイマジナリーフレンドとでも思われるであろうことはなんとなくは察していた。

「うーん…つまんなーい、どうして私はあんまりそとに出ちゃいけないって言われるんだろう…」

水仙の花が本当に彼女の思う通りに意思の疎通…話し相手に不足ない存在として機能するのならどのような顔色を見せていただろう。

彼女の身を鑑み悲しむのか、自分しか相手がいないから四六時中話しかけられることに対する面倒さに顔をゆがませるか。

少なくとも彼女の眼にはかくんと垂れ下がった花弁がうなずいているようには見えた。

彼女はあまり世話を焼いてもらえる機会がないのか年不相応に髪質がごわごわとなんの際限もなく自由に人間本来なにもしなかったらこうなるのかといった感じに野放図に伸び散っていた。


その日の天気はそのまま悪化の一途をたどり雷鳴が轟きおどろおどろしい雨模様となった。

やはりというか彼女はおびえきっており水仙のもとに身を寄り縋らせただおびえていた。

水仙がいかに彼女の恐怖を鎮めてくれるのかはわからないがないことに比べるならば幾分も結果は違った。

彼女としてもその花は彼女の世話を焼きたいという気持ちや何かにすがりたいという気持ちを何とか受けてくれる。

彼女は顔を手で覆うとなぜか指や掌がやたらとブヨブヨとしているように見えた。


自然豊かとも荒涼とした山の陸の孤島ともとれるところにその病院…

その部屋はその類の疾患を持つものを留置もとい治療すべき部屋にしては荒廃しきっており水道管のパイプのバルブが床から突き出ていた。

いたるところ…見渡す限りでは赤カビの群生地と化していた

「あのパイプのバルブは危険ですよ、首を括れるじゃないですか今すぐに別の部屋に移転することが…」

女性の若々しい職員がその部屋の中の彼女を見ながらほかの先輩職員に相談をする。

しかしその応対はまるでその質問には慣れているのかと思うほどにマニュアル的答えだった。

「そんなことは知ってるわよ…でもね?あの人はずっとあのバルプに話しかけていて…前に部屋を変えようとするとひどく暴れて…」

バルブは突き出たパイプの角度が相まって首のかくんと折れた花に見えた。

その中では一人の紙が伸びきった目の焦点の合わない40代の女性がバルブに向け何やら幼い口調で話しかけていた。

「あのね?今日は公園に行ったんだけど…途中で雨に降られちゃってね、急いで帰ってきたの」

先ほどの施設内の散歩のことであろう嬉しそうに報告をしていた。


「偽りの現実でも当人からしたら救いのなのよ…」

「水槽の中の脳でも…髄液よりマシ…」

肥えて達磨のように丸くなった彼女の顔は心なしか明るく見えた。


水仙の花ことばは自己愛。

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水仙の首が揺れる夜に 口惜しや @kaa11081

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