オトメゴコロ

さくら

第1話 月下の出会いと災難と

「―でしょー?もうホントに信じらんない!」

「ねー?ねぇ詩音もそう思うでしょ?」

「え?うーん、そうだなー…でも私はその男の気持ちも分からないでもないなー」

「えー!」

「もう詩音!どっちの味方なの!」

「どっちったって…向こうの男にだって言い分はありそうだなーって」

「う…もう、分かってるわよー、そんなこと…」

「やっぱり詩音は思考が男寄りよねー」

「ん?そう?」

「そうよ!だって…ねぇ、くすくす」

「うーん、男寄りっていうより…なんだろう…男?」

「ぶっ!あははは!」

「こ、こら!いい加減にしてくれない!?」

「だ、だって詩音ったら学生時代からずっとモテモテだったじゃない」

「そ、そうそう!同性からね」

「よ!百合の女王!」

「何その肩書き!私は百合じゃない!」

「…って言いつつ、今まで何人の女の子から告白されましたかー?」

「ほーんと、詩音って美人なのに変なところが男っぽいから余計にモテちゃうのよ?」

「…そう?自分じゃ分かんないけど…」

「そうそう!詩音って背も高いし凛としてて超美人で、宝塚の男役みたいよね」

「仕事もできちゃうしねー、バリバリ」

「そりゃあ…仕事楽しいもん。忙しいと充実感があるのよねー」

「あー!ここに仕事中毒者がいる!だめだよ詩音~もっと普通の女の子にならなくちゃ」

「普通って…仕事に一生懸命になるのは普通でしょうが」

「じゃあそんな詩音ちゃんに質問でーす!会社の女の子を何人骨抜きにしてますかー?」

「ぶっ!!な、なんで知ってるのそれ!」

「うふふー、詩音の親友である私たちが知らないことは無いのでーす」

「ぶふっ!そ、そうよねー、こ、このお店の店長さんだって虜にしちゃったし」

「あははは!さ、さすが詩音さまだよねー!」

「ちょ、ちょっと!それは不可抗力だって何度も…」


ここは私の職場からちょっと離れたところにある居酒屋さん。

最近ずっと職場にこもりっぱなしの私を心配してか、昔からの私の友だちが、半ば強制的に私を誘って、いつものこのお店に連れてこられた。

まぁ気に入ってるお店だから来ること自体は嬉しいんだけど…毎回私をネタにするのはやめてほしい。


私は朽木詩音(くちきしおん)、28歳。

失礼な友人たちが言っているように、まぁ、容姿は多少ととのっている方かな、とは思う。超がつくかどうかはその人の価値観次第だとは思うけれど、女に生まれた以上、綺麗に着飾り、おしゃれするのは大好きだ。


ただ、私はどうやら恋愛体質じゃないようで…というか、あまり恋愛自体に強い興味を持っていない。

告白はされるんだけど、言い寄って来るのは同性ばかり。中学、高校、大学。ひたすら私は同性からは異様に好意を持たれることが多かった。

社会人になったらさすがに落ち着くだろうと思っていたら…そいうわけでもない。

彼女らがいっているように、実は会社の女の子からも…部下や同僚も含むんだけど…片手では足りないくらいの女の子から、本気の告白を受け続けている。


かと言って、私は百合でもなんでもないからいつも断っているんだけど、こんな状況は今でも絶えないってのはどうなんだろうか…。

まぁ、彼氏がどうしても欲しい!と思ってるわけでもないので、男から告白されたら…と考えてみても、あまり心を動かされない。


正直、恋愛より仕事の方が面白いしね。


そんな、若干やけになりつつある私と、そんな状況をネタにしている友人たちは、どんどん酒が進んでいくんだけれど…。



さてここは居酒屋なんだが…オンナばかりで居酒屋か…と思うことなかれ。

このお店は女の子たちでも入りやすい、とってもかわいいお店なのだ。 逆に男性客の方が入りづらそうにしているし、向かいに座ってるカップルの彼氏なんか、とっても居心地が悪そうだ。可哀想に。


この『とことんファンシーでガーリーな居酒屋』を見つけたのは、本当に偶然だった。仕事に没頭しがちな私を、いつものように私の(おせっかいな)友人たちが連れ出して、会社とは離れた場所を探検して、偶然見つけたのだった。


居酒屋らしからぬこのフェミニンな雰囲気にすっかりやられてしまった彼女たちは…私も含めてすっかり気に入ってしまって、ことあるごとにここを使ってる、というわけだけれど。


この間、店員らしき女の子と客が揉めていたのを見ると、なんだかつい間に入ってしまい、根拠もない『いちゃもん』をつけていたようだったので撃退したのだが…どうやらそれが私にとってマズいことになってしまい…。


その店員の女の子が、実は店長で…というのを後で知った。

そして、撃退したお客さんが、しつこかった悪質な客の一人だったようで、心の底から感謝された。


それ自体はよかったんだが、その後がよくなかった。

彼女曰く、困っていた彼女を助けるために颯爽と現れ、(いや、私じゃないのよ?店長が言ってるんだから)見事に撃退した私は、彼女には王子様に見えたらしく…。


懐かれてしまったのだ。彼女に。

そう。今までの女の子と同じ熱を含んだ目で私を見ているのだ。


以来、このお店に来るたびに…いや私の顔を見ると、すごく嬉しそうで、桃色の頬をさらに赤らめ、瞳を潤ませるのを見ていると、どうも落ち着かない。

今はまだいいけれど、あとがだんだん怖くなってくる。


「―ねぇ詩音さん?聞いてます?」

「へ?あ、う、うん!き、聞いてるよ?」

「じゃあ来週の日曜日、駅前で待ってますね!」

「―へ?待ってる?誰を?」

「やだなぁ詩音さんに決まってるじゃないですかぁ!勇気出してお誘いしてよかったぁ。ふふふ、今から楽しみだなぁー」

「え?あ、ちょ、ちょっと店長さん?」

「もう。何度言ったら覚えてくれるんです?まぁいいです。そんなところも…きだから…」

「え、あ、あの?ちょっと!?」


ちょっと!考え事してたら何の話してんのかさっぱり分かんないって!

ついていけてないんだけど!?

それに最後、尻つぼみになって聞こえなかった部分が気になるんだけど!

まさかそれって「す」ではじまる2文字じゃないよね!?


ブー、ブー、ブー…


「あ、呼び出しです。じゃあ来週日曜日、10時に駅前でお願いしますね?」

「あ、ちょっとー!て、店長さーん?」


颯爽と行ってしまった店長さん。

その後ろ姿は…まるで羽でも生えてるみたいに軽そうだ。


うーん。なんでこんなことに…

来週の日曜日、10時…

そりゃあ、何にもないけどさ…


「くすくす…さすが詩音さま」

「ほんと乙女キラーだよね、詩音」

「ちゃんと勝負下着つけていくんだよ?」

「そうそう、きっと彼女、一番可愛い下着つけてくるから」

「だ、だれがそんなこと!!もうー!!」


はぁ…ほら見たことか。

怖いことになってしまった。


…なんで私は女にばかりモテるんだろう。


居酒屋で女2人(私以外)がはしゃぎまわる横で、ずーんと沈んだ気分の私。

そんな悩みをずっと抱え続けている、三十路前のいちOLの私、朽木詩音。



でも―この時、私はまだ、知らなかった。


私の価値観を揺るがすほどの大きな出会いが、この後、私を待っていたことを。

その人との出会いによって、それまで陰鬱だった私の周りの世界は色鮮やかな美しい世界へと変貌したということを。

その人と一緒にいることが…そばにいて、共に時を過ごせることが、どれほど幸せなのかということを。


その人との出会いこそが、私が今まで感じたことがない…


―『本当の恋』だってことを。







「―じゃあねー、詩音さま」

「くすくす、来週の日曜日、がんばってねー」

「うるさい!もう、早く帰れ!」

「あぁん、冷たいなぁ。…もっと優しくして?」

「あー、ずるい私も!」

「だー!二人とも抱き付くなー!」


そんな感じで、始終いじられっぱなしの私だったが、それなりにストレスの発散にはなったわけで…。

友だちって、不思議だ。


居酒屋を出て、二人を無理やり引き剥がして彼女たちと別れた私は、帰路に着こうとして、ふと空を見上げた。


「―わぁ…なんて…きれいな星空…」


今日は空気が澄んでて、本当に夜空がきれい。

まるで、吸い込まれそうな星空だった。


ざざー、ざざー、とすぐ近くで聞こえる波の音。


ホントにいい場所にあるなぁ、この居酒屋。


そんなことを考えていると、ついつい私は、この海から離れられなくなった。


ま、いっか。タクシーでも拾えばいいし。

今日は金曜日だし。


まだ蒸し暑さが残る、9月上旬。

でも夜になると、最近は過ごしやすくなってきた。

夜風に吹かれて、潮風が吹き付ける。

少しだけべとつくこの風も、今はすごく気持ちいいと感じられた。


目を閉じると、小さなころ、家族と一緒に海に来ていた時の喧騒を思い出す。


―また、みんなで海に行きたいかも。父さんも、母さんも誘って。


なんだかそんなことを考えながら、きれいな月を見上げていると、私が悩んでたことなんて、すごくちっぽけなことなのかもって思えてくる。



時々、自分はなんなんだろうって思ってた。

周りと違う。

それでもいいと分かってはいても、それでも、私だけはどうしても周りの子に共感できない。そうじゃないと声を大にして言いたくなってしまう。

軋轢をわざと生みたくはなかったけれど、かといって自分の本心を捻じ曲げてまで周りに合わせて生きていくなんて、絶対にしたくなかった。

そんな自分自身を、なんて私は周りとうまくやっていけないんだろうって悩んでいた時もあった。


小学生までは、別に何も思わなかった。

まわりの女の子たちは私と同じで、仲間だった。


でも、中学生、高校生になるにつれて、ちょっとずつ『ずれ』を感じるようになった。


カッコイイ男の子に黄色い声を上げる友人たち。

勉強なんかそっちのけで、恋バナに盛り上がる友人たち。

もちろん、中高生ってそういうものだし、男子だって彼女欲しさにいろいろ画策しているのを横から見ていた。


でも―私は、そんな彼女たちが、私と同じだなんて、信じられなかった。

思いたくなかった。


―くだらない。恋なんて。


恋に恋していた友人たちを、心の底では嗤っていた。

それよりも、私はその時すべきことを―勉強にしろ、部活にしろ―それに打ち込むことほど、大切なことなんて何もないと信じていた。

…そう、信じ込んでいた。


どこか距離を感じる、他の同性の友人たち。

そのせいか、同性から疎まれることも増えてきて―


やっぱりそうか。

でも、私もそんな態度が出ていたのかもしれない。

自業自得だ。


でも、別にいい。

私はあなたたちとは違う。

馬鹿みたいに、恋だけに生きるなんてことを宣言したりしない。

ちゃんと、将来のために、今を一生懸命生きているんだ。


そういう風に、自分に言い聞かせた。


でも、それとは反比例するように、特に後輩の女の子から、声をかけられることが増えた。

それも、やけに熱のこもった視線と―『ラブレター』という、1通の手紙ともに。


私の、周りに合わせない態度が引き寄せたのか何なのか。

孤高のオオカミのような私が、よほど物珍しく映ったのか。

それとも、剣道部でインターハイ出場経験もあった私への、憧れなのか。


とにかく、私には一切そんな気はないにもかかわらず、部活の練習でも試合でも、果ては教室の廊下でも、私を遠くから見つめる女の子たちがいる、というのは、瞬く間に学校中に広がっていき…。

私の意思とは関係なく、どんどん私のイメージが形作られていった。


―『彼女たちにとっての理想の私』が。


ずいぶんからかわれたし、同性の友人たちは、「同性愛」「キモイ」など、水を得た魚のように、私を攻撃する材料をようやく得たとばかりに罵り始めた。


やがてついた私の二つ名が、さっき彼女らが言っていた『乙女キラー』だ。

エスカレートしていく私への攻撃と、それから守らんとする私に言い寄ってくる女の子たち。

やがてそれが、私以外の人たちへの攻撃へと転化していったとき…大きくもめることとなった。

その時私を助けてくれたのが…さっきまで一緒にいた、あの子たちだ。


まぁ、結果として、私も周りに合わせなければならない、という当たり前の処世術を多少は学び取る結果となったし、私をいじめていた女の子たちも、少しは私のことを理解してくれたようだった。


ただ、私にとってはありがたくないことに―その時の私の立ち回りがよほど派手だったのか、余計に女の子たちを引き寄せることになってしまい、それまで以上にラブレターをもらうことになったのだが。


以来、これは私にとっては大変扱い難い、難題として高校だけでなく、大学を卒業するまで…否、社会人になっても続いている、というわけだ。





―ん?誰か…いる?


思考に沈んでいた私が再び意識を浮上させ、ふと水面を見ると、波の音に混じって、波の中に進む音がかすかに聞こえてきた。


暗くてよく分からないけど…ガードレールいっぱいに身体を前に突き出して、10メートルほど下の、崖の下に向かって凝視する。


すると…


ぶわっと鳥肌が立った。


女の子が、波の中を進んでいた。


真っ暗だったけど、月明かりに照らされて、よくわかった。

年は、ずいぶん下。

たぶん、中学生か高校生。

海を、じぃっと無表情に見つめていた。


「―だめよ!!それ以上進んじゃ、もどってこれない!!ねぇ!!ねぇったら!!!」


もう波はその子の膝の高さにまで達している。


だめだ!間違いない!


あの子―自殺しようとしてる!!


このままじゃ、ホントに波にのまれる!!


慌てて崖の下まで行こうとして、海岸まで続く階段を見つけたその時。


足元を、滑らせてしまった。


「―!!!!!きゃああああーー!!!!」


階段を転げ落ちる激痛の中、私は意識を手放した。

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