死んでもいい日

@akmacl

死んでもいい日

死んでもいいなと思う日があるとするならば、今日のような日だと思う。バンドマンをやめて早幾年、サラリーマンとして生きようと決めた。人並みの立場と幸せを得て、たまの休日には無駄遣いも許されるくらいの稼ぎは得られるようになった。旧友と酒を飲みかわし、深夜まで談笑した。話の内容なんて他愛がない。お互いの趣味の話だったり、会社の話。愚痴という体裁で幸せ自慢。でも僕たちはきっと仲がいいから、お互いにそれを褒めたり、たまに自分の意見をいったりしている。夜は長いようであっという間だった。O氏の嫁さんはそれぞれの同窓生で、もともと落ち着いた子だったけれど、大人の余裕があった。たまにO氏との夫婦生活に悩んだりもするんだろうけど、おおむね幸せそうだった。正直、2人の結婚には最初は驚いたけれど、よくよくひも解いていけば、2人の性格だったり、価値観だったりが、おさまるべきところにおさまって、すごく気分が良いなと思った。O氏も嫁さんも好きだけれど、ああ、この夫婦が好きなんだなと思えた。思えたことがよかった。それにもともと僕はその嫁さんと仲が悪いと思っていたけれど、よくよく話してみると趣味もあうし、価値観も近い。嫌がるだろうけれどきっと似た者同士で、大人になった今だったら仲良くできるんじゃないかなと思った。Y氏は相変わらずへたくそで。今じゃ会社の部長さんらしいけれど、あのときあの瞬間は僕らとつるんでいたY氏でいてくれた。会社じゃ見せることがないであろうぎこちなさが懐かしさを感じさせた。Y氏には子供が4人もいて。一番下の子は3歳。子育ての方針に悩んだりもしているようだけれど、同じ保育園の女の子にキスをしたり、初めての人と接することに恥ずかしくなってしまったり、僕からみたら立派にY氏の子供だなと思った。Y氏の子供だからきっとこれからさんざん悩んだり、無茶したりするんだろうけれど、それが人としてあるべき一つの人生なのだろう。人生を過ごしていく中で、何もかもうまくいくような運が優れているときもあれば、どう転んでも何をしてもどうにもならないような運が悪いときもあって、そうやって一晩明かして起き抜けの酒をたしなむ今日は人生の中で見ても相当に運がいいほうに入る。未来を考えたり、過去を振り返ったりしながら安い酒と安いつまみをちびちび食べている。近い未来で明日は月曜日で、仕事があるし、しかかりの仕事が残っているから残業しなくちゃならない。でも残業代はしっかり払われるし、自分の成長につながっているから致命的に嫌な感じはしない。4か月後くらいではO氏とその嫁さんとY氏で沖縄ででも行ってバカンスをしているような気もする。でもそれぞれ家庭があるから、様子を見ながら程よい神戸とかそのあたりで手を打ちそうな気もする。遠い未来を思えば、僕もなんだかんだで結婚して子供ができて、2人の夫婦生活先輩に意見を乞うてるような気もする。過去を思えば自分から見た世界は絶望だったけれど、よくよく状況を思い返してみればまあ、楽しかった学生時代だったと思うし、近い過去を見れば音楽に挑戦できた2年間は人生の財産となっている。いろんな過去があって、いろんな未来があって、ゆっくりと時間が過ぎる現在地点がある。明確に死にたいとは思わないし、いざ死が迫ってきたら生き延びようとすると思う。たとえば強盗が家に押し入ってきたとして、ナイフを突きつけられた僕はその強盗を殺してでも生きようとすると思う。1年後に死ぬような病気にかかったとして、身辺整理をしつつも、1日でも1秒でも長く生きる方法を模索するだろう。そうだとしても、もし、人生で死んでもよいなと思う日があるとするならば、それは今日、今なんだと思う。ああ、死んでいった君たちよ。君たちの最後はどんな気分だったんだい。

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