序章 チャオ~!

02 エクラ精霊魔装具会社

 蒸し暑い夏の夜、リモコン片手に寝落ちた男の顔をテレビの光がピカピカと照らしていた。グラスを気持ちよくあおいだ女性の笑顔でビールのCMが終わったとたん、扇風機がぬるい空気を掻き回す部屋になんとも安っぽい音楽が流れる。


『チャオ~!』


 そのCMは社長自らのとぼけたあいさつからはじまった。


『あなたの街のエクラ精霊魔装具会社です。エクラが運営する格安診療所ローレライ治癒団は、お陰様で五周年を迎えました。今お越し頂くと、ローレちゃんグッズを差し上げます』


 母親と連れ添う子どもが人魚のマスコットキャラクターグッズを持って喜んだところで、うたた寝していた部屋の主は目を覚ました。


『貧富の差から、命の格差まで引き起こしてはなりません』


 お決まりのセリフとなっているキャッチコピーとともに、ローレライ治癒団の医師と治癒師たちがていねいにお辞儀する。テレビの中の小さな人間たちを男は欠伸しながら見やり、リモコンを持ち上げた。


『エ~クラッ、エ~クラ~。みんなの夢を叶える会――』


 男はテレビの電源を落とし、耳につくちゃちなCMソングを遮った。ベッドに移ろうかと思ったが、起こした頭が重怠い。テーブルの上に散乱した缶ビールの群れを見るとさらに意気が削がれ、結局元の寝姿勢に戻る。


「なにが夢を叶えるだ。偽善者どもめ……」


 悪態をつき目を閉じる男を、扇風機だけが静かに見つめていた。



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